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やさしい時間

12年も前のこと。

夜行バスでたどり着いた大阪。
実家にはもどらずその足で彼女のうちへ。
布団乾燥機でほかほかになった布団にもぐりこみ、団地の小さな部屋の片隅でわたしはうとうとしていた。

彼女はわたしの傍らで辰年の年賀状を描いている。龍とおぼしき、細長く蛇行したなにかを器用にスタンプで象っていく。
青みがかったグリーンのインクがいまでも鮮明に思い出せる。

作業の音を聞きながら、カーテン越しに差し込むやわらかな光を瞼に感じる。
わたしは日々の戦いで緊張しっぱなしの体をゆるゆると解いていく。
ふかふかのおふとんが心地よくて、なんだか泣きたくなった。

わたしには存在しない、温かな実家の記憶。
誰からも無条件に守ってくれる穏やかな場所。
きっとそんなようなものとして、あの日の記憶はわたしの中にある。



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