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豊かな経験、継続する情熱が「決める力」を育む 【世界標準の経営理論13:意思決定の理論】

経営書として異例のベストセラーを誇る「世界標準の経営理論」の読解と、自分の経験に照らし合わせて解釈していくシリーズの13回目。

鈍器本とも呼ばれる本書を昨年12月までに約1年かけて読破&有志勉強会が終わり、12回目の投稿をして以来、完全に気が緩んでおりました。。ちなみに前回の投稿がこちら。

残り約1/3くらいが、ずーっと喉の奥に刺さった魚の骨だったわけですが、ちょっとしたきっかけもあり、改めて再開しようと思いました。(きっかけというのは小さなことの積み重ねということを実感しています)

さて、今回は「意思決定の理論」

ドラッガーは名著「経営者の条件」において、「意思決定とはエグゼクティブ(経営者)に特有の仕事である」とし、また(組織が)成果を上げるために身につけておくべき習慣的な能力の一つとして、一章割いて解説をしている。

経営者に限らず、組織を率いる立場の人間は「意思決定」をすることが仕事だ。

意思決定とは何か、を知るには前述のドラッガーの名著で詳しく解説されているが、本稿では心理学を通した経営理論から意思決定を読み解いていく。

【読解】 認知バイアスの理論

「意思決定」を考えていく上で、まず「認知バイアス」から理解する必要がある。

人は、周囲から収集した情報をもに意思決定を下す。

「認知」とは外部から収集した情報を処理してアウトプットを出す「脳の情報処理プロセス」のことである。

人は無意識のうちに自身が優先すべき情報を認知のフィルターで取捨選択をしており、これを「認知バイアス」と呼ぶ。

認知バイアスには、心理学に多くの理論の積み重ねがあるが、代表的なものを「個人レベル」「組織レベル」で紹介する。

◾️個人レベル
①ハロー効果
ハロー(halo)とは「後光が差す」の後光のことだ。対象となる人物や製品の詳細な分析をせずに、顕著な特徴だけに基づいて印象を持って評価すること。
②利用可能性バイアス
記憶の中から情報を引き出す際に、簡単に想起しやすい情報を優先的に引き出して、それに頼ってしまうバイアス。
例えば、記憶時にインパクトの大きい情報(ニュース、事件)や、身近な人から直接聞いた情報が優先される、などである。
③対応バイアス
何か事件・事故などがあったときに、その理由を(事件・事故の)当事者の人柄・資質などに帰属させてしまうバイアス。
④代表性バイアス
典型例と類似している事項の確率を過大評価しやすいバイアス。例えば、冗談ばかり言う人のことを「この人は関西人だろう」と思ってしまうといったこと。

我が身を振り返ると、どれも思い当たる節があるものばかりである。。

続いて組織レベル。

◾️組織レベル
○社会アイデンティティ理論
個人の組織への帰属意識のバイアスである。「〇〇県出身だ」「〇〇社の社員だ」など、自分が社会グループのどこに属すかを認識するバイアス。

○社会分類理論
組織の中で人が他者を無意識にグループ分けする認知バイアス。そして、人は自分と同じグループの人に好意的な印象を抱くバイアスがある。これを「イングループバイアス」と呼ぶ。

イングループバイアスは、ダイバーシティ経営が求められる現在も、大変重要な問題だ。過去の研究でもデモグラフィー型(性別、国籍、人種、年齢など)のダイバーシティは組織にマイナスの影響をもたらすこともあることが報告されている。

いわゆる「組織内の軋轢」だ。

このような認知バイアスをどのように乗り越えていくかが重要になるのだが、ヒントを与えてくれるのは、「アテンション・ベースド・ビュー(ABV)」である。

ABVに関する研究が主張および示唆する内容は以下の通りだ。

企業の意思決定・行動は、その意思決定者の限りある認知アテンションを、企業内外のどの諸問題にどのくらい配分するか、そして、それをどのくらい十分に解釈できるかに大きく影響される。

