『情報交換』という言葉を考察してみる

気付かぬうちに、かなり久々の投稿になってしまった。
今回のテーマはビジネスに携わる者の一部が便利に使用している '情報交換' という言葉についてだ。

元々思考して文章にしていたテーマだったが、ある方とお話ししている中で、これもnoteに投稿しておこうということで筆を取った次第である。


そもそもこのようなことを思考するに至ったきっかけとしては、初対面を済ませる前の方に情報交換しませんか?と言われることに幾許かの嫌悪感を覚えてしまうことがあり、何故そう思うのかを考え始めたことだ。

※シチュエーションとしては、ビジネスマッチングサービスに多いイメージ

最終的には、何故嫌悪感を覚えるのかの回答も自分なりに導き出せたのだが、ここに '情報交換' について思考したことをまとめておく。

まず、大前提として、交換をする対象の情報が'等価' であることが挙げられる。
情報の価値は数値化不能で、理論的には判断できない。
つまり、感覚的に等価交換になっているのかの判断となる。

感覚的に等価交換だと思えるかどうかを決めている大きな要素としては、相手との人間関係であろう。
良い人間関係が築かれていれば、自然に何かを提供したくなる(ギブ)
そして、返報性の原理で返ってくる(テイク)

仮に相手との知識差や経験差があったとしても、関係性が良好であれば、気持ち良く情報交換はできるものだと考える。
そういう風に考えていくと、情報交換 はコミュニケーション(対話)と言い換えても良いのかもしれない。

等価交換だと思えることが気持ちよく '情報交換' をするための鍵だと言えるのではないだろうか。

感情的に偏っていると、どちらかが搾取されているなと感じてしまうだろう。
そこに快適さや安心感といった、ポジティブな感情は希薄化している。

つまり、お互いが気持ち良く情報交換(コミュニケーション)するためには、人間関係が構築されていることが必須条件だと思う。

便利な言葉が故に、その言葉に内包される前提を考えずに初対面前に気軽に使っている、その浅はかさに嫌悪感が生じているのだと理解ができた。

個人的には、情報交換しませんか?ではなく、話しませんか?で充分だと思っている。

ただこの話を数人にしたところ、
そこまで考えてる人はいないよ と言われたので、
情報交換しませんか?と仮に言われたとしても、嫌悪感を感じる必要ももはやないのだなと思い、割り切るようにしている。

情報交換という言葉を使っている人たちの中で、本当の意味での情報交換をしている人は少ないのではないかなと思うが、果たして..

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