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農耕民はサブスクリプションの夢を見たか

少し前に話題になっていたサピエンス全史を読みました。人類が農作物の栽培を始めるようになってから1万年ほど経つのだそうですが、それより前のずっと長い期間(ざっと250万年!)は、マンモスの狩りをしたりイチジクの実を採ったりして暮らしてきました。だから我々の脳や心は今でも農耕よりもむしろ狩猟採集の生活に向いているのだそうです。よく日本人は農耕民族だからなどといいますが、元を正せばすべての人類が狩猟採集民族です。だからわたしたちはマグロ漁師に果てしない憧れを抱いたり、夜中にどうしても我慢できなくなって冷蔵庫から採集した生卵をごはんにぶっかけたりします。

文明の構造と人類の幸福 サピエンス全史

わたしたちは農耕のおかげで食料が不足することもなくすこぶる快適に暮らせることができるようになったと思いがちですが、実は狩猟採集民のほうが心身ともに充実した生活を送れていた可能性が高いのだそうです。狩りはは3日に1回行えばよく、植物の採集にかかるのは数時間ほど。得られる栄養も、農耕では小麦やジャガイモなどひとつの作物に限られていたのに対して、狩猟採集ではさまざまな動物の肉や野菜から栄養を得ることができました。めっちゃホワイトです。ウサギがとれなければヒツジを食べればいいじゃないと狩猟採集民の誰かがいったかどうかは知りませんが、農耕だとこうはいきません。台風で米がとれないければ即刻飢え死にしてしまいます。毎日かかりっきりで作業しても、得られる実りは狩猟採集よりもずっと少ないのです。自分の田んぼや畑が頼りなので、常に畑が荒らされないか目を配る必要もあります。おちおち旅行にもいけません。

農耕を行うようになってから、人はいつでも繁殖を行うことができるようになりました。乳飲み子を連れてマンモスの狩りにはいけません。だからそれまで繁殖できる時期は限られていました。だけどいつでも子どもがつくれるようになって、人口が増えた。そうすると今度は増えた人たちの食料を確保しないといけませんから、それまでよりももっと農耕に励まないといけなくなりました。どんなに一生懸命働いてもその分人口が増えて、よりいっそう負担が増すことになります。その頃にようやく、自分たちは狩猟採集の生活に戻ることはできなくなってしまったのだと気づくのでした。それはユニクロを着て吉野家に行ければ幸せだった大学生が、社会人になってお金を稼げば稼ぐほど税金やら税金やら家のローンやらでがんじがらめになってしまうのと似ています。

農耕民の空間が縮小する一方で、彼らの時間は拡大した。狩猟採集民はたいて、翌週や翌月のことを考えるのに時間をかけたりしなかった。だが農耕民は、想像の中で何年も何十年も先まで、楽々と思いを馳せた。

狩猟採集という楽園を追放された農耕民はさらに、未来を心配するという現代まで続く呪いをかけられました。彼らは基本的に同じ土地で同じ作物を栽培して暮らさなければなりません。ことし作物がとれなかったらどうしよう。来年の蓄えはどれくらいあればいいだろう。収穫を毎年増やすにはどうしたらいいのか。そんなふうに未来のことを心配しないといけなくなったのです。

これは損益分岐点にはいつ到達するのか、課金ユーザーを毎年30%ずつ増やすにはどうしたらいいのか、現金はあとどれくらいあるのかと日々苦悩している現代の起業家の姿と重なります。従来の売り切り型のビジネスを狩猟採集だとすると、農耕とは現代のサブスクリプションといえるのではないかと思います。今ちょうど様々なビジネスが売り切り型からサブスクリプションへと移行しようとしています。先日はトヨタが自家用車の定額利用サービスを始めると発表しました。サブスクリプション型のビジネスは安定して収益が出せるまでに途方も無い時間と労力がかかります。それまで10万で売っていた商品をサブスクリプションなら月3千円で売る必要があるでしょう。3年課金してもらってようやく回収できる計算です。その間も常に不具合を直したりサービスを改善したり、スパムや不正アクセスからサービスを守るために24時間エンジニアが目を光らせておかないといけません。それでもサブスクリプションという果実を手に取ったわたしたちは、これまでの楽園に戻ることはできません。

狩猟採集から農耕へと移行したおかげで、長い目で見ると人類は大きな発展を実現することができました。それは毎夜ウェイウェイとマンモス肉でパーティ三昧の狩猟採集民を横目に見ながら、農耕民たちが少しでも未来が今よりも良くなるようにと改善を積み重ねてきたからに違いありません。同じようにサブスクリプションも今わたしたちのライフスタイルや消費のしかたを大きく変えようとしています。未来を思い描くということはかつて農耕民だけに許された特権でした。サブスクリプションのビジネスに関わる人たちは、彼らから学べることがあるのではないかと思います。