また、認知バイアスは、経営者を取り巻く組織構造・人脈・メンバー編成にも強く規定される。

上記を説明する実証研究も積み重ねがあり、例えば、経営陣のメンバーの間の経験、バックグランドの多様性が高い企業が市場環境の変化に柔軟に対応できた、を示唆する研究結果も出ている。

つまり、個人個人が持つ認知バイアスによる悪影響を最小限にするには、組織でカバーしていくことが求められていると解釈できる。

【読解】 意思決定の理論(1)伝統的な2つの理論

人の認知バイアスを理解できたところで、いよいよ今回の本題である意思決定の理論。

まずは伝統的な二つの理論から。

①期待効用理論 :「あるべき意思決定」の説明
もっとも基本的な考え方は「期待値」。
期待値とは意思決定をしなければいけない2つの選択肢がある場合に、それぞの選択肢について「損失と起きる確率を掛け合わせた合計値」である。

ここまでは、いつぞやの数学の授業で習った内容である。

しかし、ここで重要になるのは「期待効用とリスク選好」という考え方だ。「効用」とは、利得に対して人が感じる主観的な満足度である。

期待効用とリスク選好
・人は所有する資産が大きくなるほど、投資などによって追加的に得られる利得に対する追加的な効用の上昇が小さくなる傾向がある。
・同じ成功確率の事業でも、人は資産が大きいほどその事業への投資をためらいがちになる(=リスク回避的になる)

このように、人のリスク性向には個人差があるし、置かれた状況・立場によって変わり得る。それらを踏まえて「自身にとって最大効用をもたらす事業を選んで投資すべき」というのが、期待効用理論の骨子である。

スタートアップと大企業では取れるリスクが異なることがとても良く分かる理論である。

期待効用理論をさらに前進させたのが、プロスペクト理論である。

②プロスペクト理論 :意思決定のバイアス
・人によって投資成果の基準(リファレンスポイント)が異なる。
・人は追加的な利得より、追加的な損失を心理的に重く受け止める。
・人は利得が増えるほどリスク回避的になり、損をするほどリスク志向的になる。

特に3つ目は我が身につまされる思いになる。

大企業が一度始めた事業をやめられない理由、損切りできない理由はここにある。

【読解】 意思決定の理論(2)直感の理論

ここまで伝統的な意思決定理論を見てきたが、意思決定には人間の認知バイアスが大きく影響を与えていることがよく分かる。

一方で、最新の経営学では新しい視点である「直感」が注目され始めている。

直感による意思決定を理解する上で、認知バイアスを包括する「二重過程理論」から見ていく。

二重過程理論
人の脳内では、外部からの刺激に対して、大きく2種類の意思決定の過程(システム)が同時に異なるスピードで起きる。
【システム1】
早く、とっさに、自動的に、思考に負担をかけずに、無意識に行われる意思決定
【システム2】
時間をかけて、段階的に、思考を巡らせながら、意識的に行う意思決定

いわゆる右脳・左脳といった話だが、実は人間の脳内ではそんな単純な構造ではないことが神経科学ではわかってきている。

一般的には、システム1は「直感」と呼ばれ、こちらを優先することによって、現状維持バイアス、サンクコストバイアス、アンカリングバイアス、、、など、バイアスが多いとされている。

つまり、もっと冷静になって判断せよ、と。

しかし、実際の経営の現場ではどうか、というと、システム2(論理思考)による決定よりも、システム1(直感)による決定の方が優れている場合があり、そのような研究成果も近年出てきている。

では、なぜそのような直感が優れる結果となるのか?

