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iPhone26は日付変更線を傾けられるらしい

雲ひとつない空を見ながら「今日は雨だ」と思った。だから急いで家路につく。偶然持っていたトートバックを雨よけにして、小走りで家まで帰った。ひゃ、ひゃ、思ったより降られてしまったな。服を着替えてタオルで頭を拭く。外からは小学生がはしゃぐ声が聞こえる。駄菓子屋行こうぜーなんて、はつらつと。

タオルを首にかけたままホットコーヒーを沸かす。冷えた身体があったまって心地よい。こんなにも雨が降ったのは、久しぶりなのではないか。あまりに日光がまぶしいので、遮光カーテンをしめる。

コーヒーをすすっていると、ドアが開いて「すみません。ちょっと雨宿り」と声がした。玄関には、白髪が禿げ上がった駅前のしゃもじ屋さんがいる。

「ちょっとさ、申し訳ないけど、雨宿りさせてもらっていい?」。しゃもじ屋さんは繰り返す。初対面で、インターホンも押さないのは無礼だ。なんとなく好きになれないので「すみません」と断った。

すると、しゃもじ屋さんは泣きそうな顔になって「でもわたし、エグザイルですよ」とねばりはじめた。しかし腰が折れかかり、どう見ても還暦を超えている姿を見ると、どうしても嘘をついているようにしか思えない。というか、彼がたとえエグザイルだったとしても、やはり断っただろう。

すると、しゃもじ屋さんは目に涙を浮かべ、ゆっくり深呼吸して「わたし人一倍エグザイルなんですよ」と言ってのけた。人一倍となると、大幅に話が変わってくる。さては国賓か、こいつ。しかし口先だけを信用してもいいものか。疑念は晴れない。私はあらためて一直線に彼を見つめた。そう言われると、老いてはいるもののなんとなく胸筋が盛り上がっているような気がするし、レモンサワーを好みそうな顔つきである。

「じゃあ、ためしに踊ってみてください」
私はコーヒーカップをテーブルに置いて、そう指示した。彼は小声で「お邪魔します」とこぼしてリビングまで進み、いそいそとモッズコートを脱ぎはじめる。やはり胸板は見間違いだった。驚くほど細い首には無数のシワが刻まれている。よれたティーシャツとマッチしている。彼はところどころシミのついた白いシャツも脱ぎ捨てて、上半身ハダカになった。いよいよ貧相な身体があからさまになる。

さらにズボンに手をかけて、パンツと一緒に脱ぎ捨てた。それどころか指を尖らせて鎖骨のあたりに差し込み、気持ちいいくらいベロベロと皮を剥いだ。多量の血液とともに筋肉や脂肪が露出し、首から下が真っ赤になる。彼はぬけがらを放ると、コートのポケットから小瓶を取り出して、身体のあちこちに振りかけた。かみやつめ、かおをはじめ、うで、あし、しりなどが煙を上らせながらすっかり溶けてゆく。最後には、赤白い汁と痩せた骨、頭蓋骨などが足下に転がっていた。

迫力のある、素晴らしいダンスだった。私はやさしく拍手をした。しかしこれだけで彼が人一倍のエグザイルだとはいえない。遮光カーテンを開けて、すがすがしい青空を見る。今日はたぶん降り止まないだろう。

「申し訳ないけど、帰ってください」。
私は磨り減った頭蓋骨に向かって告げ、すっかり冷めてしまったコーヒーを入れ直した。

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