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友人「A」 (前編)


※この記事はフィクションです。


彼は学校をやめた。

その事実を知ったのは、彼が学校を辞めてから1ヶ月ほど経った、8月の終わり頃だった。

彼は大学の同期だった。私と同じ大学の、地理学科に所属していた。3年生になってからはお互い違う授業を取っていて、なかなか会う機会が限られていたが、1,2年の時は毎日のように隣の席で授業を受けていた。

いや確か、2年の終わり頃は、彼は少しサボり気味だったので、私は彼にノートや課題を見せていた。

そんな彼は、3年の前期が終わろうとする頃、学校を辞めていたらしい。その事実を知ったのは、8月末に私の所属するゼミが設けた登校日のことだった。

※ここから登場人物が増えて誰が誰だか分からなくなるかもしれないので、学校を辞めた彼のことを「A」と呼ぶことにする。


私の所属するゼミは、植物を専門に研究している生徒が集まっている。ゼミ生は同期の3年生が3人、4年生が7人の計10人だ。

夏休み、先生によって招集がかけられ、一度各々が進めている研究の進捗状況の報告と、この後行われるゼミ合宿についての話があった。

話を戻そう。このゼミのゼミ長に、Aのことについて聞かれ、その時Aが学校を辞めたということを知った。

「Aと仲良いよね?あいつ学校やめたじゃん?何かあったの?」

ゼミ長はうちの大学のカメラサークルの会長も務めている。
Aもカメラサークルに所属していた。恐らくサークルの中では、Aが学校を辞めた話が広がっていたのだろう。

「え、Aですか?あいつ学校辞めたんすか?」

私はその事実を知らなかったので、ゼミ長に向かってそう答えた。

その後、ゼミ長にAが大学を辞めたことについて、より詳しく話を聞いた。

前期の末に、急にサークルに来なくなり、不思議に思った1人のサークル会員がAのインスタを確認したところ、プロフィール欄に書かれていたはずの所属大学の文言が丸っ切り消されていることに気付いたそうだ。

確かに前期の末、学校でAを見る機会がなかった。

では、なぜAは学校を辞めたのだろうか。

私は理由が知りたくて仕方なかった。

この日、私はゼミ長に、

「何か分かったら教えてください」と伝え、ゼミの作業をこなしてすぐに、Aにラインした。

1,2年の時あんなに仲良かったのだから、返信は来るだろうと思った。

しかし、1日経っても返信は来なかった。

2日、3日と返信が帰ってこない日が続き、1週間経たないうちに、私はAからの返信を期待しなくなった。

私はAとは違う人物にラインした。

「いきなりすまん、Aが学校辞めたって知ってた?」

その人物はAとは対照的に、数秒で返信がきた。

「ご無沙汰!なんかAくん前期の終わり頃に辞めてたみたいだね…」

返信をくれたのは、地理学科の同期で丸坊主の男。(特に元野球とかではないらしい)こいつはゴシップが好きなのか、うちの学科の隅から隅までよく知ってる。私はこいつのことを情報屋と呼んでいる。

情報屋はどこから仕入れたのか分からないような、人間関係のいざこざだったり、恋愛関係だったりを私たちによく話してくれる。しかし、私の情報も勝手に学科の女子にべらべら喋ってるらしい。

