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【ショートショート】三振ってなんだよ

マグカップに残っている冷めたコーヒーを飲もうか悩んで、
結局、流しに捨てた。
彼女の寝息はとても静かで、
マンションの外壁を撫でる冷たい空気の方がうるさかった。
コーヒーの匂いで目が覚めた。
というのは嘘。
本当は眠ってなんてなかった。
彼がキッチンの方で、
ガチャガチャやってる音がうるさくて。
彼女は箸の持ち方が下手だった。
中指と人差し指を交差させて挟む独特の作法。
何度言っても直さないその頑固さも彼女らしさか。
「昨日までで、ツーストライク」
と言われた。
箸の持ち方でワンストライク。
彼女は枕を頭の下に当てないで、
脇の下に抱え込んで眠る。
枕をプレゼントしたら、
反対の脇にも挟んで寝るようになった。
枕の使い方で、ツーストライク。
って、正気ですか?
彼女を愛していた。
僕たちは完璧だった。
はずだった。
そして、さっき。
処女じゃないという理由で、
スリーストライク目をもらったわけで。
僕はお湯を沸かして
インスタントのドリップコーヒーを新しく淹れた。
ふわっと浮き出る豆の香りに、
彼女が目を覚ましてしまうのではないかと思いつつ、
目を覚ましてくれればいいのにと、
仄かな期待を啜った。
昂った感情で話を続けても、
傷つけ合うだけだから、
「今日はもう寝て、明日話そう」
と私から言った。
暗い部屋の中、
冷めていくコーヒーと向き合って、
あてもなく息をしている。
きっと彼は悲壮感が鼻につく心理描写で
今の私達を濾過して、美化して、
透き通るグラスに飾ろうとしている。
君を許せない僕を許してほしい。
きっと彼は今、
自分が被害者みたいな台詞を
描いているにちがいない。

むかつくんですけど。
よくよく考えてみると、枕の使い方でワンストライクは、
少し厳しかったかもしれない。
審判、ストライクゾーン無限なの?
っていうか、なんであなたが審判なの?
おかしくない?
おかしいでしょ。

 女はベッドの上で上体を起こして脇の枕を一つ掴むと、振りかぶって投げた。
 枕はマグカップに命中した。
 カップは床に落ち、無残にコーヒーを撒き散らした。

今のは危険球だから、即退場だね

 男は枕で床を拭くと、無言で部屋を出ていった。


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