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「ふたつの潮流」モデル。それは、日本のフェミニズムに内在するふたつの思想的方向性。

さて、前回の記事で予告したとおり、「ふたつの『フェミニズム』の潮流」というモデルについて語っていきたいと思います。これは、日本におけるフェミニズム思想には2種類の思想的方向性、あるいは言い換えれば2種類の異なるゴールがあるということです。すなわち

・女性の地位向上と社会進出を徹底的に進めることによって、「イエ制度」ないし「家父長制的家族観」を完全に解体する
・「イエ制度」ないし「家父長制的家族観」を形式的には維持しつつも、それがすべての女性にとって望ましい(批判的に言い換えれば「都合がいい」)ものにする

という2種類のゴールです。私はProf.Nemuroなど一部の反フェミニズム論客に反論する目的で、前者を「エリートフェミ」、後者を「草の根フェミ」と呼び慣らわしていましたが、もう少しマシな言い方があるとも思うんですよね。コメントで提案していただければ幸いです。

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その定義から、この2種類のゴールは決して相容れるものではありません。これは何を意味するのかと言うと、エリートから見て草の根フェミは「ジェンダーの固定化を目指す名誉男性」であり、草の根から見てエリートフェミは「男社会に適応した名誉男性」であるということです。これがトップ画像の意味。

とはいえ、両者の主張の影響をともに受けている人物も少なくありません。特に女性政治家では両者から「名誉男性」のレッテルを貼られるということもあり得ます。高市早苗氏はそのいい例でした(厳密には、彼女は第2波から第3波への過渡期において、「エリート」側から「政治的反フェミニズム」側に転向したという経歴を持っている人です)。

日本の第1波フェミニズムを二分した「母性保護論争」とは?

この「ふたつの方向性」の萌芽は、日本の戦前、大正時代、すなわち第1波フェミニズム運動に見ることができます。

発端は、与謝野晶子が『太陽』に寄稿した『母性偏重を排す』と『婦人公論』に寄稿した『女子の徹底した独立』という二篇の文章。

『母性偏重を排す』より

もし母性を實現しない女がことごとく「絶對の手前勝手」であるなら、前に擧げた不健康その他の理由から結婚を避けしめねばならない女や、良縁を得ないため、または婚資のないために餘儀なく獨身生活を送る女や、結婚して母たる資格を具備してながら肝腎の子供のない女などをも不徳の婦人として批難せねばならないことになる。れは實際に不合理なことである。さうして現實の世界には性情と境遇を異にした無数の女が存在してて、絶對に母性中心説を適用することの不可能なことが此處こ↑こ↓にも暗示されているやうに想われる。
我國の婦人の大多数はじやうに子供を生んで毎年六、七十万ずつの人口を増している。あるいは國力に比べて増し過ぎるとふ議論さえある。私達はむしろこの多産の事實について嚴粛に反省せねばならない時に臨んでいる。旧式な賢母良妻主義に人間の活動を束縛する不自然な母性中心説を加味してこの上人口の増殖を奬励するやうな軽佻けいてうな流行を見ないやうにしたいものである。
『女子の徹底した独立』より

私は歐米の婦人運動につて唱へられる、妊娠分娩等の時期にある婦人が國家に向つて經濟上の特殊な保護を要求しようとふ主張に賛成しかねます。既に生殖的奉仕につて婦人が男子に寄食することを奴隷道徳であるとする私達は、同一の理由から國家に寄食することをも辭さなければなりません。婦人は如何いかなる場合にも依頼主義を採つてはならないと思ひます。
男子の財力をあて●●にして結婚し及び分娩する女子は、たとひれが戀愛關係の成立してる男女の仲であつても、經濟的には依頼主義を採って男子の奴隷となり、もしくは男子の勞働の成果を侵害し盗用しつゝある者だと思ひます。男子相互の經濟上の獨立を顧慮しない戀愛結婚は不備な結婚であつて今後の結婚の理想とすることが出來できません。
それですから、妊娠の時と分娩の時とにあらかじめ備へる財力の貯蓄を持つてない無力な婦人が、妊娠および育児とふ生殖的奉仕につて國家の保護を求めるのは勞働の能力の無い老衰者や癈人等が養育院の世話になるのと同じことだと思ひます。