その情報屋は、Aの事実をやはり知っていた。私はラインでの会話を続ける。

「Aが学校辞めた理由とかって知ってる?」

「うーん、僕も今年になってから会わなかったから詳しく分かんないんだよね」

「まぁそうか、ありがとね」

「もしかしたら例のサークルの件関連とかだったり??」

「ん?なんかサークルであったっけ?」

「えー?!話したじゃん!カメラサークルで起きた恋愛トラブル!」

「いや、知らん。聞いてない」

「話したけどな…。Aの彼女いるじゃん?Aの彼女がサークルの後輩に寝取られたっていう話だよ?」

これを聞いて私は思い出した。情報屋から話を聞いた時は話半分で聞いていたので、誰の彼女の話だか分からなかったが、あれはAの彼女のことだったのだ。

Aの彼女も、Aと同じカメラサークルに所属していた。Aと彼女は大学1年の頃から付き合っていた。Aはよく彼女のことをバカ女とか言っていたが、仲は良さそうだった。

そんな2人の関係に亀裂が生じたのは、私たちが大学3年になってからすぐのことだったらしい。

これも全て情報屋に聞いた話なのでどこまで正確なのか分からないが、知っている範囲で書こうと思う。

飲み会でアルコールが回っていたからなのか、Aの彼女はカメラサークルの後輩とも体の関係を持ってしまったらしく、それに対しAはブチ切れた。
当然といえば当然だ。彼女が浮気したのだから。

これが事実なのかは確かではない。ただこれが本当なら、彼女はバカ女だったみたいだ。

それ以降の2人の関係は良くならなかった。たぶんそのまま別れた。

情報屋はこれが関係しているのではと言っていた。でも仮にこれが本当なら、うちのゼミ長が私に退学理由を聞いてきたことが不自然になる。さすがに自分のサークルの恋愛トラブルくらい耳に入ってるだろう。

1つ謎が解けそうになったが、同時に矛盾が生じた。Aの退学理由は謎なままだ。

「あ、思い出したわ。あざます」

私は情報屋にこう送った後に、もう1つメッセージを追加した。

「また何か分かったら教えてくれると助かる」

情報屋からはキモいクマのOKスタンプが帰ってきた。


学校関係者からの情報集めは難しそうだ。

私は彼のバイト先を知っていた。確かAの住んでいる街の、駅前のドラッグストアだったはずだ。もしかしたらそこに出勤しているかもしれない。

淡い期待を抱き、私はAのバイト先に行ってみることにした。

夏休みのある1日、その日を使って、私はAのバイト先を訪れた。

平日の夕方に訪れたドラッグストアの店内は、駅前とは思えないほどガラガラだった。それもそのはず、道を挟んでドラッグストアがもう一店舗ある。そちらのほうが店鋪が大きいので、客も大きい店舗へ流れてしまうのだろう。

Aはいつもなら夕方に出勤していた。いつもと言っても1年ほど前の情報なのだが。

私はコンビニほどの広さの店内を歩き、Aを探す。しかしそう簡単には見つからない。というか、従業員すら1人も見つからない。いくら客が来ないからって、皆して裏に引きこもってるのだろうか。

ちょうど最近空になってしまったので、日焼け止めを買うことにした。レジに行けば誰か来るだろう。

レジの前に立つと、裏からバタバタと音を立てて誰かがやってきた。30代前半くらいの女性従業員がレジにやってきた。タイミングがあればAの事を聞こうと思った。

レジの女性はそこそこ愛想よく対応してくれた。これなら話しかけやすい。

「あ、すいません、Aって人ここで働いてたりします?あのー僕と同年代っぽい人」

「あーいますけど、A君の友達とかですか?」

こういう個人情報をべらべら喋ってもいいのかと、今になって思ったが、どうやら話が聞けそうなので良しとしよう。

「Aって何曜日います?あいついるかなーと思ってちょっと寄ったりしたんですけど」

従業員の女性は表情を曇らせる。

「なんか聞いてない?…A君、1ヶ月くらい前からシフト入れてないんだよね」

「あ、そうですか…」

1ヶ月前というと、Aが学校を辞めた頃だ。バイトにも行ってないとなると、学校を辞めた理由は、もっと深刻な何かなのだろうか。

従業員の女性と少しAの話をし、私は日焼け止め片手にドラッグストアを出た。

空には黒い雲がかかり、いつ雨が降ってもおかしくないような天気だった。傘は持ってなかった。

駅に向かって歩みを進めていると、ポツポツと雨粒が肌に当たってきた。駅まで軽く走ろうかと思った時、ポケットに入れたスマホが振動した。

スマホを見ると、情報屋からラインが来ていた。



 (後編へ続く)


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