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後藤連平さんの『建築家のためのウェブ発信講義』に寄せて

これは昨年、後藤連平さんの著書『建築家のためのウェブ発信講義』に寄せたテキストです。

この本は、ほんとうに具体的で分かりやすいので、建築だけじゃなくデザイン業界全般におススメなのですが、読み進めるうちに私は「おや?」と不思議な ‘深み’ が気になりはじめます。そして何度も読み返しはじめます。さらに日本で最大の建築情報サイトarchitecturephoto.netのビジネスモデルを、改めて緻密に分析し始めます。以下のテキストは、そういう過程で生まれたものでした。

「在り方」についてのビジネス思想

ビジネスモデルを単純化して表現すると、「提供価値と収益構造」と言えます。だから、あるビジネスを差別化するということは、この提供価値と収益構造において、独自に工夫を凝らし、差別化を図るということになります。それは製造業であれ、仲介業であれ、またサービス業、物販、飲食業、教育、通信、ネットビジネスに関わらず共通していて、そしてもちろん、建築設計事務所経営にも当てはまります。その試行錯誤の努力の結果、生まれる新しい「立場(Position)」があります。後藤連平さんの言葉が、その平易な語りかたにも関わらず、いままで聞いたことがない、新鮮な響きがあるのは、その新しい「立場(Position)」から言葉が発せられているからだと思います。

『建築家のためのウェブ発信講義』は、単なる題名通りの一講義ではありません。また彼が慎重に使用を避けた(と思われる)「マーケティング」に関する書籍でもありません。彼はもっと人間的で、より素朴で身近な言葉を用いて、そのウェブ発信スキルを公開しました。その結果として、これは経営者の「在り方」について触れているビジネス思想についての書籍になったと思います。

 しかし今まで、建築家や設計事務所の仕事が、いわゆるビジネスのテーブルで語られたことがあったでしょうか。ほとんど無かったと思います。彼らの仕事とは、芸術的で知的、時に華々しく、時に深淵で、また社会的な責任に向き合う存在ではなかったでしょうか。彼は本書で、その聖域に身を委ねつつ、同時に切り込むという、果敢なチャレンジャーの役割を担っています。

「営業」と「信頼」

後藤連平さんは本書の冒頭で、「建築の世界には学問とビジネスの2つの側面がある」と述べました。その通りだと思います。ではビジネスの面をなぜ考えるべきなのか。企業としての設計事務所の売上や収益を上げるために? または家族を養い生活していくために? 有名になって自己実現するために? 後藤さんはそうは言っていません。「どちらも大切である」と言っています。そして「学問とビジネス」という分類にひとまず納得しつつも、読み進めて行くうちに、それらは一体で考えたほうが良いのではないか、という気になってきます。例えばこうです。

「今振り返って考えると、昔の自分が苦手意識を持っていた「営業」とはとても狭い視点での、手法としての側面のみだったと感じます。(中略)ものを売るために直接的に説明したり、企業を訪問したりするのは、その一部であって営業の本質ではありません。(中略)インターネットを使用し、自身の活動や作品をウェブで発信する、建築メディアに投稿してみる、SNSを活用し、フォロワー(ファン)を増やし、コミュニケーションをとるように努める。このような行為も、直接的ではありませんが、建築家の営業活動になると考えています」(『建築家のためのウェブ発信講義』P78より引用)

少しビジネスに興味がある人なら、つまりこれは広くマーケティング全体を考えようという意味だろうか?と思うかも知れませんが、本書を通じて、やはり「マーケティング」という言葉はあえて使われません。おそらく使うと、後藤さんの今回の果敢なチャレンジの目的が、達成できないのだろうと推測します。彼はあえて「営業」という、建築家や設計事務所、さらには広くクリエイターの理想像から遠く離れた、泥臭い響きの言葉を採用します。むしろその潔い姿勢にはすがすがしさと、そしてある覚悟を感じます。

同様に「信頼」という言葉を用います。

「建築家のウェブ発信において、重要なポイントの一つは「信頼」されることだと言えるでしょう。(中略)達成すべき目的がページビューを増やすことではなく、その先にあるものだからです。実際の設計の依頼を得たいということであれば、そこでは数千万円の金額が動くことになるのですから、信頼は不可欠でしょう。学問としての建築を志す場合においても、その発言に一貫性がなければ、その理論が人の心を動かすことはないと言えます」(『建築家のためのウェブ発信講義』P80より引用)

