絶望反駁少女 希望のビジュタリア I-3
I-3 魔法使いの契約
明治期の西洋を模した建築をさらに模したような、今どきなかなか足を踏み入れることもない邸宅。まるで王宮内のようなきらびやかな回廊を通り入った部屋は、かの有名な『鏡の間』を凝縮したような荘厳な雰囲気に包まれていた。
この国を実質的に支配しているのは誰なのかを見せつけているかのよう。
オレをこの邸宅に招いた少女・一色カスミは柔和に微笑む。
「ごめんなさいね、これはおじい様の趣味で。成り上がり者なものでこういったコンプレックスがにじみ出てしまう」
……おいおいそのおじい様はビジュタリア国首相で、お前自身の権力の源泉だろ。なかなか遠慮なしじゃねぇか。
目だけで周囲を確認する。
ご丁寧にも人払いをしてくれたので、だだっ広いこの部屋にオレとカスミ嬢の二人きり。オレを始末することなど容易いと思われているか、それともよほどのバカか。
まあいい。あんたのことを信用してもよいのか。
あんたのことを値踏みさせてもらう。
豪華絢爛・床屋政談ごっことしゃれこもうじゃないか。
「……あんた、生粋の強者、上級国民サマじゃねぇか。こんな部屋見た『善良な市民』様はどう思うかな? どんだけ美辞麗句を並べられたって、自分たちを搾取しているのはあんたらじゃねぇか、ってな」
……まあオレはそんなヤツからの命令で逸脱者狩りをしているんだから、まごうことなき国家の狗ってことになるんだろうけどな。
そんなことは意にも介さず、柔和さを崩さぬまま少女は話を進める。
「その手の批判はつきものですね。生まれと環境からくる非難は甘受します。なればこそ持てる者が持たざる者へ手を差し伸べねばならないのです」
「ノブリス・オブリージュってか? 金持ちってヤツはみんなそう。毛の生えた世迷い言ばかり。そんなだから信頼を失くす」
「わたくしにだけしかできない改革を実行する。祖父の力もこの財力もまさにそのために存在するのです。福祉を兼ねた電子通貨ヴォンニィの導入など、祖父の政策と言われているものの大部分は、わたくしの発案なのです」
そう言うと一色カスミは唐突に手袋をはめたと思えば、壁にかかっていた古びた剣を手に取る。見るからに錆がひどく、とても使えそうな代物ではない。
そんな得物でオレとやり合うつもりなのか、と身構えるが……
「……この剣は、ずいぶんと古いものでしてね」
「だろうな」
「はるか西に位置する同盟国・ファラの文物に目がない祖父がたまたま現地の古物商から買い取りましてね。実に800年も前のものだそうです」
「へぇ、それはまたずいぶんと趣深い骨董品だことで」
「この剣には呪いが宿っていましてね。かつて世界征服者がファラの国を蹂躙し略奪と殺戮の限りを尽くしたと言われる絶対的な暴力──タタールの呪い(クロンツワ・タタラ)という力が封印されていました」
呪い……? またずいぶんオカルティックな話になってきたな。
「ですがこの国にもたらされたことで、クロンツワ・タタラの封印が解けてしまい、この国じゅうに降り注いだのです。その結果、異能の力に目覚める者が現れました」
「異能の力!? まさか」
「そう、『クジェニア』──あなたのようにね」
「オレの力が、なんとかタタラによってもたらされたっていうのか!?」
「そうです。そして実のところ全てのビジュタリア男性にその力は備わっているのです」
「すべての……だと!?」
オレのような力をビジュタリアの男どもが持っている、だと!?
冗談も休み休み──
「もっとも、ほとんどの方はその力に目覚めていることにすら気付いていませんし、みずから力を使うことはできません。そして、女性は本来その力を手に入れることはできません」
本来……? はっ、まさかこの女──!?
「お気づきになりましたか」
満足げに笑みを浮かべる一色カスミ。
彼女は言う──
かつて祖国を破滅寸前にまで追い込んだ忌まわしい力を制御する『魔術』をファラの民は編み出したのだと。ビジュタリア男性に宿る魔力『マギア』を吸い上げ我がものとする力を持っているのだと。
「つまり、わたくしはあなたと同じ──魔法使いということです」
「なんだと!?」
まさかそんな……いや、思い当たるところはある。
演説の最中に襲いかかってきた暴漢。
あの男、突如として目を押さえて痛がり無防備になっていた。
まるで太陽を直視してしまったかのように。
あれがこの女の『能力』によるものだとしたら、これまでの話や、オレに対してまったく物怖じしない様子にも合点がいく。
一色カスミは決して無根拠な戯言でこのような話をオレにしているわけではない、ということか。
「『マギア』を宿した人から巨大な感情を向けていただくことで、彼らの潜在的な力を吸い上げ利用することができる。だとすれば、なぜわたくしが民衆の前に立ちアピールするか……もうおわかりですね?」
首相の孫という高い知名度と、高校生という若さ。
それを最大限利用しているということか……!
「理論上、わたくしほどこの国で『マギア』を集められる者は、いません。ただ、わたくしでもその力を取り込めない者がいるとすれば……多根モトキさん、あなたならわかるはずです」
……なるほど、独立して力を使うことのできるオレはお嬢様の思い通りにならない存在だと。だからこそ自分の手札として置いておきたいわけだ。
「多根モトキさん。わたくしのボディーガードになってください」
「わからないな。その話を聞く分にはオレなんぞに頼らずともお嬢様は最強なはずだろ? 雑魚のオレに出る幕なんかないんでは?」
「わたくしは民衆に支持されうる節度と体面を維持しなければなりません。いかにわたくしに力があれどそれを使う場面は限られる。わたくしの代わりに動ける人が欲しいのですよ」
言い換えれば、お嬢様のイメージを損なう汚れ仕事をしろというわけだ。
体のいい使いっぱしりじゃないか。ふざけた依頼もあったもんだな。
「ふん……どうせあんたの中ではもう決定事項なんだろ?」
「ふふっ、それはどうでしょうね」
その笑みは女子高生らしい無邪気さもわずかに混じっていた。
……まったく、末恐ろしい女だよ。将来絶対旦那を尻に敷くタイプだ。
「それがオレに与えられた任務だと言うのなら、完璧にこなしてみせるさ。今までのようにな」
「契約成立ですわね。期待していますわ、多根モトキさん」
オレたちは二人、誓いの握手を交わしたのだった。
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