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世界一のグノシエンヌ

 
 アリス=紗良・オット(Alice-Sara Ott)。
 数年前、このピアニストの魅力を知った。サティの『グノシエンヌ』をとても美しく弾く奏者であると、耳に留まってくれたのだ。
 私は、ピアノ曲が好きだ。シンプルながらも、繊細な旋律を要するドビュッシー、サティの楽曲が持つデリケートに交錯する旋律が、好きでたまらない。
 優れた音楽は、最初の一音が弾かれただけで、その場の空気を一変させてしまう力を持っている。とりわけ自分が好きな『グノシエンヌ』は、そんな魔力が恐ろしいまでにも潜在されている。
 どんな楽曲でもそうなのだが、作品はそこに作曲家の意図が反映されていようがいまいが、演奏者の表現力の資質によってどんな色にも塗り替えられてしまう。それが音楽の素晴らしさでもあり、また怖さでもある。
 エリック・サティは故人であるため、どのような演奏表現が『グノシエンヌ』にふさわしいものなのかは、今や知る由も無い。それを測る基は、己が培ってきた感受性しか無いのである。その観点を通して、自分の中での『グノシエンヌ』の価値を表し求めるとしたら、彼女、アリス=紗良・オットの演奏は、自分の中でもっとも理想に近い形であると推すことができる。
 昨晩は、満月の夜だった。
 満月の神々しさの照らされた下で、アリスの生演奏を聴く機会が巡ってくることが、私の音楽に対する崇高な願い事のひとつだ。


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