見出し画像

【短編小説】今日は繁忙日


中学3年のユウヤとリクは
学校からの帰り道に必ず立ち寄る場所がある。
それは昔からある駄菓子屋「ハマノ」だ。

 きっかけは夏休み、学校の登校日の帰り道だった。
あまりの暑さにユウヤは「ハマノ」に立ち寄り、
ソーダアイスを、店頭にある赤いベンチに座り食べていた。
そこへリクが通りかかり、声をかけられたのだった。
「あれ、ユウヤやん。」
「あーおまえか。」
「なにしてんねん。」
「みてわからんか、アイス食ってんねん。」
「わかっとるわ。俺も買おー。」

 リクはユウヤと同じソーダアイスを買い、ユウヤの隣に座った。
「あっついのー。ほんま毎年思うけど、登校日ってなんなん。」
「元気ですか!を確かめるためのもんやろ。」
「そんなもん、Zoomでやれよってな。」
そんな会話をふたりはだらだらとし、受験生ということで
少し早めに始まった2学期にからも、
下校時は「ハマノ」でしゃべるのが日常になった。


 「昨日から姉ちゃんが帰ってきてんねん。」
「ユウヤの姉ちゃんて、結婚して神戸に住んでる人?」
「そう。」
「どないしたん、夫婦喧嘩か。」
「ちゃうわ、出産の里帰りや。」
「まじで!ユウヤ、おじさんになるん。」
「…まあそうなるな。」
「そうかあ、複雑やなあ。」

 ユウヤには8つ年上の姉がいる。
結婚をして神戸に住んでいるのだが、臨月を迎え、実家である
ユウヤの家に戻ってきているのだった。
姉は実家近くにある、市民病院でお産をする予定になっている。

「もう、姉ちゃんうっざいねん。オカンが二人おるみたいや。」
ユウヤはため息交じりに言った。
「へえ、そんな感じには見えんけどなあ。」
「腹もでかいし、暑い暑いゆうてエアコン18度設定にすんねん。
俺がゲームしてたら電気代がもったいないとか言うくせにさ。」
「さむっ!18度ってお前らペンギン級やな。」
「ほんま、外でたら解凍されてる魚の気分やで。」
「魚っていうたらな、商店街にある”魚兵”閉めるらしいで。」
「”魚兵”ってタクミの家がやってる店やん。」
「そや。店閉めて、兄貴が新たに飲食店やるんやて。」
「へえ。タクミんちの兄ちゃんってそんな歳やってんな。」
「調理師学校出て、どっかで修行してたとか言ってたで。」
「へえ、ええなあ。自分の店かあ。」
「ユウヤもそんな夢あるん?」
「夢っていうか、なんか手に職はつけたいなあ。リクはオトンが小説家やろ、お前もそんなんしたいとか思わんの?」
「俺はずーっと机にかじりつく仕事はあわん。」

 リクの父親は小説家である。
若いころに書いたものが大当たりし、名の知れた小説家であるが、
一切表に顔を出すことはない。
今は作品がドラマ化されたりと活躍はしている。
「俺んちも、そういうなんか、特別な家庭に生まれたかったわ。」
「特別ってなんなん。」
「何か極めてる親がいるってこと。」
「ユウヤの親父さんって会社員やっけ。」
「そう、ふっつーの会社員。」
「安定してるからええんちゃうん。」
「俺は父親みたいな安定より、冒険がしたいんや。」
「冒険か、アマゾンにでも行けや。」
「動物と戯れろと?」
「その前に食われてるな、ユウヤやったら。」
「この美味しそうな腹のせいでか?あほか!」


 「昨日な、オトンて何の仕事してるん、て聞いてん。」
ユウヤとリクは放課後、また「ハマノ」でソーダアイスを食べていた。
「で、ユウヤのオトンはなんて?」
「建設会社の、現場監督やて。」
「ほな、建設中の現場行って、指示したりする人?」
「そうらしい。」
「なんや、かっこええやん!」
「そうか?」
「俺は外で働いてるっていうのに尊敬する。」
「えー?そんなもんかい。」
「だって小説家なんて一日中家におんねんで。たまに編集者の人が来るけど、それもさ、別に家を出ることはないやん。ケツに根っこ生えてんちゃうかって思うわ。」
「リクのオトンは木の生まれ変わりかもな。」
「せめて動物にしてくれよ。」


