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仄かに漂う黄色い臭気 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その42

 放送室の扉の窓から中を覗くと、そこには見た事のない機材が並び、放送室の中央には台があり、その上に横たわっている人の足のような物が見えた。

「ここか⁉︎」

 俺は扉を開け、放送室の中へと入る。
 爆発による火の手は放送室外に迫っているようだ。室内の窓から真紅の炎の揺らめきが差してくる。
 台の上に横たわる物を見て、俺は思わず息を飲む。
 それは人の身体を模しているものの、金属製の物体だ。
 窓から差す炎の揺らめきが金属製の人のような物体の顔を照らし出す。

「“仮面”っ!」

 それは間違いなく“仮面”の顔であった。
 “仮面”は放送室中央に設置された台の上に仰向けに横たわっていた。

「“仮面”っ!俺だ!シロタンだっ、風間詩郎だ!わかるか⁉︎」

 俺は横たわる“仮面”の両肩を掴み揺する。

「“仮面”!おい、“仮面”!」

[見つけたぞ!]と大声を張り上げるのは憚られる。
 俺はスマホを取り出し、パリスのスマホへかける。
 パリスにしては珍しく、すぐに着信に出た。

「パリス、“仮面”を見つけたぞ。一階の放送室にいた。西松を連れて来てくれ」

(わかった)

 通話を切る。

「おい、“仮面”!“仮面”!」

 何度も“仮面”の肩を揺すると、“仮面”の目がぼんやりと白く光った。

「“仮面”!気付いたかっ!」

 機械で合成したような小さな音が聞こえる。

「俺だ!シロタンだ!」

 俺は仮面の口元の辺りに耳を近付ける。

「シロタン、来てくれたんだね」

小さな音量ではあるが、“仮面”の声が聞こえた。

「ああ!助けに来たぞ」

「シロタン、胸の表示器を見て」

「表示器?なんだそれ?」

「いくつ光ってる?」

 言われるがままに“仮面”の胸元を見る。
 確かに表示器のようなものがあり、四つ表示があるうちの一つが白く点滅している。

「一つ光ってる、点滅している」

「まだまだだ。僕は満足に動けない」

「動けない?どういうことだ?」

「僕の胸には補助脳が埋め込まれていて、それは充電式なんだ」

 補助脳⁉︎なんだそれは!
 “仮面”の胸元から充電ケーブルのような物が伸び、それは台の横にあるデカい機械類に繋がれている。

「補助脳が僕の運動機能を制御していて、この表示器が二つ以上点灯しないと、自分の意思だけでは身体を動かす事が出来ない」

 わけがわからない。
 補助脳だの言われても現実として認識出来ない。

「ひいいっ」

 俺の背後で何か重い物が床に落ちる音がした。
 その音と声がした方へ振り返るとパリスがいた。そのパリスの足元には西松が尻餅を付いている。
 西松のその顔は恐れおののく、といったところか。

「何をそんなに驚く?」

「壁っ、壁っ!」

 西松が指差す方の壁を見る。
 そこには大きな十字架が立て掛けられていた。
 よく見ると三本の十字架が重ねて立て掛けられている。

「この十字架がどうかしたか?」

「恐いっ、恐いんだ」

 と西松は言いながら、尻餅を付いたまま、後退りする。

「何でそこまで恐れるのか。
 なんて事の無いただの木の十字架だろうが。お前はドラキュラか?転び伴天連か?」

「とにかく恐いんだよ」

 と言う西松は半分泣いているような表情だ。
 そんな中、仄かに黄色い臭気が漂ってきた。
 その臭気の発生源を目で追うと、西松の股間からであった。
 西松のズボンの股間に巨大な濡れ染みが出来ていたのだ。
 こいつはまたか…

「西松よ。お前はオムツでもしておけ」

「仕方ないだろ!」

「開き直るのか?お漏らし坊やが」

 西松は何かと失禁をする。
 西松がしゃがみ込む床にはちょっとした水溜まりが出来ていた。
 その水溜まりが窓の外で炎上する、炎の照り返しを受け煌めいている。
 嫌な煌めきだ…
 こいつのこの癖はどうにかならないものか…
 それよりもだ。とりあえず西松のお漏らしは一旦、置いておくとして、

