何者かになりたかった僕の冒険記

 「偉くなるより一人前になりたい」

 私が大学生の時に胸を打たれた、「ガテン」という求人誌のコピーです。

 今、改めて自分が一人前であるかと問われると、YESと言うには恐ろしい部分もあります。しかし、ようやく自分が目指した姿に近付く道を、歩み始められたかなというところです。

長かった自分探しの旅

 現在私は、再生可能エネルギ関連技術の開発と、保守・運用の人材育成の仕事をしています。

 それまでは、

プラント機器の技術営業

溶接機の電機設計

ナノテク開発機器の試験評価

プラント設備の電気計装設計

専門学校教員

と仕事を変えてきました。

 「自分探し」なんていうと、いい歳して何青臭い事を言っているんだと言われるかもしれません。しかし、今まで私にとって仕事とは、生活の糧を得る以上に、自分が何者かを認識するためのものでした。

 そして、今まで仕事をする中で、自分の果たす役割に満足できず、もっと自分を活かせる仕事があるはずだと思っていたのです。

ただの学生であることが嫌だった大学時代

 高校生の時、「谷川俊太郎の33の質問」という本に出会いました。そこでは、詩人の谷川俊太郎さんが、何人かの作家や役者さんなどに、色々な質問を投げ掛けていました。

 その中に、

「自信を持って扱える道具があるか」

という質問がありました。この質問の問いは、谷川俊太郎さん自身が、不器用だった事がコンプレックスであったから事からされていたようです。

 ようは、

「物書きような頭でっかちの人間には、この質問には答えられない」

という想いがあったそうです。

 ところが、当時の私はこの問に関して、

「今後どんな職につくにしろ、この問いに自信を持って答えられる人でありたい」

という別の考えを持っていました。

 よく、

「手に職をつける」

なんて言葉がありますが、私のイメージしていた理想の姿は、それに近かったのかもしれません。

 そんなわけで、大学では機械を専攻しました。

 「自分にはこれが出来る」

と自信を持って言えるようになるには、モノづくりが一番の近道であると考えていました。

 アルバイトでも、建築現場で職人さんの手元作業などを行っていました。

 夜学だったので、昼間に現場で仕事をして、夜そのまま学校に通っていたのですが、正直現場の作業をしているときの方が、半人前ながら充実していると感じていました。

 とにかく、何となく大学に通っている、ふわっとした学生にはなりたくなくて、常に何者かを自分で意識していたかったのです。

目の前の仕事だけでは物足りない

 そんな感じでアルバイトにのめり込んだ結果、大学の勉強はついていくのがやっとでした。何とか進級して取り組んだ卒業研究では、受け入れ人数が多かった、ロボットの研究室でした。

 そこでは、今までまともに勉強したことがない、電気や制御のについての知識が必要でした。とてもついていけるとは思えず、一度は大学をやめてしまおうかとも思った事もありました。

 しかし、その頃同時に、

「果たして目の前の作業をこなす日々を過ごすだけで、自分が何者かになれるだろうか」

 という考えも持ち始めていました。そもそも大学に行こうと思ったのは、世の中の仕組みを少しでも理解できるように学んでおきたかったからです。

 そして、どうせ仕事をするなら、自分だからこそできる仕事をしたいとも思っていました。

やりたいことだけではダメ

 何とか論文を仕上げて大学を卒業し、最初は産業用送風機のメーカに就職しました。本当は設計がしたかったのですが、勉強のためということで、技術営業の仕事をしました。

 そこで学んだのは、1つの製品を作って納めるまでに、いかに多くの人の仕事が関わっているのかということでした。

 例えば、見積一つ行うにしても、技術での仕様確認、積算で見積原価作成。そこに営業経費と利益を乗せて、見積書と仕様書を作ってやっと提出になります。

 注文を受ける時は、仕様を確認した後、経理で検収期日や支払い条件の確認をします。そして実際に製品を作る段階では、製造で材料の調達や組立・試験、現地工事業者と工程調整などを行います。

 無事納入され、試運転が終わったら、お客様に検収確認をし、経理から納品書と請求書を発行してもらいます。送風機一つ納めるだけの仕事でも、この各工程でそれぞれの部署の人が直接関わっているのです。

 その後行っていたプラント設備では、もっと多くの人との関りがありました。そして、それらの仕事一つ一つについて、自分ができるようになる必要はなくとも、調整したり確認できるくらいの理解をしておく必要がありました。

 私はそれまで、職人がこだわりを持って、納得のいくものを仕上げるのが良い仕事というイメージがありました。しかし、本当に一つの仕事を最後までやりきるには、自分のやりたいことや得意な事だけやっていたのではダメで、仕事全体のバランスを見て、必要なリソースを適切に配分する事が必要になります。