「あれ、タクミちゃう?」
ユウヤとリクが今日も「ハマノ」の前でソーダアイスを
食べていると、タクミが通りかかった。
「タクミー。」
リクが声を掛ける。
その声にタクミは振り返る。
「なにしてんねん。」
「みてわからんか、アイス食ってんねん。」
「そんなふたりして声あわせて言わんでもわかっとるわ。」
タクミはそう言うと、俺もとばかりにソーダアイスを買い、
ユウヤとリクのもとへ来た。
「おまえんち、兄貴が店はじめるんやて?」
ユウヤが聞く。
「情報はやいなあ。リクが言うたんか?」
「すまん、ユウヤにだけ言ってしもた。」
三人では少し狭いが、店頭のベンチに座り話し出す。
「兄貴が、オトンが元気なうちに次の事業始めたい言うてさ。
兄貴は今までイタリアンの店で修行してたんやけど、そろそろってことでな。まあ、オトンも魚捌けるし、オカンも手伝えるし、親子でやっていくか、ってなってん。」
「ほな、イタリアンの店にするん?」
リクは興味深々だ。
「イタリアンと和食の豪遊ってとこやな。」
「融合な。」
「それそれ!融合や。」
「ええなあ。」
羨ましがるリク。
「まあ、うまくいけばいいけどな。ほな帰るわ、塾あるし。」
タクミはソーダアイスを食べると行ってしまった。


 今日も放課後、ふたりは「ハマノ」の前でソーダアイスを食べている。
「昨日の晩からな、姉ちゃんが産気づいてさ。」
ユウヤの言葉に驚くリク。
「えっ!まじで?」
「うん、まだ、なんか間隔があいてるとかで、今日あたり入院するかも。」
「お前病院行かんでええんか?」
「まだなんも連絡ないからな。せやかて、俺が行ったところで役に立たん。」
「姉ちゃんのダンナさんは?」
「今日、仕事終わりにこっちに来るねん。」
「そうか、いよいよやな!」
そこで、ユウヤのスマホが鳴る。
「あー、オカン?うん、うん、そうか。わかった。俺は?そうなん。了解。」
「え、どうなったん?」
心配するリク。
「姉ちゃんとオカン、今から病院行くって。俺は家で居ったらええらしい。もうすぐ姉ちゃんのダンナも来るらしいから。」
「そうか。ドキドキするな。」
「お前がドキドキしてどうするねん。」
「いや、そりゃうちのことちゃうけどさ、こんな経験ないから。」

その晩、陣痛はあるものの、赤ちゃんはまだ産まれてこなかった。


父やユウヤが姉の病院にいても迷惑なだけなので、
ユウヤは学校、父は仕事へ向かった。
病院には母と姉の夫が居るので、ふたりとも案ずることなく家を出た。

 赤ちゃんって、そんなすぐに産まれてくるもんやないんやなあ…。
そんなことを思いながら、昼休み、ユウヤはリクとタクミとで昼食を取っていた。
ユウヤは弁当ではなく、購買で買ったパンと牛乳だった。
するとユウヤのスマホが鳴った。
父からだった。
「あーオトン、どないしたん。うん、うん、え、そうなん?大丈夫なん?
そうか、わかった。俺も学校終わったら病院行くわ。」
「え、どないしたん?」
心配そうにリクとタクミが見ている。
「陣痛が弱くて、促進剤?ってやつを使っても変わらんから、帝王切開になるらしい。」
「え、手術やろ?それって。」
「うん。帝王切開の方が母子共に安心らしいから。俺、今日はすぐ帰るわな。」
リクとタクミはこくこくとうなずいた。

 ユウヤは学校から真っ直ぐに自宅へ帰った。
制服から私服に着替え、自分も病院へ向かう準備をする。
そこへまたスマホが鳴った。
父からだった。
「オトン?」
そういったユウヤだが相手は父ではなかった。
「私、双葉建設のナガイと申します。」
双葉建設とは父親が働いている会社だ。
「あの、お父様のスマホを借りて連絡しています。奥様にもお電話したのですが、つながらなくて、ご子息様にご連絡をいたしました。」
母は今、姉の病院に居るためつながらないのだ。
それはそうと、なぜ会社の人が父親のスマホで連絡をしてきたのだろうかと
ユウヤは不思議に思った。
「あの、父に何かあったんですか?」
「それがですね…。」

 ナガイさんが言うには、現場の足場が崩れ、父親が2階部分から転落してしまったらしい。
そしてなんという偶然か、父親が搬送された病院は、今まさに姉が帝王切開の手術をしようとしている、市民病院だった。
なんて日だ!!!
 ユウヤはナガイさんに、母親も今、市民病院にいることを伝え、自分もすぐに向かうと伝えた。


