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おとな

大人になったな、と思う。

高すぎる税金にケチをつけ、学割は使えなくなり、悪夢を見て真夜中に飛び起きたときなだめてくれる母はいなくなり、悩みはもれなく仕事関連、ストレスの解消法は酒と山とキャンプ。
しゃべる時にはなんと答えたら正解か見当がつくようになった。
とにかく無難なことをいう。流れに沿う意見を述べる。みんなが使っている言葉を使う。
正解は一つではなく複数ある。
いつのまにか、私はそれが当てられるようになっていた。

コミュ力が高いねと言われることがあるが、うそだ。
初対面の男性全員をうっすら嫌い、人一人を受け入れるのにどうしても時間を要する。
私が身に付けたのは社会的な武装だ。悲しき大人の鎧だ。力とは無縁のものだ。

優しいね、と言われることがあるが、これもうそだ。
私はまるで優しくない。口が悪い。
導けた正解の数が、優しいという紛いものの評価に繋がっている。
正答率の秘訣は、いわば社会人作法の丸暗記のようなものだ。10代後半から20代前半で外しまくったのでさすがに学習した。
だから、そこに私の真心はない。
真心などどこにもない。
慈しむ気持ちが微塵もないのだから、優しいとは違うのだ。

これを社会性だというのなら、そんなもんはくそだと思うが、
集団に参加する意志がありますよというフリをしたほうが圧倒的にスムーズに、有利に、滞りなく、物事が進んでいくのを、私は知ってしまった。


大学生の頃の私は本音の会話以外はゴミだと切り捨てた。
本音じゃないならば、全てが嘘だった。
真実のグラデーションなど許容できなかった。

私の言葉が理解できないやつは頭が悪いと思ってた。
そしたら、99%の人は私のいってることを理解しなかった。



社会に出た私は、徐々に考えが緩くなった。

社会に中指を立てる体力がなくなってきた。世間を恨む精神力も底をつき始めた。
毎日どっかんどっかん沸いていたエネルギーが、次第に感じ取れなくなった。
本当のこと(人生と過去と悲壮の等身大の現実の重さ)と嘘(ポップに彩られたそれ以外の部分)と極端に二分していた部分が、次第に境界線が薄くなり混ざり始めた。
この混ざりあった、汚く濁っている部分も伸び伸びと鮮やかな部分もどちらも私だと思えるようになった。

「どうしたらいいんだろう」より「まぁいっか」と「もうええわ」で成り立つ日々のほうがうんと楽だった。



大学の頃の私が間違っていたとは別に思わない。
あの頃の私は自分を知ってほしかった。いいたくないことをあえて口にしてみたかった。わかってほしかった。受け入れてほしかった。ぶつかってみたかった。
自分がそうする分、相手にもそういう姿勢を求めていた。

今は、本音じゃないならば嘘であるとは思わない。
本音じゃないけれど嘘でもないラインだって正解と同じくらい無数にある。
いいたくないことをいう必要はない。聞き出す必要もない。
いいたくないことがあるのはなんとなく伝わる。内容はわからなくても雰囲気で伝わる。
それで十分だ。

数多の言葉を使ったって伝わんないことはある。文章得意だろう、みたいな煽りを受けてベストを尽くしても、いや話聞いてた? みたいになることがよくある。


でも、いい。理解がなんぼのものだ。
わかってもらえなくて一向にかまわない。
わかってもらうという謎ゴールはそもそも私の設定したものではない。

100%の人の理解など、それこそほしくない。
そんなのつまらないよ。
わかんなくていいとか言いながら、
とか言いながら!!!! 
でもたまにちょっとだけでもわかってほしくて、しんどいよねって言ってほしくて、ジタバタ匍匐前進しながら言葉を紡いだり考えたりするのが楽しいんだよ。
100%の理解してくれる人に訴えかける言葉、逆にないでしょ。

ちゃんと普段からなるべく正解を叩き出して、その代わりにいいたいことも時々はいわせてもらう。
昔は世の中の正解を無視するくせにいいたいことを叫び続けてた。
大学生の私が今の私をみたら、あまりの大人具合に慄くだろうな。

大人はでっかい(態度が)子どもだとずっと思っていたが、私は歳をとって大人になった。
私は大人になれた。

高校の時に好きだった人に「お前は一生しあわせになれない」と呪いをかけられ、大学時代のバイト先では「社会をなめてる」と何度も言われ、就職してからも「林業はまともな社会経験に入らない」といわれたが、私はちゃんと、大人になれてる。

自分の意見より正解を口にするのは、
うるせえやつらを黙らすためだ。捕まらないためだ。そういう人を相手にする時間は世界一むだだし、暇な善良ぶった人たちは説教できるやつらを昼夜探していることに気が付いた。

捕まったら長い。だるい。私すぐ捕まるし。


心無い正解の数が私を大人にした、この結論むなしすぎる。

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