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マンチェスター・シティ :: T2W001 :: WSL Watch #008

今回は'T2W = team to watch(注目したいチーム)'の第1弾、個人的にWSLを継続的に観るようになったキッカケのチームのマンチェスター・シティを。シンプルに「WSL、けっこう面白いな」って思ったチームなんで。

WSLを観るようになったキッカケ

"WSL Watch #001"でも書いた通り、WSLをちょいちょい観るようになったのは21/22シーズンで、それなり以上の試合数を観るようになったのは22/23シーズンからなんだけど、そのキッカケを改めて思い出してみると、マンチェスター・シティだった気がする。当時は特にそういう意識だったわけじゃなかったんだけど。

あまり記憶が定かじゃないんだけど、たぶんYouTubeで配信されてたUEFAウィメンズ・チャンピオンズリーグ(UWCL)をちょっと観て、岩渕真奈が加入したこともあってアーセナルに興味を持つようになって、The FA Playerで観れることに気付いてWSLを観るようになったのが21/22シーズンの最後の頃だったのかな。で、「けっこう面白いから22/23シーズンはなるべく観るようにしようかな」って思ってたら、アーセナルの岩渕真奈に加えて、長谷川唯がウェスト・ハム・ユナイテッドからマンチェスター・シティに移籍して、清水梨沙と林穂之香がウェスト・ハム・ユナイテッドに移籍したんで、観るための入り口が増えたタイミングだったし。で、いろいろ観る中で一際魅かれたのがマンチェスター・シティだった、と。

明確なプレイモデルが際立つチーム

何にそんなに魅かれたのか、バカっぽい表現で率直に言っちゃうと「やってるサッカーがかなりシティじゃん」ってこと。ここで言ってる'シティ'ってのはもちろんマンチェスター・シティのメンズ・チーム、ペップ・グアルディオラ(Pep Guardiola)体制のチームのことなんだけど、チームのプレイモデル、いわゆる4局面の振る舞いの原則がかなりペップのチームで。もちろん、男女を比較するとどうしてもフィジカル面の差があるんだけど、フィジカルに頼り過ぎてないだけによりロジカルにプレイ原則の意味や狙いがわかりやすく見えてるような印象すらあって。女性のサッカーでここまで明確にプレイモデルがわかるチームを観たのは個人的には初めてだったし。しかも、その中でも最重要ポジションって言っても過言じゃないCMFのポジション、いわゆるアンカーを長谷川唯が任されてることにもビックリしたし。すぐに「観れる試合は全部チェックしないと」って思うようになっちゃった。

ペップのサッカーの特徴なんて、大枠では語り尽くされてて、でも、ディティールは日々進化してるからここでは詳しくは触れないけど、とりあえず、今のマンチェスター・シティのウィメンズ・チームの特徴をざっくりとまとめると以下のような感じになるかな

  • 基本フォーメーションはボール保持時が4-3-3、非保持は相手に合わせて4-4-2だったり4-1-4-1だったりする。

  • ビルドアップに関してもプレッシングに関しても、対戦相手に合わせて周到に準備してるように見える。

  • 位置的優位を活かしながらGKを含めて後方から丁寧にビルドアップして前進しようとする保持型で、ポジショナル・プレイをベースにしてる。

  • 基本的には保持で試合をコントロールする志向がかなり強くて、オープンな展開はあまり望んでないように見える。

  • 非保持は基本的にハイプレス志向で、もちろん最終ラインの設定はかなり高め。

  • ビルドアップのキー・プレイヤーはイングランド代表で左利きのベテランCBのアレックス・グリーンウッド(Alex Greenwood)で、左足の長短のパスの精度が高くて、ドライブもできる現代型のCB。長谷川唯ももちろんビルドアップでは重要なんだけど、わりと消されることが多い、何なら露骨にマン・マークを付けてくるチームもあるくらいなんで、ビルドアップの中心的な役割はグリーンウッドが担う部分が大きい。