「それよりも、“仮面”を連れてここから脱出するぞ」

 俺は仰向けに横たわる“仮面”の両手首を掴み、

「お前らは“仮面”の肩を押して起き上がらせるんだ」

「わかった、シロタン」

 とパリスが返事をすると“仮面”の頭側へ回り、西松も遅れてそれに続く。
 パリスと西松はそれぞれ“仮面”の両肩を掴む。

「よし、俺が合図したら肩を持ち上げろ、俺は手を引っ張る」

「わかった!」

「行くぞ、いっせーのっ!」

 渾身の力を込め、“仮面”の手首を引っ張り上げるのだがびくともしない。

「もう一回行くぞ!いっせーのっっ!」

 わずかに“仮面”の肩が上がった気がするのだが、これを何回やれば“仮面”の上体を起こすことが出来るのか?
 放送室の室内がさっきよりも紅に染まってきている。気温も暑くなってきた。
 炎が迫ってきている、どうすればいいのか…

 そんな状況下、微かに俺の名を呼ぶ声がする。

「“仮面”か!何だ⁉︎」

 “仮面”の口元へ耳を寄せる。

「シロタン、胸の表示器の下にある緑のボタンわかる?」

「緑のボタン?」

 “仮面”の胸元の補助脳とされる部位の表示器付近に確かに緑のボタンかある。

「あるぞ」

「それは急速充電ボタンだから押して欲しい」

「急速充電だと!それを早く言え!」

 俺は“仮面”が言うところの急速充電ボタンを押す。
 鈍い発信音のような音を立て、“仮面”の目がよりはっきりと発光した。

「これでさっきよりも動けるから、もう一回僕を起こして欲しい」

「わかった、“仮面”!お前ら行くぞ!いっせーの!」

 俺の掛け声と共に渾身の力を込め、“仮面”の腕を引っ張り上げる。
 軋むような音を立て、“仮面”が上半身を起こしてくる。

「やったぞ、その調子だ!」

 “仮面”はゆっくりと上半身を起こしながら低音の発信音をさせる。それはまるで唸り声のようだ。

 そのままゆっくりとだが、“仮面”を台から起こし立ち上がらせることに成功した。

「よし、このまま歩けるか?」

「ごめん、シロタン。今ので急速充電分の電力を使ってしまって、まだ歩くことは出来ないよ」

 と“仮面”は言いながら、右腕を動かしてみせるのだが、その動きはかなり遅く鈍い。

「今はこれしか動かせない」

 それでも“仮面”の音声はさっきよりも明瞭に聞こえてくるようになった。

「わかった。西松、お前が“仮面”を背中に担げ」

「え⁉︎無理だよ!」

 西松は難色を示す。

「いいからやってみろ」

 西松は渋々、“仮面”の前へ来ると背中を向け、そして“仮面”の太腿へ手を回す。
 “仮面”はゆっくりとした動作で西松の肩に手を掛け、前傾し身体を西松へ預けようとしたその刹那、

「無理無理無理無理ぃぃ〜っ」

 西松は顔を真っ赤にして悲鳴をあげ、“仮面”は直ぐに西松の背中から離れる。
 西松の野郎…、本当に使えねえ奴だな。

「“仮面”、お前は体重何キロあるんだ?」

「具体的な数値はわからないけど、多分シロタンよりも重いと思う」

「俺よりも重いのか…、それなら西松みたいな失禁小僧には無理だろうな」

 ならばどうする。俺が担ぐのか?
 俺が俺よりも重いものを担ぐなど無理だ。パリスも無理だろう。

「シロタン、これに“仮面”を乗せるのはどうだろう?」

 パリスの声が放送室の隅から聞こえる。
 パリスは満面の笑みを浮かべて、ある物を手にしていた。

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