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短編小説「マスク」




 年末に行う町内会主催の清掃活動で、どの地区がどこを担当するか話し合うため、平日の夕方から公民館で集会が行われた。集会は目新しい提案などもなく、例年通りの担当区画で問題ないという予定調和な展開で終わりを迎えた。そして、皆が帰り支度をする中私はバックから商品を取り出し、机の上に陳列した。




 「どうですか、このマスク見てください。どの柄もとても奇麗じゃないですか?市松模様に鱗模様、それにこれは大人気ですよ。麻の葉模様なんてのもあります。今度の冬の清掃活動にこれを着けていけばきっと他の方の目を引きますよ」私は少しでも皆の帰る流れを止めたく、早朝のテレビショッピングのような口調で語りかけた。




 「どうしたのこれ、わざわざ作ったの?」「これ確か昔流行ってた柄じゃないの?」「今度町内会のフリーマーケットの時に出品したらどうですか?」「可愛いい柄だね、子どもが欲しがりそうじゃない」




 結論から話すと、足を止めて商品を手に取ったり好意的なことを話してくれる人は多かったが、マスクは一枚も売れなかった。それどころか町内会長からは、「このような場で商いをしてはいけません。皆さん優しいから何も言いませんが今度からはやめてくださいね」と釘を刺されてしまった。



 自宅への帰り道、来た時と中身の全く変わらないバックではあったが、町内会長の言葉や優しく接してくれた皆の言葉も隙間なく入っている気がした。そのせいなのか少しだけバックは重く感じた。



 自宅の玄関を開け、ただいまという言葉を添えながら靴を脱いでいると奥の部屋から祖父の声が聞こえてきた。「どうだ少しは売れたか?」少しはという言葉と似つかわしくない喜びの感情が読み取れる声色が辛かった。私は廊下を歩き祖父のいる部屋に入り正直に話すことにした。



 「ごめん、じいちゃん全く売れなかった。やっぱりあんな倉庫にずっと保管していたマスクなんて今は売れないんだよ。俺も教科書でしか知らないけど、何十年も前みたいに皆が必ずマスクをしないといけない世の中でもないしさ」祖父は私の話しを聞き終わると、深いため息をつき残念そうに語りだした。




 「あの時はもっと病気が蔓延すると思って、売るためにオシャレなマスクを大量発注したんだよ。でもまさか4年足らずで完璧な特効薬ができて、沈静化するとはな。読めなかった」悔しそうに話す祖父の後ろの棚には、マスクで一儲けしようとした若い祖父の写真が飾ってある。山の様に積み上げた段ボールの前でピース姿をしている祖父。部屋の棚の上や壁には多くの写真が飾ってあるが、祖父がマスクをして写っている写真はたったそれ一枚だけである。


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