 ユウヤは市民病院に入るとすぐに受付で産婦人科の場所を聞いた。
帝王切開中のため、3階の手術センターということを確認し、足早に向かう。
センターの待合室で母と義兄がソファに座っていた。
「オカン!」
ユウヤが息を切りながら言う。
「あ、ユウヤ。早かったね、さっきお姉ちゃん手術室に入ったところやわ。」
「そうか、それも大事なんやけど、オトンが…。」
ユウヤは父の事を母に説明した。
「え!!!ほな、この病院に搬送されてきてるってこと??」
「ナガイさんが言うにはそうらしい。」
母がスマホを観る。
「ほんまや、着信3件も入ってるわ。ちょっと電話してくる。」
母は待合室から廊下へ向かった。
「お義父さんもここにいるってことやんね。大丈夫なんか?」
「わからん、状態までは聞けてない。」
ユウヤは義兄に言うと、ソファに座り込んだ。
そこへ母が戻ってきた。
「今、ナガイさんと話したわ。右足首を骨折したらしくて、今手術中やて。」
「え、ほな、この手術センターのどこかにいるの?」
「そうみたい。ナガイさんが付き添ってくれてて、私、手術室の場所聞いたから行ってくるわ。」
母は足早に行ってしまった。

 なんということか、今この病院では、姉が帝王切開の手術をしており、父は骨折で手術を受けているのだ。
ああああ。
なんて日だ…。


 姉の帝王切開手術は約2時間ほどで終わった。
先に手術室から産まれたばかりの赤ちゃんが、保育器に寝かされた状態で運ばれ、家族で初対面をした。
元気な男の子だった。
その後、処置を終えた姉が、手術室からベットで寝かされている状態で
運ばれてきた。
母子ともに健康とのことで一安心だった。
「痛い。痛いしかない。」
姉はそう言いながら病室へ運ばれていった。
その後ろから義兄もついて病室へ向かった。

 ユウヤと母は次に、父のもとへ向かった。
丁度手術が終わったところで、これまたベットで寝かされている
父が手術室から出てきたところだった。
父はまだ麻酔で眠っていた。
母とユウヤは付き添ってくれたナガイさんにお礼を言い、
今日の所は帰ってもらった。

  次の日、さすがに疲労困憊したユウヤは、昼休みから学校に登校した。
待ち構えていたのは、リクとタクミだ。
「どやった?姉ちゃんも赤ちゃんも無事か?」
リクが心配そうに言う。
「ああ、そっちは大丈夫。」
「そっちは?そっち以外があるんか?」
タクミがはあ?といった顔で言う。
 ユウヤはリクとタクミに昨日の出来事を話した。
「まじか!でもおっちゃんも無事でよかったな。」
とリクが言い、
「せやけど、そんなことってあるんやなあ。あ、これ飲むか?」
タクミが紙パックのオレンジジュースをユウヤに渡す。
「あ、ありがとう。俺もびっくりしたわ。」
そんなこんなで上の空でユウヤは昼からの授業を受けたのだった。

 2日後、ユウヤはリクとタクミを連れて、姉の子を見に行った。
保育器に入れられスヤスヤと眠っている。
「わーちっちゃ!」
「ほんまに赤いねんな、赤ちゃんって。」
リクとユウヤは口々に言い、その後3人で姉の病室へ向かった。
ふたりが来てくれたことに姉も喜んでいた。


 2年後―
タクミの兄の店は軌道に乗り、予約がなかなか取れない店になっていた。
リクの父親は久しぶりに小説がヒットし、映画化の話が出ている。
そして、ユウヤとリクとタクミは同じ高校に進学をし、たまに「ハマノ」
に集まっていた。

 姉の子どもは「虎太郎」と名付けられ、
もう2歳になる。
それはそれはわんぱくに育っていた。
「じいじ、ばあば」
と呼ばれれば、両親の顔がアメーバのように溶けてほころぶ。
「なんで俺はブウなん。」
なぜかユウヤはブウと呼ばれている。

 今日は父の日ということで、姉夫婦が虎太郎を連れて
帰ってきていた。
父に、と義兄から錫でできたビアグラスが渡された。
父はとても喜んでいた。
そして姉が
「もう一つプレゼントがあるねん」
と言う。
「なになに?」
と両親がきょろきょろしていると
「二人目ができましたああああー!」
と、ニコニコした顔で姉が言った。
義兄は少し恥ずかしそうだった。

そして、両親とユウヤの顔が曇る。
「なんでなん!もっと喜んでよ!」
姉がムツッとした顔をする。
それはそうだろう。
本来はおめでたい話である。

「お父さん、頼むからケガせんといてな。」
と母。
「まじで、姉ちゃんの出産のときは現場行かんといてくれ。」
とユウヤ。
そんな話はよそに、虎太郎はボックスティッシュから
次々とティシュを出し、辺りにばらまいていた。

「まあ、みんな元気なのが何よりだよな。」
ユウヤはそうつぶやくと、虎太郎のそばに行き、
巻き散らかされたティッシュを拾い集めた。
すると、
「ブウ!!!」
と虎太郎に怒られてしまった。
「俺ブウちゃうで。ユ・ウ・ヤ、わかるか?」
ふたりの会話に皆が笑う、穏やかな休日だった。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?