令和人がこれを読むならば、これは明らかに「エリートフェミ」側の理論。むしろこんな時代からあったことに驚かされます。

しかしそこへ平塚らいてうが反論し、「現代の女性の労働環境は劣悪であるから、むしろ妊娠・分娩・育児期の女性の家庭外における労働を禁止し、その時期における生活の安定のために国庫から補助せよ」と、今で言う「女は家庭に戻れ」的な主張を展開。もっとも当時において「働く女性」と言えば紡績工場で働く女工が代表的イメージとなっており(これが「路面電車やバスの車掌」になるのは大正末期~昭和最初期のこと)、そんなのになるくらいだったら家庭に入ったほうがマシ、という女性は今以上に多かったでしょうし、平塚氏の主張もそれに迎合したものだったのでしょう。

与謝野・平塚両氏の主張は過熱を極め、現代史においてこれは「母性保護論争」と呼ばれています。

この論争を仲裁するために与謝野・平塚両氏の主張を整理したのが山川菊栄氏です。彼女は社会主義者でもあり、その立場から「真の女子の独立も、真の母性保護も、社会の変革なしには実現できない」と結論付け、論争を決着させた…

…かに思われました。

ここでさらに、「母性保護を求める」側に論客が加わります。それが山田わか氏。彼女は第4波フェミニズムになって、急速に再評価されるようになった一人です。

彼女は「家事育児こそ女の天職であり、その誇りを持つべきだ」と主張し、ある意味平塚氏以上に「良妻賢母主義」的(今で言うところの「性別役割重視」)でした。昭和期になると母子福祉・売春婦更生などのための団体を積極的に立ち上げ、「家父長制的家族観における“母”の位置づけ」を重視する側としての「フェミニスト」の立場を堅持したのです。

特にその政策的手本としたのはなんとナチスドイツの婦人政策だったそうです。つまり彼女はある意味、日本最古の「フェミナチ」とも言えます。ナチスの女性政策は「アーリア人種の量産」を念頭に置き、「夫に従順で多産な主婦」が望ましいものであるとされ、女性の要職就任をあえて禁じる党綱領まであったと言われます。しかしながら「母親としての女性」への社会的支援を惜しまなかったこと、またヒトラーの人柄などから女性たちのナチスへの支持はすこぶる高く、ナチスを権力の座につけさせたのは女性の票だ、という説があるくらいです(ドイツではヴァイマル共和政の成立と同時に女性参政権も認められました)。

日本の話に戻りますが、当時は明治民法により父親が家庭でも様々な権限を握っており、財産権もその一つでした。平塚・山田両氏の主張はその家族観を実質的に支持する代わりに、そのアジェンダの一つであるはずの女性保護を徹底させよ、というものだったのです。

「フェミニズム」「ジェンダー解放」に否定的な女性たち

そして戦後になり、民法も父親に権限が集中しないものとして改正され、多くの家庭では財産権も妻に移譲されたわけですが、「男は仕事、女は家庭」という観念や「夫のことを『主人』と呼ぶ」といった風習は変わりませんでしたし、多くの女性たちも、それを変えようとさえ思っていなかったようです。むしろ一部のフェミニスト活動家さえも積極的にこの制度に乗っかろうとしていました。例えば「中ピ連」の代表であった榎美沙子は、自らの活動が失敗すると即座に夫の家庭に入ることを受け入れ、その無責任さは同じフェミニスト活動家からさえ非難されたほどでした。

その後雇用機会均等法の成立や上野千鶴子などエリート女性の登場によって、地位向上や社会進出、そして性別役割の解体がフェミニズムの事実上の基本方針となっていきますが、それが皮肉にも女性のライフプランを「男と同じように社会での地位を上げていく」と「地位の高い男性のセレブ妻となって楽に暮らそうとする」へやはり二極化させていきました。このあたりの話は、多分やじうまファイタークソえもん氏の記事のほうが詳しく語られています。

