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【心に残った映画】すばらしき世界(2021年 西川美和 監督)

なんというか、すごいものを観た。映画を観たという感覚ではない。ひとりの男の人生そのものを、そばにいて見届けた。そんなリアルで実体のある重さを備えた作品だった。

ストーリーが派手に展開するわけではない。どちらかといえば、見終わった直後にはしみじみとした気持ちにさせられる話だ。だけど、数日経った今あの映画のことを思い返すと、頭に浮かぶのは登場人物たちのエネルギーにあふれた「激情」ともいえる熱いことばだ。それらは熾火のようにぼくの胸で静かに、しかしいつまでも赤く高温を保ち続けている。

なんといっても役所広司がすごい。演技というよりも、三上正夫という実在の人物がいて、その「本人」を観ているような感覚だった。

そして同様に強烈な印象を残したのは、長澤まさみとキムラ緑子の二人。どちらも登場シーンは多くないが、彼女たちが発するセリフによって、この作品を貫くメッセージみたいなものが鋭く胸に刺さった気がする。

ふだんぼくたちが生きている世界は、自由でありながらどこか息苦しい。できるだけ波風を立てないように。ときには人の不幸に見て見ぬふりをすることもある。それで自分だけでも幸せでいられるならまだよいけれど、結局後ろめたさをかかえて辛い思いをすることだってある。なんともややこしく面倒くさい。

でも人生ってそういうもの。諦めとか妥協とか、聞こえは悪いが、それがあるから次の希望だって生まれるのだと思う。

そして希望がある限り、ひとは前を向けるし、ひとに優しくできる。その優しさは次の誰かの希望になるし、そのことが自分の幸せにもつながる。そんな小さな、でもまぎれもなくすばらしい世界が自分の周りにも存在していることを、この作品は思い出させてくれた。



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