 その上で、いかにこだわるべきポイントの比重を高くし、価値を高めていく事が肝要なのだとわかりました。

仕事に必要な事から思わぬ道へ

 技術的な知識に関しても、幅広く学ぶ必要がありました。

 送風機に関して言えば、モータの消費電力も重要になり、これは電気の知識が必要になります。これが、私が卒業研究でいやいや勉強したが全く身にならず、自分がまさかこれを仕事にするとは思ってもいなかった、電気を仕事にするきっかけでした。

 また、電気も計装の分野だと、圧力や流量、pHなどを測定する各種センサの選定で、物理や化学の現象、材料に関する知識などが必要になります。さらに電気機器を物置小屋に収めようとするときは、建築物に該当する可能性もあるので、建築確認申請に関する知識もあったほうがいいものになります。

 そして、設計の仕事も技術的な検討だけではありません。一番大事なのは原価の計算です。

 私は、設計の仕事の7割くらいがお金の計算じゃないかと思うくらい、原価積算を行いました。そのおかげで、今でも細かな数字合わせはあまり苦にならなくなりました。

 現在も、開発の関係で同じようなスキルが必要になる場面があります。そんな時、これまでのいろいろな経験が活かせているので、これはこれで結果的に良かったとも思っています。

 結局のところ、私自身は「何がしたいか」を探しているつもりだったのですが、本当は逆で、仕事で関わっていたことが、したいことに変わっていった感じがします。

私にとって「はたらく」とは

 「働く」という事を改めてきちんと理解するために、辞書で意味を確認してみました。取り合えず、関係しそうなものだけ抜き出してみます。

はたら・く【働く】
①うごく。宇津保物語蔵開下「鯛・鯉は生きて―・くやうにて」。古今著聞集20「其の中にへしこめて、―・かぬやうにおしおほひてけり」。平家物語1「聖を追出ついしゅつせんとしければ…またくいづまじとて―・かず」
②精神が活動する。平家物語4「神慮も動き、太政入道の心も―・きぬらんとぞ見えし」。日葡辞書「ココロノハタライタヒト」「キノハタラカヌヒト」。「勘が―・く」
③精出して仕事をする。方丈記「常に歩き、常に―・くは養性ようじょうなるべし」。「よく―・く人だ」
④他人のために奔走する。傾城禁短気「亭主日比ひごろ懇にする馴染甲斐には、こんな所を―・け」
⑤効果をあらわす。作用する。好色一代女2「その銀かね―・かずして居喰いぐいの人は思ひもよらぬ事」。「引力が―・く」
(以下略)
広辞苑無料検索より

 ①は、確かに実際に作業が進んでいなくても、動いているだけで働いているように見える場合があります。

 ②についても、確かに体だけではなく、精神を使う仕事も多いです。

 では、

①体を動かし
②精神を使う

事が働く事なのでしょうか。なんかしっくりきません。

 ③はどうでしょう。「仕事」が何なのかという問題が生じるわけですが、これも調べてみましょう。

し-ごと【仕事】
①する事。しなくてはならない事。特に、職業・業務を指す。〈日葡辞書〉。「―に出掛ける」「針―」
広辞苑無料検索より

 「しなくてはならない」というのは、ちょっと主体性がない感じがします。もちろん、会社に勤めていれば、それが大半である事も事実ですが、それだけが仕事ではつまらないと思います。

 ④が一つの解だと思います。「はたらく」とは、

「はた(傍)をらく(楽)にすること」

なんてことがよく言われますが、その通りだと思います。

 何故自分に頼まれたのかを考えたら、頼んだ人の手をなるべく煩わせないように、結果を出すのがベストです。

 また、人からどういう事が求められているかを読み取って、自分からその仕事を引き受けるというのも、仕事をする上で大事な事だと、私は思います。

 前職では、一時の気まぐれで教員という仕事をしたのですが、また開発の現場に戻りたいと考えて転職しました。しかし、今度の会社で、また人材育成のための研修という形で、同じような仕事をすることになりました。

 おそらく以前までの自分であったら、「自分の目指す役割」という観点で仕事を選んでいたため、お断りしていたと思います。しかし、今回は観念して、「自分が求められている役割を優先的に果たそう」と考え、わずかながらの教員の経験も活かせるので引き受けることにしました。

 ⑤はまさに、今回私が再生可能エネルギの仕事を選んだ理由にもなります。エネルギが化石燃料から再生可能エネルギへシフトしていく中で、自分がそれに影響を与える仕事がしたいという想いがありました。

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 そういうわけで、今年、私はようやく自分が何者で、何を成し遂げたいかをはっきり言えるようになりました。

「再生可能エネルギの技術者として、エネルギシフトを加速させる」

これが私の答えです。

 実際の仕事はまだ始めたばかりですし、現在の会社に居続けるかどうかは分かりませんが、自分の仕事への考え方と、今後果たすべき事がはっきりしたので、もう迷わず進むことが出来ると思います。

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