Prof.Nemuro氏を始め、「これまでの反フェミニズム」論客のオピニオンリーダーはしばしば「日本の多くの女性はフェミニズム的な解放論に否定的だ、フェミニズムが女女格差を拡大してきたからだ」(ここで言うフェミニズムとは「エリートフェミ」しか指していないことに注意)などと主張していましたが、そう二極化していることを考えると草の根女性たちがフェミニズムに否定的になるのもむしろ自然といえます。

そして何よりもそれは、日本の女性が「自分と同等以上」ではなく「自分の倍以上」の男を求める動機となり、また共働き家族観の推進・普及にむしろその要求水準を引き下げる効果があったことの証明でもあるのです。

日本において「第3波から第4波への移行」とはなんだったのか

そして2010年代、SNSの隆盛によって、良くも悪くも、草の根女性の生の声が直接的に広がり、研究者や論客もそれらを無視できなくなり、彼女らの軍門に下るようになっていきました。詳しくはこの記事を参照してください。

第3波がリベラリズムやエリート女性によって主張されてきたものであり、第4波が草の根のSNSによって広がったものとするなら、日本における両者の戦略・目指しているものの違いを鑑みれば、これが思想的に見て一大転換点であることは、全く疑いがありません。

「これまでのアンチフェミ」の盲点

では、なぜこのことについてアンチフェミニズムの立場から論じなければならないのか。それはこれまでのフェミニズム批判というのは殆どと言っていいほど「女の地位向上によって家族観が破壊され、若者の非婚化と少子化が進み、将来的に社会を滅ぼす」という観点から語られていたからです。この論点で批判されていたのは紛れもなく「エリート」のほうだけでした。

しかし日本のフェミニズムには、全く違うことが目標になっている勢力がいるわけです。フェミニズムの第4波への移行、もしくは「自分の欲望ないし自分の獣性に忠実なフェミニズム」への移行は、この勢力への主導権の移譲をも意味していると私は思います。しかしながら、「エリートフェミ」ばかり叩いてきたこれまでの反フェミニズムでは、これは対策のしようがない展開です。

このことを、以下の記事のように批判できる人材は、まだ多くありません。

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その上で、フェミニズムに反抗する勢力が取るべき方向性は、真下に向かう黒いベクトルのはずです。本来右側(≒ジェンダー保守主義)にも左側(≒ジェンダー自由主義)にも振れるべきではないものです。
しかし実際のフェミニズム批判においては、まだまだ右下への方向性が強く残っています。すなわちフェミニズム(フェミニスト)といえば「専業主婦の価値観を否定して地位向上を目指そうとするエリートフェミニズム」しか指していなかった時代、そして反フェミニズムの間でその方向に社会が進むことによる弊害しか議論されていなかった時代を引きずって、ここにこそ真っ向から対抗しようと、青いベクトルの向きに引っ張っているところがあるのです。
仮に昔の基準でのフェミニスト、すなわち「エリートのフェミニスト」を潰せたとしても、それで草の根の女性からなるフェミニズムが盛り上がってしまっては、元も子もありません。そして更なる問題点は、すでにフェミニズムがそういった構図になっているにもかかわらず、多くの反フェミニストはそれに気づけていない、あるいは気づいていても結果的にエリートしか批判できていないということです。
昨年の国際女性デーでは、TBSの女性記者が書いたエッセイが炎上しました(いわゆる「なりたくなかったあれ」事件)。また今年は、岩波書店のスピーチが炎上したそうです。この2つの炎上には共通点があります。エリートフェミニズムの主張を、草の根フェミニズムが攻撃したという構図であることです。
日本はジェンダーギャップ指数が先進国の中でも最低クラスに留まり続け、その原因が女性管理職や女性政治家の少なさにあることは至る所で言及されており、その是正が必要であることも至る所で叫ばれています。
しかしこれも、草の根女性が考える日本社会の理想とは大きくかけ離れています。彼女らはそうした形での地位向上を望みません。彼女らがジェンダーギャップ指数を持ち出すのは、その夫となる男性たちに対して「お前らは支配階級だ」と認識させ、彼らにノブレスオブリージュを要求しているためです。その意味で言うと、ジェンダー平等を目指すエリートのフェミニストとは完全に異なる理屈で動いているわけです。