ビジネスとして基礎的で、また当たり前のことのようですが、しかし私自身そうできているだろうか…と背筋が伸びる想いで読み返すうちに、「相手がだれであれ、信頼される在り方があれば、おおよそ事態は好転するのかも」と、ポジティブにそんな気がしてきます。しかし本書には、現在はだれでも用いる「ターゲット」という言葉が見当たりません。顧客を分類し、特定のセグメントに照準を合わせるターゲティングのアプローチが退けられています。後藤連平さんは、日本の建築界でもっとも注目されているメディアの運営者ですから、もちろん販路構築に関わる様々なテクニックは知り尽くしています。しかしやはり、そうした技術論から入ると、到達できない目的があるのだろうと思います。

ミレニアル世代の経営観の変化

その目的とは何か? 彼はそう振る舞うことで、建築界の何かを解体しようとしているのか、あるいは構築しようとしているのか? 感じ方はそれぞれだと思いますので、それは皆さんが実際に読んで、確認してみてください。私が感じるのは、今と将来の建築界で働く、多くの人々へのメッセージです。

いま設計事務所が、お金や経営やビジネスとしてレベルを高めるための方法論や情報は、他の業界に比べて少ないです。その慣習に、これからの建築界を担う若者たちは満足していないようにも感じます。私は時々、都心、地方を問わず、若いクリエイターたちの活動を見ていると、もっと「営業」や「信頼」について知りたいという思いが、潜在意識にあるのではないかと感じることがあります。それは人口減少社会や地方衰退による困難な環境を生き抜くための、生存欲求から来るものかもしれません。しかしそれだけではないと思います。彼らはもう、「営業」や「信頼」とは、契約を獲得するための、水面下での末節の活動とは捉えておらず、人と人がつながり、そこから価値を引き起こす本質的な活動だと考え、行動しているように見えるからです。

architecturephoto.net は何がすごいのか?

私が後藤連平氏の存在を知り、出会ったのは、実はまだ2年前です。あの巨大なヴァーチャル・プラットフォーム、アーキテクチャフォトを運営する人とは、どんな人だろう。私はその人の取り組みやビジネスに興味を持つと、すぐ会いに行く習性があります。しかし事前に、彼を知る人に尋ねても、なぜか明確な人物像は得られず、やや不安にもなりました。しかし彼が活動する静岡に押しかけお会いしたとき、ホッとしました。とてもやさしい雰囲気で、丁寧に話し、よく人の話を聞く、腰の低い人でした。彼はおそらくだれに対しても、そしてオフラインでもメールであっても、そんな姿勢で接しているのだろうと思います。

そんな彼を見ていて学んだことは、彼こそ、コミュニケーションやウェブを駆使して、膨大な人と人のつながりを丁寧に作り続けてきた人だということです。アーキテクチャフォトの提供価値は、単なる建築情報ではありません。この人と人の丁寧なつながりの数です。その努力の先に、彼は人のつながりが良く見える新しい「立場(Position)」を確立したんだと思います。その立場の素晴らしさを少しでも、今を生きる建築家たちに届けたい。彼が到達したいのは、そこだと思います。

そこまで考え、私も考え方を改める所が多々あります。もう一度最初から読み直し、その「在り方」のビジネス思想について、学び直したいと思います。

**高橋寿太郎 Jutaro Takahashi **

不動産コンサルタント。 一級建築士、宅建取引士、経営学修士(MBA)。

1975年大阪市生まれ。2000年 京都工芸繊維大学大学院 岸和郎研究室修了。2011年 建築家とのコラボレーションに特化した不動産会社 創造系不動産 を創業。建築と不動産のあいだの追究をコンセプトに、建築家からの依頼される業務に特化した不動産コンサルティングを行う。著書に、『建築と不動産のあいだ』(学芸出版社)、インタビュー集『リノベーションプラス』(ユウブックス)、連載『与条件と未条件』(KJ)他。教育活動に、(公財)不動産流通推進センターで宅建取引士・不動産コンサルティングマスター向けの講義、関東学院大学で「建築学科のための不動産学基礎講義」、創造系不動産スクール運営、いすみラーニングセンター運営、他。 

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