  • SBにはオーソドックスなSBタイプよりもMFタイプの選手を使う傾向があって、ビルドアップ時にはSBが内側レーンに絞る動きを多用しがち。

  • WGには質的優位を持つ選手を配置して、横幅を担当させながらマッチアップする相手選手に対して質的優位を活かして単独またはコンビネーションでどんどん仕掛けさせる。WGは共にイングランド代表で右利きのクロエ・ケリー(Chloe Kelly)と左利きのローレン・ヘンプ(Lauren Hemp)がファースト・チョイス。試合中に流れの中で入れ替えることもあるけど基本的には利き足側がデフォルトの配置になってる点も特徴。

  • ハーフスペースを担当するのが2人のインサイドMF、スペインではインテリオールなんて呼ばれてるポジションの選手。ビルドアップの出口になったり、同サイドのWGとSBとローテーションしながらセッションしたり、ボックスに侵入してフィニッシュに関わったりとかなりタスクが多い。現状では1人は固まってないように見えるけど、もう1人は新加入の26歳のオランダ代表MFのジル・ロード(Jill Roord)がファースト・チョイス。今シーズン唯一の補強選手で、サイズが172cmあるんだけど動けて技術が高くて、ドイツのヴォルフスブルクから加入したんだけどアーセナルにいたこともあるからWSLは初めてじゃないし、UWCLはもちろん、FIFAウィメンズ・ワールドカップ(FIFAWWC)とかUEFAウィメンズ・ユーロとか、国際経験もメチャメチャ豊富。UWCLとか代表戦とかで観てたから知ってる選手だったけど、改めて開幕戦の前半20分くらいを観ただけで「あ、やっぱりモノが違うな」って思っちゃうくらいの存在感で、開幕から全4試合スタメン、3得点1アシストって数字もしっかり残してる。

  • CFWは'バニー・ショウ'ってニックネームで呼ばれることも多いジャマイカ代表FWのカディジャ・ショウ(Khadija Shaw)がファースト・チョイス。強さと高さと上手さを兼ね備えた182cm の大型FWで、昨シーズンは得点ランク2位の20ゴールを決めてる。頭でも足でも点が取れて、足元でボールを収めることも裏抜けしてボールを引き出すこともクロスに合わせることもできて、パワフルな突破まで持ってる万能型CFWって感じ。

  • 昨シーズンまではカディジャ・ショウのバックアップ的な使われ方が多かったけど、FIFAWWCでオーストラリア代表として大活躍した20歳のメアリー・ファウラー(Mary Fowler)も今シーズンの躍進が期待されるタレント。細く見えるけどしなやかな強さがあって、CFWだけじゃなくWGとかインサイドMFでプレイ可能な点も魅力。今後が楽しみな若手枠かと思ってたら想定してたよりかなり早く実力を発揮しちゃってちょっと嬉しい誤算みたいな感じすらあって、プレイ・スタイルが似てるってわけじゃないけど、チーム内での立ち位置はちょっとメンズ・チームのフリアン・アルヴァレス(Julián Álvarez)に似てるかも? 今シーズンは全4試合に出場して早くも2アシスト記録してる。

とりあえず、パッと思い浮かんだ特徴をまとめるとこんな感じになるのかな。基本的には、わりとオーソドックスなポジショナル・プレイをベースにした保持型のチーム、もっと簡単に言っちゃえば、まさに「シティっぽい」って感じチーム。「これだけスムーズに前進できるチームって、Jリーグでもそんなに見ないな」って、無意識にWEリーグじゃなくJリーグのチームと比べちゃったくらい。