「直感の効能」の研究の第一人者である認知科学者ゲルド・ギゲレンザーによる説明は以下の通りだ。

直感が優れた成果を出す条件の一つは、周囲の環境の不確実性が高いことだ。周囲のビジネス環境が不確実になればなるほど、人は直感を使った方が将来の予測精度を上げて優れた意思決定ができる。

人は、意思決定する際には(それが瞬時であっても)、自身の意思決定がその後の成果にどのような影響を与えるかを「予測」している。予測精度が高いほど、それに基づいて優れた意思決定ができる。

そして、

その予測の精度のエラー度(見誤る度合い)を決める要素は、「認知バイアス」に加えて、「ヴァライアンス=過去の経験がどれくらい将来の予測に使えないかの程度」からなる。

不確実性が高い環境であれば、「過去は使えたが、実は今後の予測には使えない」「他業界では意味があるが、実は自分の業界では意味がない」ような変数が、人の認識に多く紛れ込むからだ。

つまり、考えすぎて、また過去の経験を引きずりすぎて、結果的には予測を見誤ってしまう、ということである。


しかし、ここで注意が必要なのは、不確実性の高い状況下では常に論理思考よりも直感が優れている、ということ意味しない。ギゲレンザーなどの研究によると、

特に重要な要件は、「その直感が、その人の様々な経験に裏打ちされたものでなくてはならない」

という点だ。

つまり、「玄人の勘」の方が望ましい。

逆にいうと「素人」のうちは、やはりシステム2のような慎重で、論理的・客観的な思考が重要ということだ。

ちなみに、論理思考と直感についての関係性については、近年での神経科学では、直感思考と論理思考は相反するものではなく、むしろ補完関係にあると言われているそうだ。


豊かな経験、継続する情熱が「決める力」を育む

意思決定の理論を読んだ時に真っ先に思い出した本がある。

もう15年以上前に読んだ本ではあるが、羽生善治さんの「決断力」という本だ。

影響を受けたという意味ではこれまで読んだ本の中でも3本の指に入るし、20代の時にこの本を読んで良かったと心から思える一冊だ。

10年以上ぶりに読み返したが、金言だらけの本なので、折り目とマーカーで埋め尽くされている。

お気に入りのフレーズをいくつかピックアップするが、前後の文脈を理解する上では一読されることをお勧めする。

勝負どころでは、あまりごちゃごちゃ考えすぎないことも大事である。
簡単に、単純に考えることは、複雑な局面に立ち向かったり、物事を推し進める時の合言葉になると思う。
一局の中で、直感によってパッと一目見て「これが一番いいだろう」と閃いた手のほぼ7割は、正しい選択をしている。
直感力は、それまでにいろいろ経験し、培ってきたことが脳の無意識の領域に詰まっており、それが浮かび上がってくるものだ。
全体を判断する目というのは、大局観である。
状況判断ができる力だ。本質を見抜く力といってもいい。
その思考の基盤になるのが、勘、つまり直感力だ。直感力の元になるのは感性である。
将棋にかぎらず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。
感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり、、、というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。
「いかに戦うか」は大局観にかかわるが、その具体的な戦略は事前研究が決め手になる。
何事においても事前の研究は大切であろう。大局観と事前研究があるからこそ、最善の戦略も生まれるのだ。
常に先を見通した努力が必要だ。新しい戦型や指し手を探していくことは、新しい発見を探していくことである。自分の力で一から全部考えないといけない。だからどうしても失敗することが多い・・・状況はいつも悪いのだが、一回やれば二回目は前回より少しマシになるだろうと楽観的に考えている。それが次へのステップ、未来への収穫になる。成功する可能性が有る限りは新しいことに挑戦していきたい。「何回か続けていけば、そのうちうまくいくだろう」、そういう気持ちで私は取り組んでいる。
基本は、自分の力で一から考え、自分で結論を出す。それが必要不可欠であり、前に進む力もそこからしか生まれないと、私は考えている。
才能とは、継続できる情熱である。

以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、10年とか20年、30年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。

以上ですが、きっと意思決定の理論を理解する上でのヒントを感じていただけたのではないかと思います。



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