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【シェア】 感染リスクはゼロにできない

いま私たちの社会で起こっているのは『すべての人びとが感染を完璧に防ぐこと』『すべての人びと絶対に感染しない/させないこと』を目指そうとするあまり、自縄自縛に陥っている状況と、十楽は思います。

>>まず理解=『相手はウィルスであり、人が呼吸をしていて、誰かと接触する以上、感染リスクはゼロにすることはできない』(転載記事より)

>>重要なこと=『「感染リスクに対しできるだげ防御」することに加え「感染した時に備えて絶えず観察と治療を準備」』(転載記事より)

>>予防の本質=『病気にならないに越したことはない。なったとしても出来るだけ軽く、最低でも命を持って行かれないように』(転載記事より)

現下、世界中に蔓延しているとされている、いわゆる新型コロナウイルス=SARS-Cov-2は、幸いにして、エボラ熱のような致死性の高い激しい感染症状をもたらすものではありません。たとえ感染〜発症しても、大半の人々は風邪と同様の症状のうちに回復するような、むしろ殆どの場合、おとなしいウイルスであるという事実を、まず認識した上で、パニックに陥らず、冷静に対応するよう努めたいものです。

今回も、内容が素晴らしいと思い、
医療法人社団医献会 辻クリニック
法人理事長・院長
辻 直樹・医師

Facebook記事を、以下に転載しました。

よく「どこで感染したのですか?」「予防はしていたのですか?」といったご質問をいただきますので、これについて少しお話します。

まず理解していただきたいのは「相手はウィルスであり、人が呼吸をしていて、誰かと接触する以上、感染リスクはゼロにすることはできない」ということです。

私は通常診療とは別に、当院かかりつけ患者に対する発熱外来をやっていました。
一言「感染者」といはいっても、その人が持つウィルス量は大きく違います(1億倍以上違います:下図 出典・近畿大学)。

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そのため、同じように空間を共有していたとしても、呼吸とともに発せられるマイクロ飛沫の中に潜むウィルス量は格段に違うということです。そしてそのウィルス量によって感染経路にも大きく差が出てきます。

それ以外にも、診療中はN95+手袋+手洗いを徹底していたとしても、これらを解除するタイミングはいくらでもあります(N95が完璧にウィルスを遮断するというのも大きな間違いです)。

そういう意味で、我々のような発熱外来よりハイリスクな「コロナ病棟」「ICU」で働く医療スタッフがどのような思いと不安で診療を行っているかと少しでも理解していただきたく思います。

可能性のひとつとして「家族との時間」があります。

多くの方はご自身の家族が「無症状のウィルス保持者」とは考えず、防除を解除すると思います。
無症状で濃厚接触者でもなければ検査もしません。しかし、ウィルスを保持している可能性はあります。半数以上は何事もなかったように治癒してゆくわけですから。

それ以外にも同僚や上司/部下/取引先/関係者などと接する時に
・2mの距離で正面に座らない
・会話を10分以内に
・マスク(完全防御はN95)を絶対に外さない
・10分毎の空間換気
を100%守れていると思いますか?
これらを完璧に行ったとしても、それは「感染リスクを下げた」としか言えません。

予防治療に関しても、世の中には数多く「これが予防に効く」といった情報が錯綜しています。
予防処置は
・ウィルスの細胞内侵入を抑える
・ウィルスに対する免疫を強化する
ということが考えられますし、それはら実践すべきです。

しかし、どのような治療であっても100%の効果を発揮する治療などないのです。

もっともいけないことは「これをやっているから絶対に大丈夫だ」という『過信』です。

どんな事であれ、未来の可能性をゼロにすることは出来ません。
・防御行為:マスク/手洗いなど
・細胞内侵入予防:栄養学的処置/予防薬
・ウィルス免疫強化:栄養学的処置/予防薬
を自身が完璧に行っていると自信を持っていたとしても、感染リスクをゼロにすることはできません。

免疫とはそんなに簡単なシステムではありません。
・年齢
・性差
・睡眠状態
・ストレス
・自律神経バランス
・栄養状態
・基礎疾患
・活動状態
・細胞状態
・ホルモン状態
・サイトカイン状態
などが複雑に絡み合い、制御されています。これを「栄養と薬剤のみ」で完璧にすることなど出来ないことは医学者であればわかると思います(それらが無効という意味ではありません)。

よく「感染を公表してご批判はないですか?」という質問も数多くいただきます。
これについては当然あります。「医者なのに感染したことを恥ずかしく思わないのですか?」といった意見が多いです(そういういう人に限って、自信が感染した時にはひた隠しにするのですが(^^;))。

私があえて自己の感染を公表したのは、ご批判をいただく方の多くが「私の防御は完璧なので、絶対に感染しません。感染したのは防御が甘いからです」という理論を持っているからです。

みなさん「トロイの木馬」の話はご存知でしょうか?
鉄壁の守りを誇るトロイアの城を、贈り物の大きな木馬に隠れた敵兵によって滅ぼされた話です。

このウィルスが、どのようにして我々の細胞に侵入すると思いますか?
色々な仮説がでてきていますが、まだ完全には理解が進んでいません。
侵入経路と方法が完全に解明されていないウィルスに対し、どうやって「完璧な防御」を行うというのでしょう?

「免疫」と「ウィルス」の戦いに対し「完璧」と思うことこそが愚の骨頂だと思います。
「鉄壁である」と思いすぎると、小さな可能性で侵入された時にパニックになります。
多くのウィルス学者が「リスクをゼロにすることはできない」と言っています。

重要なことは「感染リスクに対しできるだげ防御」することに加え「感染した時に備えて絶えず観察と治療を準備」することです。

安全装備(シートベルトやエアバッグ)を装着する自動車で事故が起こって怪我人/死者が出た時「安全装備が無駄であった」ということではないのと同じです。
逆に「安全装置があっても死ぬ時は死ぬんだからやる意味ない」という考えも違います。

感染予防であってもがん予防であっても、その予防治療を行っている人が疾患にかかった時に「予防は無駄であった」ということではありません。予防医学が無意味であったという意味ではありません。

予防の本質は「病気にならないに越したことはない。なったとしても出来るだけ軽く、最低でも命を持って行かれないように」だと考えています。

発熱外来で多くのコロナ疑い患者/感染者を診察するときは、私の知りうる鉄壁の防御の上で行っていました。

しかし感染するのです。クリニック以外の場所かもしれません。
それは自宅かもしれません。

・N95マスクを外したどこかのタイミング
・手洗い/消毒後に触れたドアノブ?エレベーターのボタン?
・無症状ウィルス保持者の誰かとの会話?
考えてもキリがありません。

多くの栄養学的予防策によって最良と思っていた自己免疫も、侵入するウィルス量が多くなれば戦場は大きくなります。

話が多少脱線しましたが、結局は「備えあれば憂なし」。

「予防しているから大丈夫」
「治療があるから予防はいらない」
この極端な考えは危険です。

予防と治療はいつもペアです。

出来る限りの予防策を行い、その上で「もし感染した時に」という考えを止めないことです。
感染は誰にでも起こりうることだということを謙虚に受け止めて対応することだと考えています。

そう考えれば、感染者を責めるような愚行はなくなるのではないかと思っています。


昔から「医者の不養生」といいます。
他の分野でも、専門家であるが故に足元をすくわれるということはたくさんあります。その多くは「根拠のない自信/慢心」なのでしょう。

誰もが感染する可能性は必ずあるということをお忘れなく。

自戒の念を込めて。

<<転載おわり>>

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