大きな変革の後の2シーズン目

上で触れた通り、継続的に観るようになったのが昨シーズンからだったんだけど、後で調べてみたら実は昨シーズンはかなり大きな変革期だったらしくて。

長谷川唯が加入したタイミングってことになるんだけど、22/23シーズン開幕前の夏の移籍ウィンドウで元イングランド代表のエレン・ホワイト(Ellen White)とジル・スコット(Jill Scott)とカレン・バーズリー(Karen Bardsley)の3人が引退、イングランド代表の中心選手のキーラ・ウォルシュ(Keira Walsh)とルーシー・ブロンズ(Lucy Bronze)がバルセロナに、ジョージア・スタンウェイ(Georgia Stanway)がバイエルン・ミュンヘンに、スコットランド代表のキャロライン・ウィア(Caroline Weir)がレアル・マドリーに、カナダ代表のジャニン・ベッキー(Janine Beckie)がポートランド・ソーンズに、カリマ・ベナミュール(Karima Benameur Taieb)がマルセイユにそれぞれ移籍してて。クラブ側の意図でこうなったのか、それとも想定外の出来事だったのかはともかく、これだけのビッグ・ネームが同じタイミングでチームを離れるってのは控えめにいっても大変革、普通に考えれば異常事態だと思うんで。後から知って素直に超ビックリしちゃったし、「長谷川唯って、スゲエタイミングで移籍したんだな」なんて改めて思っちゃったりして。

そんな変革期のシーズンを経て迎えた今シーズンは、昨シーズンに作り直した土台にさらなる肉付けをしていくシーズンってことになると思うけど、上でも触れた通り、補強したのはジル・ロードだけで、逆にチームを離れたのもオーストリア代表のヘイリー・ラソ(Hayley Raso)だけっていう静かなオフで、昨シーズンに得られた一定の成果をベースにピンポイントで補強したって感じ。UWCLがないシーズンなんで、基本的にはリーグ戦では優勝とUWCL出場権、カップ戦でもタイトルが目標で、やっぱりチェルシーとアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドとの上位争いになりそう。

個人的には観ててすごく面白い戦術的なチームであることは間違いないし、十分優勝争いに絡めるポテンシャルはあると思ってるんだけど、でも、「不安は全然ないのか?」「絶対の優勝候補か?」って言われればそんなことはなくて。現状で感じてるちょっと不安なポイントをあえて挙げると以下のような感じになるかな。

  • "WSL Watch #003"でもちょっと触れた通り、わりと選手の出入りが多かったライバルの3チームに比べると現状でのチームの練度と成熟度では上回ってるとは思いつつ、逆に伸びしろはちょっと少ないのかも? とも思ったり。

  • ファースト・チョイスが揃ってれば全然強いけど、選手層には若干不安がある、少なくとも、ベンチから普通に反則級の選手が出てくるチェルシーとかアーセナルとかと比べるとやや物足りないかも。

  • 具体的にポジションを挙げると、SBとGKの質はもうちょっと上げたい気がする。

  • チャンスの質と数のわりに得点が少ないかも。もっと得点を取れてておかしくない試合が多かった印象。

  • プレイモデルはかなり整備されてて質が高いけど、個の能力、特にアスリート能力が全面に出るようなちょっと雑な展開になるとけっこう不安かな。特にタレントの多いライバルとの対戦だと。

  • 個人的には、これまであまり出場機会が得られてない=あまり観たことがない若手の躍進とかに期待してるけど。

ここで挙げたような点が現有戦力で解消されるのか、冬の移籍ウィンドウでさらなる動きがあるのか、その辺も含めて要注目なのは間違いないし、補強が少なかったから現地メディアの下馬評はそこまで高くなかった感じだけど、個人的には普通に優勝を期待してる。こういう戦術的なチームが優勝することで、リーグ自体ももっと面白くなると思うし。

絶大な存在感を放ってる長谷川唯

せっかくなんで、日本代表の長谷川唯についてもちょっと書いとこうかな。結果的にプロ・サッカー選手協会が選ぶ22/23シーズンのベスト11に選出されるくらいの活躍を加入したシーズンに見せた長谷川唯だけど、今さらながら考えてもキーラ・ウォルシュの後釜の役割を任されて、その期待に見事に応えてるって、率直に言ってスゴイとしか言いようがない。キーラ・ウォルシュって、今のバルセロナでの活躍でも証明してるように、控えめに言っても世界屈指のCMF、言ってみれば今のマンチェスター・シティのメンズ・チームのロドリ(Rodri)とかちょっと前のバルセロナのメンズ・チームのセルヒオ・ブスケツ(Sergio Busquets )くらいの存在感の選手なんで。

