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絶望反駁少女 希望のビジュタリア Ⅰ-7

 議場がどよめく。 
 なるほど……
 要するに国外から少子高齢化対策の費用を集めようってことね。
 お嬢様の切り札っていうのは、これのことなのか?
 国内での予算に限界があるなら、外から集めればいいじゃない──ってか。
 理屈としてはあまりにも単純明快だが……そう簡単にうまくいくかな?

 そう思っていたのはおそらくはオレだけではあるまい。
 なんとも複雑な空気の中、一人の男が挙手した。

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マグナ・アウストラシア


 西側のどこかの代表団っぽいが……
 司会進行を差し置き、はい、どうぞと男に意見を促すお嬢様。

「ミス・イッシキ。貴女はたしかに聡明だ。貴女のような若く新鮮な意見は傾聴に値する。ただ、貴女の意見が意味を持つとすれば、それはひとえに、その若さゆえということになるだろうね」
 
 ……なるほど。エラいさんってのは回りくどいな。
 おゆうぎよくできましたね、というのを丁寧に言わねばならない。体裁を取り繕うってのも、難儀なモンだな。要するに、鼻で笑われているのだ。

 まあ、オレでもそう思う。
 えてして優等生の少年少女は、大人のたちの期待通りに毒にも薬にもならない茶番を演じるものだが。お嬢様もご多分に漏れず、単なる政治ごっこがしたいだけの温室育ちだったか。

「たしかに貴女がおっしゃるように、少子化は世界的な傾向だ。軽視してはならないだろう。国際社会が一致して解決していかなければならない、この点には全面的に同意したい」
 
 男は、ここまで前置きした上で、だが──と続ける。

「先に出した例のように、現在少子化が顕著なのは貴国や、ルクソスといった東側地域──スウォーツだ。ルクソスは世界第2位、ビジュタリアは世界第3位の経済大国。少子化が顕著な地域から優先配分するというが、それでは基金を設立したとして、スウォーツに多くの資金が流れるだけの利権組織となりはしないか?」
 
 なるほど手厳しい。
 この基金、および運用組織を設立するために、お嬢様はスウォーツの有力国家・ルクソスを昨日の会談で抱き込んだのだろう。だが、この程度の懸念はオレでも思いつく。
 質問者の男はMAことマグナ・アウストラシア──西側の代表のように見受けられる。
 MAは前世紀には世界の主導的立場にあったが、いまやスウォーツ地域の台頭によって精彩を欠いており、衰退を続けている。もっとも我が国ビジュタリアと組むことで唯一『勝ち組』となったファラのような国もあるが……
 ともあれ、これ以上東側──スウォーツ地域に差をつけられたくない、彼らに優位となるようなプランは受け入れられない、といったところだろう。

「貴女のプランは野心的だ。しかし、それの実現には何よりも平等の理念が必要だ。言葉を選ばずに述べるとするならば、あなた方裕福な地域を支援するために、なぜより貧しい国が懐を傷めなければならないのでしょうか? 明確な回答をいただかない限り、同意することはできない。これはこの場に集結している多くが抱いている感情として受け取っていただきたい」
 
 ……正論だ。
 各国の代表団を眺めても、内心この男の主張に同意するかのような雰囲気をビシビシに感じる。
 ここでは、未成年だからという一点のみで祀り上げてくれるような空気は存在しない。お嬢様にとってかなりアウェーであることが窺える。
 
 しかしお嬢様は臆さず答える。

「ご懸念はごもっともです。ですが、少子化がもっとも加速しているルクソスは圧倒的に世界人口第一位。ルクソスという国家にはさまざま複雑な思いを抱かれていることでしょう。かくいうわたくしもそうです。ですが──少子化が進むことでルクソスが抱えられる人口の限界を迎えることは火を見るより明らかです」

 険しい表情となるカスミ。ここまでの話の中で、もっとも厳しいものだ。
 
「──その結果起こることは何か。ルクソス人の世界流出です」

 再び大きくざわつく会場。
 世界流出──この言葉だけで、懸念される未来の意味を世界の識者たちは正確に読み取るのであった。

「人口が圧倒的に多いルクソス人が国外に出ていったときにどうなるか。それは世界中の国家におけるルクソス人が占める人口が多数派になる未来──言うならば、世界がすべてルクソスとなってしまうという事態です」

 槍玉に上げられているルクソスの指導者・柴世諾
 この席上でお嬢様と同様、年若い女性として異彩を放っている彼女は、この議場の空気、限りなくアウェーに近い状況をどう捉えているのだろうか。ここからではその表情までは読み取ることができない。
 先程の代表団の男が語気を強める。

