見出し画像

Spin Off~冬の訪い③

 鳴海の言葉を、清介は静かに聞いていた。
「……かの者らの名前は?」
「武谷剛介と、久保豊三郎」
 まだ十四と十二。さすがの二本松でも、本来ならば戦場に立つことのない歳の子どもたちだった。
 清介が、微かに眉を顰めた。
「もしかして、書道師範の武谷先生のご次男でしょうか」
 鳴海は、肯いた。
「木村銃太郎の門下生だったから、大壇口の戦いに加わっていたのだろう。面差しがお父上によく似ておられて、一目でご子息だと分かった」
 剛介は、なぜか背中に火傷を負いながらも、母成峠にたどり着き、戦っていた。戦場に立つというのは、そういうことだ。一旦戦場に立てば、大人も子供もない。だが、ぼろぼろになって一足先に猪苗代に辿り着いていた彼らの姿は、やはり十四と十二の少年だった。そんな子供らを守れない自分たちの不甲斐なさを、鳴海は恥じた。
「会津藩の丸山殿が、二人を預かってくれると申し出をなされた」
「会津の丸山殿……。会津の高遠以来の名家ではございませぬか」
「そうなのか?」
 鳴海は、共に戦場を駆け回った主だった友軍の将の名は知っているが、丸山家はよく知らなかった。だが、安部井家は先祖を辿れば、一時会津を任されていた蒲生氏郷に仕え、一族の中にはそのまま会津に残った者もいたらしい。その関係で、丸山家を知っているらしかった。
「二本松で言えば、大谷家のようなお立場の方、といえばおわかりになりますでしょうか」
 清介の言葉に、鳴海は与兵衛と顔を見合わせた。あのときはただ「会津藩の重役」としか認識していなかったが、どうやら与兵衛や鳴海と同じように、会津藩古参の家柄の人物らしかった。それであれば、多少なりとも会津藩において無理の通せるような家格に違いない。他藩の少年の一人や二人くらいならば、匿うのも容易だろう。
「あの時、丸山殿は『知行地が坂下にあるので、そちらへ預ける』と申されていたな」
 与兵衛も、やや興奮気味である。確かに、そう述べていた。
 だが、そこで清介は顔を曇らせた。
「ですが、坂下で生き延びたとしても、会津藩の上士は皆、猪苗代に移されたでしょう。他藩の子がどうなったかまでは……」
 鳴海は思わず清介を睨みつけた。
「どうして、そう気を削ぐようなことを申す」
 自分たちの希望を託して、他藩の人間に二本松の御子を預けたというのに、その言い方はないだろう。
 だが、次に返ってきた言葉は、鳴海の希望を打ち砕くものだった。
「玉ノ井の包帯所から、知らせを受け取った。あそこに、先月の初めに子供が収容され、あっという間に命を落とした、と。所持品から、久保豊三郎殿とわかったそうだ」
 血の気が引いた。豊三郎はその後何らかの事情で玉ノ井の包帯所に運ばれ、そこで命を落としたというのだ。
「なぜ……」
 思いがけない話の展開に、与兵衛の言葉も震えていた。話の流れからすると、豊三郎は会津の城下戦では生き延びたのだろう。それにも関わらず、なぜ二本松の国元で命を落としたのか。
「当て推量にはなりますが……」
 清介が、苦しげに解説を加えた。
「恐らく、猪苗代に監禁されている会津藩の一団に、豊三郎は紛れ込んでいたのではござらぬか。会津も降伏し、豊三郎は猪苗代から皆のいる二本松へ帰ろうとした。猪苗代であれば、二本松にも近いですし」
 返事はしなかったが、鳴海もそれに違いないと思った。だが、運命というのは残酷だ。豊三郎は国に帰りたいという希望は叶えたが、そこで命を落とした。
「一つ尋ねるが」
 与兵衛が顔を上げた。
「玉ノ井から、武谷剛介の名前は届いておらぬのだな?」
 清介は頷いた。
「剛介殿の名前は、ないようです。実は大隣寺で謹慎中の武谷先生もお訪ねしましたが、御次男は依然として行方知れずのままだと」
 あのとき、木村砲術隊が四散した後、隊員らは指揮官の大人を失ってめいめいがそれぞれの道をたどった。清介の弟の荘蔵は米沢に落ち延びたが、その口から会津に向かった一団があるらしいと、清介は妻の美佐を通じて聞いていた。与兵衛や鳴海の言葉からしても、それは間違いないのだろう。だが、会津藩に保護された者が他にいるかどうかもわからないし、何と言っても他国のことである。その行方を探し出すのは、困難に違いなかった。
「すると、豊三郎は一人で国境を越えようとしたということか……」
 与兵衛の言葉に、鳴海ははっとした。確かにその通りだ。母成峠に二人が辿り着いてきた際に、その逃避行について簡単に説明を聞いていた。武谷剛介、後藤釥太、そして久保豊三郎の三人の中で、一番年上だったのは剛介だ。そのためか、一同の音頭を取っていたのが剛介だったらしい。命を共にしてきた剛介が、豊三郎を一人で二本松に帰すのを許すとは、到底思えなかった。それとも敗戦に打ちひしがれて、物の道理の正否の判断すらつかない状態なのだろうか。
「与兵衛様は、剛介が会津で生き延びているかもしれない……と?」
 鳴海の言葉に、与兵衛が頷いた。
「可能性はある。あのとき、自ら会津に身を委ねる決意をした程の御子だ。決して情に流されるだけの子ではない。とこかで再起を図っていてもおかしくはなかろう」
 どちらの思いも痛いほど分かった。二本松への情を捨てきれず、一人で国境を越えようとした豊三郎。そして、大人たちの願いに応えようと、どのような形であっても生き延びようとした剛介。生き延びると一口に言っても、生半可なことではない。今までの全てを捨てて会津で生きていくためには、それなりの覚悟が必要なはずだった。
 どの道を進んだとしても、そこには果てしない苦難が待ち構えている。だが、生き延びる決心をしたからには、きっとあの少年は、安易に死を選ぶことはしない。
「正に、二本松の御子だな」
 鳴海は、微かに笑った。せめて、剛介だけでも生き延びていてほしい。二本松を焦土にしてしまったのは、自分たち大人の責任だが、その焦土の下には、多くの次世代の種子が眠っている。今すぐに芽を出すことはなくても、真の二本松の御子であれば、きっと何らかの形で二本松へ戻ってくるだろう。彼もまた、二本松への望郷への念は捨てがたいだろうから。

冬の訪い④に続く

12

©k.maru027.2023

#小説
#歴史小説
#二本松少年隊
#戊辰戦争
#二本松藩
#武谷剛介
#大谷鳴海
#直違の紋に誓って
#私の作品紹介


この記事が参加している募集

私の作品紹介

これまで数々のサポートをいただきまして、誠にありがとうございます。 いただきましたサポートは、書籍購入及び地元での取材費に充てさせていただいております。 皆様のご厚情に感謝するとともに、さらに精進していく所存でございます。