山田わかが近年になってフェミニズムから再評価されているということ。我々はこれを重く受け止めなければなりません。彼女は女性の地位向上を、社会進出を、イエ制度・家父長制的家族観の解体を目指したわけではありませんでした。それにもかかわらず、女性の権利のために動いていた人物であったと見なされるようになったのです。

そんな状況下で、「フェミニズム以前の、家父長制的家族観がマシだった」と言うことは、反フェミニズム的にどんなに愚かなことであるか。この言説に迎合していたすべてのアンチフェミニストは、思い知るべきです。

これは良い悪いの話では全くありません。
まったくナンセンス●●●●●なのです。
無意味●●●なのです。
何の意義ももはやない●●●●●●●●●●んです。

反フェミニズムは「これ以外の方向からフェミニズムを批判できること」を身につけなければ、日本社会はどんどん「女にとって都合のいい家父長制社会」へ近づいていくことになるでしょう。右派政党、左派政党のどちらが政権を取ったとしてもね。

これからのアンチフェミニストへ

本来ならこのような議論は、フェミニズムが第4波に移行する前にやっておくべきものでした。しかし日本で『男性権力の神話』が出版され「マスキュリズム」という思想と概念が伝来したのは2014年、青識亜論氏が自由主義の観点からフェミニズムを批判するようになるのも同年のことです。当時とてSNSは日常に十分浸透していましたし、MeTooが起こるまであと3年のことでした。さらにKKOや非モテ論を通じて伝統主義的反フェミニズム論が再興を見せ、平等や自由の観点からの批判者にも結局転向してしまった人は少なくありません。

そういう意味で言うと、反フェミニズム側の議論はかなり後手後手に回っている感じがあります。もう時既に遅しと言っていいかもしれません。とはいえ、希望が潰えたわけではありません。むしろこうなったからこそ、フェミニズム批判論にも思想的一大転換が求められているのです。

小山晃弘氏はこのように述べ、フェミニズムの根本からのおかしさを主張しましたが、それは同時に「女性の地位向上や社会進出を、平等主義・自由主義に基づいて進める動きに反対し、フェミニズム以前の伝統的性観念を取り戻すこと」が反フェミニズムの思想的方向性として最適解ではないことをも示しています。フェミニズムが「女性の権益拡大」であり、「フリーライドを志向する我儘なミーイズム」であるなら、平等主義・自由主義でさえその方便としてフェミニズムに利用されているに過ぎないということになります。そしてそれが使えなくなれば即座に切り捨てられ、今度は伝統主義・共同体主義がその方便として利用されることになるでしょう。

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だからこそ、反フェミニズムも反フェミニズムで、「何のために反発しているのか」ということは重要になってきます。平等主義・自由主義からのフェミニズム批判が「フェミニズム対フェミニズム」というような論調で語られる、あるいはフェミニズムとマスキュリズムがあたかも共闘しているかのように語られることが多いのも、(その範囲内においてはフェミニズムのアジェンダを支持しているということはもちろんあるわけですが)これまでフェミニズム批判といえば伝統主義・共同体主義からの批判であったことを抜きにして説明することはできません。そしてその伝統主義・共同体主義でさえ、女性は男の責任において保護すべきものとされ、近年では「その範囲内において彼女らの自由と権利を認めるべき」という考え方が主流です。

我々はこれ以上、伝統主義・共同体主義のような批判論に飲み込まれてはいけません。家族ではなく自分のため、伝統ではなく自由のために、フェミニズムと戦っていることを我々も常に意識しなければならないと思います。