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絶望反駁少女 希望のビジュタリア I-4

Ⅰ-4 高度1万メートルのラ・ロシュフーコー

「……ああは言ったが。いきなり外国遊説のお供とは人遣いが荒いもんだ」
「お嬢様、お昼です。どうぞ」
「ええ、ありがとう」

 ……オレの独り言に構う様子もなく、食事を持ってきた乗務員に物腰柔らかな笑みを見せる。まったく、誰にでも瞬時に笑顔を見せることができるっていうのもひとつの才能というか、政治屋の資質に恵まれているもんだ。 

 彼女とまったく同じものがオレにも振る舞われたのだが──
 機内食とは思えぬ豪勢さだ。
 どんな航空会社の最高クラスにも引けをとらない広さと快適さを備えながら、ほぼ貸し切りの状態。完全に持て余しているとすら言える。これほどの専用機をお持ちとはさすがの財力、恐れ入る。

 ……にしても、総理の孫・一色カスミと契約を交わしてわずか1日にしてまさか、ジャンボ機の中とはね。
 
「脱出不能の密室とも言えるこの状況で真横に座らせてもらえるとは、どうやら俺は光栄にもわずか1日でよほどの信頼を得たと見える」

 配下を全面的に信頼している、といえば聞こえはいいが。
 昨日の敵は今日の友、またはその逆もありうるのが政治の世界。
 いつ寝首をかかれるかもわからぬこの世界でそれはあまりにも──
 
「わずか1日ではありませんよ、多根モトキさん。わたくしはあなたのことをずっと見ていたのですから」
「うわぁ、お熱いラブコールだこと。はいはい、オレはずっとあんたの飼い犬に相応しいか、ずっと試されていた。わかってますって」

 オレたちの下を覆い尽くす雲、そしてその上には青々とした空。
 地面に囚われている時よりも、はるかに太陽は近く映る。
 ビジュタリアを包むあらゆる絶望が、晴れやかに見通せるまでになるまで、あとどれほどの時間を要するのだろうか。
 一色カスミ。この女は護衛するに足る希望なのだろうか。
 契約はした。だが、あくまでビジネスだからな。信用したわけではない。


「にしても、国内問題が収束していないにもかかわらず外遊ですか。お嬢様はずいぶんと呑気であらせられますな。それとも、内政がうまくいってないから、外交で点数稼ぎですかね?」
 
 後ろでなんやら調整に忙しいらしい少女たちの一人から、敵意剥き出しの視線。
 ご主人たるカスミお嬢様と同世代と思われる側近たち。
 学生服姿のまま控えているその姿は修学旅行かなんかかとツッコミたくもなるが、これがビジュタリアの外交なんだろうか。

 よく言われるクールビジュタリア、略してクールビジュ、ってか。
 その若さで一国の評価を決める会議の場のあれやこれやを取り仕切るとなれば、ご主人にも引けを取らぬほどにそれぞれが優秀なんだろう。彼女たちがかの有名な私設部隊『ディアントス』なのか?

 ともあれオレはそのお嬢様方からずいぶんと警戒されているらしい。
 しかし当のカスミは意にも介さず笑って答える。
 
「ふふ。ずいぶん手厳しい。わたくしはまだまだあなたから信頼を勝ち得ておりませんね」
「当たり前だ。あんた、自覚があるのかわからないが、かなり臭いぞ」
「あら。臭います? おかしいですね、それとも香水はお嫌いですか?」

 少女はわざとらしく自分の腕や腋などの上半身を嗅ぐ仕草をする。

「あんたなあ……わかっててやってるだろ。うさん臭いってことだ」

 成り上がりで首相になった男の孫。おまけに絶世の美少女。
 エスタブリッシュメントな方々のコマとしてはこれ以上ない。
 たとえこいつ自身うまくやっているつもりでも、狡猾な大人に踊らされていることだってあるだろう。