「それは脅しだ! 貴女は驚異をことさら強調することによりみずからの主張を通そうとする。危険な存在だ!」

 ここで議論の主題となっているルクソス──その指導者・柴世諾がついにその沈黙を破る。

「多くの方々がご承知のように、我が国──ルクソスは人口において世界一。このまま少子化が進めば我が国だけでは抱えきれなくなる──といった、ミス・イッシキのご懸念は、率直に言って認めねばならない」

 三度目のどよめきはこれまででもっとも凄まじいものであった。
 それもそうだ。スウォーツ地域の覇権を握る国家が、国際社会の舞台で、自国のアキレス腱を認めるような表明をしたのだから。極めて異例のことだ。

「我が国は多くの国に在外居留者を出してきた歴史があり、現在に至るまで、他国で築いてきたそのネットワークは、我が国の交易・人的交流にとって、かけがえのない財産となっております」

 ここまで話した上で柴世諾は、しかし、と続ける。
 
「そういった交易の目的を超えた人口の流出は国力を薄弱せしめるものであり、我が国にとっても益にならない。我が国の市民の生命は我が国自身が責任を持って保障する。これは国際社会の成員としての務めと考えます。人民を落下傘のように送り込み他国を乗っ取るような、そのような形での影響力増大を、我々政府は明確に否定するものであります」
 
 他国の乗っ取り行為はしない。
 この発言を国際舞台で引き出したのは大きい。
 むしろこの発言をさせるために、ルクソスを引き合いに出したか?
 ……昨日の会談は成功したようだな、お嬢様。

「我が国としては、ミス・イッシキの述べたような未来は回避したく国際社会と協調したい。ただいまの大胆な提案に我が国は多大な関心を寄せておりぜひ具体的に交渉していきたいと考えています」
 
 超大国ルクソスを完全にこちらの陣営に引き込んでいる。
 ……もっとも、ポーズだけの可能性はあるが。
 
 柴世諾のあとを承けて、再びカスミは質問者のMA代表団に訴えかける。

「改めて申し上げますが、少子高齢化の問題は国際的な課題です。少子高齢化を解決し、自国の労働をなるべく自国の力で賄えるように、各国に後押しする目的も、この基金にはあります。ありとあらゆるすべてのネーションが平等に存立できるためには、世界各国のありとあらゆるルーツの人々が尊重される社会とならねばなりません。今世紀は、かねてからさまざまな地域で見られ、長年放置され続けた、立場的に不利である外国人労働者への不当な搾取。これらの解決もなされなければなりません」

 ここでカスミは逆にMAからの質問者に水を向ける。
 反転攻勢だ。

「MAからはるばるお越しいただいた代表団のみなさま、そのようにお考えにはなりませんか?」

「……あ、ああ。それはもちろんそうだが……」
 
 先程の質問者の歯切れが急に悪くなる。
 ……経済的弱者であるところの移民労働者に大きく依存した西側マグナ・アウストラシアの急所だな。そしてそれら移民が急増した結果、旧来からの市民の人口を上回り、国のあり方が根本から揺らいでいる。これがマグナ・アウストラシアが抱える最大の問題であり、『乗っ取り』というワードに、もっとも敏感に反応せざるを得なかった理由でもある。
 彼らにとって、自分の国が自分の国でなくなる──といった焦りは、まさに現在進行系で抱えている危機感情なのだ。
 まあ、それはうちの国も同じなんだがな……

少子高齢化最大の要因は、こどもを産み育てていくメリットに比して、経済的および心理的な負担──デメリットが上回っているからです」

 お嬢様は少子化の発生する理由についてこう述べる。
 その後持論を展開。

「世界がグローバル化し、あらゆる情報がインターネットという手段を通じてアクセスできるようになった現代では、非常にリアリスティックな世界像が露わになりました。よくも悪くも、世界全体に対する知識の不足がなくなったことで、『幻想』を抱けるだけの余地がなくなってしまった。未来が今後よくなっていく、という『希望』が非常に薄まってしまったのです」

 ……お嬢様の言い分もわかる。
 世界なんてこんなもんか、みたいなちっぽけさっつうか、限界が見えちまった感じはするよな。

「ありとあらゆる人々が、将来に絶望し、悲観的になっているのです。少子高齢化の解決には、ありとあらゆる人々にとって、子孫を残しても経済的に不自由しない、という『希望』を描けなければ、実行力のあるものにはなりません。わたくしは、この世界に覆われている絶望を、希望に変えたい」

 彼女はどのように『希望』を描こうというのだろうか。
 次のカスミの発言によって、会場が再び紛糾する。

「ここで強調しておきたいのは、少子高齢化はいつまでも続くものではない、という事実です」

次の話へ続く

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