多くの人もそうだったと思うけど、それまでの長谷川唯はもう少し前のポジションの選手、4-3-3ならインサイドMFが適性ポジションって印象だったし、4-3-3のCMF、いわゆるアンカーだと守備面の負担もけっこう大きいから、サイズが小さいことも含めてWSLだとスピードと強度の面でちょっと不安もあるかも? なんて思っちゃったりもしたけど、蓋を開けてみたら全然問題がなくて。チームとしてプレイモデルが徹底されてることとか、そもそも保持率が高いチームだってこともあるだろうし、長谷川唯自身が実は一般的なイメージよりも守備が上手い選手だって点もあるんだろうけど。

もちろん、ポジションが変わったことでプレイ自体に変化があったのも事実で、それまでは相手の意表を突いたり相手の急所を狙うようなチャレンジのパスを選択する傾向が強いイメージだったけど、シティでのプレイは基本的には保持の安定を優先してる印象。チームのプレイモデルの中で求められてるタスクでもあるだろうし、前に強烈な武器を持ってる選手が多いこともあるだろうけど。ボールを失ったら危なポジションだから当然相手からの圧も強いし、明確にマン・マークを付けてくるようなチームまであったりもするんだけど、それでも、ある意味では我慢をしつつも常に適切なポジションを取りながら、オン・ザ・ボールのスキルはもちろんオフ・ザ・ボールの質の高さも存分に発揮しながら、マンチェスター・シティの攻撃を潤滑に回す重要な役割を果たしてる。頻度は下がってても隙あらばチャレンジのプレイのチャンスを虎視眈々と伺ってる感じもかなり伝わってくるし。

あと、ちょっと興味深かったのが2節のホームでのチャンピオン・チームのチェルシーとの大一番。幸先よく先制したものの前半に不可解な判定でアレックス・グリーンウッドが退場して、基本的にはチェルシーに攻められ続ける展開になって、それでも耐えてたんだけど終盤にローレン・ヘンプまで退場して9人で耐える試合で、最終的にアディショナル・タイムに追いつかれて引き分けたんだけど、長谷川唯は最後まで交代させられなくて。普通に考えれば長谷川唯の攻撃面の良さは出しにくい展開だし、早い時間にもっと守備が持ち味の選手と交代させられたとしても全然不思議じゃなかったと思うんだけど。もちろん、数少ないカウンターのチャンスの起点としての質の高さに期待してピッチに残したって側面もあったんだろうけど、純粋に守備の能力、具体的には予測だったり集中力だったり奪う上手さだったりも高く評価されてるってことなのかな...なんて思ったりもして。実際に守備の面でもメチャメチャ効いてたし。

昨シーズンはリーグ戦20試合に出場してベスト11選出も納得のパフォーマンスを見せたし、今シーズンも開幕戦から全試合スタメンだし、日本人選手だからとかって贔屓目抜きでWSLを代表するMFって言っても全然過言じゃないんじゃないかな。

そういえば、代表ウィークに入るタイミングで公開された長谷川唯のインタビュー記事があったんだけど、マンチェスター・シティでのプレイについてもいろいろ語っててなかなか興味深かった。

WSLでは初となるスタジアムのネーミング・パートナー契約を締結

最後に今シーズンのマンチェスター・シティに関する新たなトピックを。ホーム・スタジアムとして使ってるのはエティハド・キャンパスって呼ばれてる広大な敷地内にあるアカデミー・スタジアムなんだけど、今シーズンからベビー用品ブランドのジョイー(Joie)がネーミング・パートナーに決定、ジョイー・スタジアム(Joie Stadium)って呼ばれることになって。WSLのチームでスタジアムにネーミング・パートナーが付いたのは初めてのことらしくて、WSLのさらなる盛り上がりを象徴する動きって言えるのかな、と。

キャプテンのステフ・ホートン(Steph Houghton)がジョイー・スタジアムを案内してる動画も公開されてる。

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