「未成年──それも女性──がなにらかの政治活動に担がれるなんてロクなもんじゃない。そうおっしゃりたいのではないですか?」
「おいおい、オレはそこまで」
「構いませんよ。内政から逃げていると言われていることも、承知しております。ですが、この外遊こそが我々の国──ビジュタリアを救う、たったひとつの道なのです」

 そう言うと一色カスミは突然パァン! と勢いよく自分の手を叩いた。
 あまりに大きな音だったものだから、周囲の全員が面食らってしまった。

「あ、すみません。小バエがいたもので」
 
 虫も潰せないような容貌をしているのに、エゲツねぇわ。
 周囲の注目が集まっている状況で、すっと立ち上がる一色。
 これまでに嗅いだことのない芳しい香りが鼻に抜ける。

「おい、どこへ──」
お花摘みですわ。そこまでの護衛は不要。……それとも覗きたい?」
 
 妖しげで不敵な笑み。心の底から楽しんでやがる。
 こいつ、大人をからかうのも大概にして──

「ふふっ、ふてくされないでください。冗談ですよ」
「あのなぁ……あんた、こないだ襲われたばかりなんだぞ? もう少し警戒心ってもんをだな……」
「心配してくださるのですか? ありがとうございます」
「違う。目の届かないところで死なれたりしたら、今後の商売あがったりだからだ」
 
 そんなオレの心配をよそに、カスミはそっと耳打ちしてくるのだった。
  
「……目を閉じていてください。太陽の光を直視してしまわぬよう
「お前、それはどういう──」
「ふふっ。よい子にできたら、あとでご褒美をあげますからね」

 
 ……行ってしまった。つくづく、よくわからない娘だ。
 目を閉じろと言われてもな……とチラッとほかのヤツの様子をうかがうと、みな一様にサングラスをかけ始めた。異様な雰囲気を一瞬で察した。


 これは……何らかのことが起こる合図──


 するとその直後。目を閉じていてもわかった。おそらくは照明。いくつもの小さな照明を介しながら、一筋の光が稲妻のように駆け巡り、近くへ落ちた。

 
「きゃあああああ!!!!! 目が!!! 目がぁあぁあぁぁあぁ!!!」

 
 目を開け状況を確認。一人の女が両目を覆ってのたうち回っている。
 あの女、さっきオレのことを睨んでいたヤツ……!?
 後方に詰めていた少女たちによって取り押さえられる。オレの足元に転がり込んできたのは、小銃。女が隠し持っていたものと思われる。ビジュタリアに配備されているものではないな、これは。
 にしてもこの状況──確か、オレが最初にお嬢様と遭った、あの時も……?!

「ぐあっ!」
 
 今度は操縦室のほうからも悲鳴があがる。
 オレでさえ気づかぬ間に『小バエ』が忍び込んでいたというのか……!?
 ほどなくして、お嬢様が何事もなかったかのようにこちらに戻ってくる。

 
「……ふぅ。気持ちよかったですわ」
 

 ……こんな至近距離まで敵勢力の侵入を許した女の第一声がそれかよ。
 あんた、いい趣味してるわ。その年齢でこなれすぎだろ。
 
「……早かったな」
「ふふっ、少しデリカシーに欠けたご感想ですわね」
 
 少女は周囲を一瞥し、再び手を叩く。
 まさかまだ敵が──!? 条件反射で目を閉じてしまう。 

 その後、わずかに一瞬。
 小さく柔らか、それでいながら張りのある感触が頬に伝わったのだった。
 目を開けると、少女の顔が近くに。


「……あんた、なんのつもりだ……?」
「言いつけを守ってちゃんと目をつむっていたご褒美ですわ」

 
 ……まったく、年頃の少女の気まぐれってのはよくわからないもんだな。
 しかし、ここまでの一件でわかったのは、オレが考えているよりはるかに多くのヤツがこの娘のことをジャマだと思っているのだろう、ということ。
 街頭演説の時だけが特別な事件だったわけではないということ。

 そして一色カスミの振る舞いの節々に見られる己に対する自信、その源泉を改めて見せつけられた恰好である。
 
 こうして、ご令嬢のお守り任務第一日目は波乱含みの幕開けとなった。


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