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ホモ・ネーモ誕生前夜【雑記】

家を持って、車を持って、家族を旅行に連れて行って、(子どもの目から見て)湯水の如く金を使うおっさんに恐れ慄いていた子どもはきっと僕だけではなかったと思う。子どもの頃の僕は百円を稼ぐ方法すら見当もつかなかった。それなのにおっさんたちは涼しい顔をして月数十万円を稼ぐ。きっと大人たちは魔法のように高度な知的生産を行い、社会に対する際限ない貢献を行っているのだと思っていた。そうでなければ彼らにそれだけの大金が支払われるわけがないのだから。

バイトし始めて月に十万円をもらい始めたとき、あるいは社会人になって月に二十万円をもらうようになったとき、逆の意味で恐れ慄いた。僕はこの給料にふさわしい働きをしているのだという確信を持てなかったからだ。月に二千円も払えば蛇口から水が泉のように湧き出て、一万円も払えばネットも電気もガスも魔法みたいに使えた。こうした無限に思えるほどのエネルギーを使う権利が自分にあるのか? 僕の貢献は、無限のエネルギーを享受してもなお余りあるほどのものなのか? ラーメン食ったり、ONE PIECEの単行本を買い揃えたり、ライブTシャツを着たり、旅行に行ったりしていたが、本当にそれだけの価値がある仕事を自分はしているのか? そんな不安をずっと抱えていた。

相変わらず周りのおっさんたちは自慢げに自家用車を乗り回している。もしかして、足手まといである僕の働きは、彼らがカバーしていて、なおかつそれでも十分にお釣りが来るほどおっさんたちは社会に貢献していて、だからこそ自信満々に自家用車を乗り回しているのではないか? そんなふうに思っていた。ビジネス書を紐解けば、「プログラミング的思考や創造力がない人は生き残れない」とかなんとか書いてあった。そこに書かれていたことは、自分は到底持ち合わせているとは思えない能力だった。一方で数十万円を自信満々に稼いでいるおっさんたちは高度に抽象的な能力を発揮しているのだと思った。実際おっさんたちも「これからの時代を生き残るには~」と豪語していて、自分がこれからの時代を生き残るための能力を持っていると確信しているようだった。おっさんたちの実力に底知れぬ恐怖を抱いた

しばらくして、こうした考えがぜんぶ幻想であることに気づいた。自慢げに自家用車を乗り回す大人たちは、どうやら重要なことはほとんどなにもしていなかった。おっさんは権力のおこぼれに預かって、金を受け取りながら、あたかも自分が高度な知的生産により社会に貢献しているかのような顔をしていただけだった。むしろ、その顔を維持することだけが、おっさんたちの仕事の大半であるようだった。

この気づきがもたらしたのは、混乱であった。金とは、社会に貢献した分だけ支給される完全無欠なバロメーターのようなものとして僕はイメージしていたからだ。そうでないのなら、いったいなんなのか? そうでないのなら、金の存在を正当化することができるのだろうか?

それに、なにもせず大金を稼いでいるおっさんの分は、誰がどこで貢献をして帳尻を合わせているのか?

結局のところ、グローバルサウスの貧民が、買い叩かれるエッセンシャルワーカーが、僕たちに地上の楽園を提供していることに気づいた。僕やおっさんはそれにただ乗りしているだけのフリーライダーにすぎない。いや、ある意味では万人がフリーライダーだ。僕たちの生活は名もなきイノベーターたちの亡骸の上に成り立っている。コーヒーメーカーを発明した人も、階段を発明した人も、石の切り出し方を思いついた人も、サンダルのベリベリを思いついた人も、米の脱穀を思いついた人も、僕たちは知らない。僕が今立っている道路を作ってくれた人も、そこで最初に雑草を抜いた人も、水道管や送電網をつくった人も、なにも知らない。ひたすらにこの社会は富を蓄積し続けてきたのだ。

そしてまたいろんな疑問が浮かんでは、消えることなく頭の中を飛び回った。頭がパンクしそうだった。なぜ、なにもしていないおっさんが家や車を買い、家族を養うだけの大金を手にすることができるのに、馬車馬のように働く人たちが時給数百円で買い叩かれているのか? その状況は必然的なものなのか? 必然だったとして正当化できるのか? この世界はなんなのか? 僕はなぜこんな世界に生きているのか? この世界は百年後も持続しているのか? なぜ誰も変えようとしないのか?

僕はそんな疑問を次から次へと吐き出した。そして場当たり的な回答で包み込んでインターネットに埋葬する作業を始めた。そうしなければ僕は正気を保てそうになかったからだ。しかし、丁寧に理屈で包み込んでインターネットに放り投げ、素知らぬ顔で生活を続けようとしても無駄だった。廃棄物からは得体のしれない放射線が漏れ出ていて、いつも僕はそこに連れ戻される。次から次へと廃棄物は打ち捨てられ、地層のように折り重なっていく。

そしていつの日か、廃棄物の集合体は小さな怪物を生み出すことになる。僕にそっくりの怪物を。

ホモ・ネーモが生まれるまで、あと二年・・・・

1回でもサポートしてくれれば「ホモ・ネーモはワシが育てた」って言っていいよ!