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【6】日本語と英語のあいだ

 さて、「研究」をしていくと、いつかは必要になるのが「英語」だ。

 まず、自分の分野の「人類の英知の殻」までたどり着くには、「論文」を読まなくてはならない。

 そして、その殻をちょっとだけ押し出すためには、自分の「研究」を、世界中の人が読めるように「論文」にする。
 そのためには多くの人に通用する公用語で読んだり書いたりすることになる。

 非ネイティブの使う英語を「イングリッシュ」ならぬ「グロービッシュ」なんて呼ぶこともあったようだが、世界の公用語といえば、要は「英語」だ。

 正直言って、「英語」には苦手意識があった。
 特に高校以降は授業の内容が頭に入らず、苦手科目だった。
 思うに、単純暗記が苦手だったからなのではないか、と、今にして思っている。
 共通一次世代の定番の一つ、「でる単」(『試験にでる英単語』)を通学のバスの中で頭から暗記することにチャレンジしていたのだが、これがいっこうに覚えられない(笑)。(新書版のコンパクトな参考書だった。ぼろぼろになるまで使ったのだが…(笑))

 しかも、なけなしの覚えた単語も、高校での授業にも試験にもまったく出てこなかった(笑)。
 悪循環というか、勉強法を間違えるとろくなことにならない、ということか。
 そんな英語力で、よくもまあ大学の二次試験や大学院入試を突破できたものだが、そこはかなり、綱渡りだったようで、大学院入試の英語は50点で合格のところ、52点だったと、合格後に研究室の助教授(今でいう准教授)の先生に知らされた(笑)。

 そんな訳で、就職してからも、苦手を克服したい、という想いから、ついつい、英語の参考書を買ってしまっていた時期があった。
 英語論文を書く初心者向けの本は学会の展示会場等でもよく売られているが、その出版状況をみると、みんな同じ悩みはかかえているのだろうな(笑)、と思う。

 そんな中でも、これは出版当時、1990年代末あたりに学会の会場で買ったものだ。
 先日、職場のロッカーの奥から発掘されたので、改めて読んだ。

 本書は、この手の入門書によくある、実例を細かく事例ごとに分類して例文と解説を列挙するような参考書スタイルの本ではなく、「コンテクスト」をキーワードとする比較文化論エッセイとして平易かつ面白く読ませつつ、必要な解説も施す、というスタイルで、古い本ではあるが、今でもしっかり役に立つ内容だと思う。

 例えば、なぜ、「冠詞」「単数」「複数」を日本人がなかなか身につけられないか、については今までで一番わかりやすい解説だったと思う。

 むしろ全くの初心者よりは、ある程度英作文のスキルをもってから、経験的にやっている使い方についての確認をするのに適しているかもれない、と、読み返してみて感じた。

 「コンテクスト」とは「文脈」とか「前後関係」と訳されるが、要は「ある文化や状況の中でだけ通用する了解事項」だと本書では説明されている。

 日本人は「阿吽の呼吸」とか「場の空気を読む」文化、つまりこの「了解事項」が広く共有されているので、何かを説明するとき、少ない言葉で通じる。
 老夫婦の間で、「おい、アレとってくれ」「はいはい、アレですね」で通じてしまうような状況が、「日本人の間」で共有されている、とでもいうべきか。

 こういう特徴を持つ日本語は「高コンテクスト言語」ということになるらしい。

 一方で、「低コンテクスト言語」の英語は、共通了解事項でカバーできない部分をくまなく言葉で表現しないと通じない。

 「単数」「複数」の使い分け、「冠詞」の使い分けなど、日本人が理解しにくい英語のあれとかこれとか、なぜそうなのか、については、これまで読んだ本の中で、いちばんわかりやすい説明だった。

 因みに、この「低コンテクスト」を実感した体験が一つあった。

 海外に行った際、現地の方と話をしていて、「ここの風景は~に似ている」と言おうとして「similar to(地名)」と言ってみたのだが、どうにも通じない。

 見かねた現地法人の方が「similar scenery to(地名)」と助け舟を出してくれて、やっと通じた!

 日本人なら「風景を前にして話しているんだから、何が似ているかは言うまでもない」と思ってしまうところだが、英語では「似ているものは何か」をちゃんと入れ込まないと通じなかったのだ。

 英語の関係代名詞とか、よくある「that of~」とか「the one of~」という用法とかがなぜ必要なのかが、ちょっとわかった気がした。

 とはいったものの、だいぶ直されなくはなったが、今も「これでいいかな」と悩みつつ論文を書く日々ではある。

 ということで、英作文の面では『ジャンさんの~』が自分には合っていたのだが、英会話面では、やはり学会会場で売っていたこちらが役に立った。

 実際のシチュエーション、時系列に沿った会話の内容、構成もわかりやすいのだが、同じ化学用語でも、カタカナ英語の読みと、英単語の発音が別物であることを具体例で示してくれている(CD-ROMも付いているのでかゆいところに手がとどく)。

 英会話初心者の体験談で、よく「専門分野の話なら通じる」みたいな話があると思うが、専門分野の話でも、テクニカルタームが通じなかったら通じるはずがないので、なかなか実践的な内容であった。

 因みに、この本は学会会場でも異例なほど売れていてびっくりしたのだが、好評だったのか、続編も出ていた。

 この時の著者の先生が、今ではワインの香りの解説書を書かれていたりするのだから、世の中、何がどうつながるかわからないものである。


<付記>
 なお、こちらの先生は2024/03/24-27の会期で開催された日本農芸化学会2024年度大会の実行委員長もご担当された。

 会場は東京都内(東京農業大学)だったので、立地的には「逍遙」にはあたらないものの(笑)、ワインと食のマリアージュを体験できるSocial gatheringなど、企画満載で学会100周年にふさわしい大会だった。

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