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売り子さんになってくれた担当編集者さんに助けられた話

ご報告です。
このたび、技術書のオンリーイベント「技術書典 14」への初参加をなんとか果たしました。わーっ、パチパチパチパチ。

「技術書典って何? なぜ参加したの?」という方はこちらの記事をお読みください。参加するまでの経緯が書いてあります。

「どんな同人誌を出したの?」って興味がある方はこちらをお読みください。本紹介や目次や試し読みがあります。

「参加します」から「頒布します」の間には「執筆しています」があってもいいはずですがスパンと抜けていますね。入稿に向かってひたすら文字を打ちまくっていたのでnoteを書く余裕がなかったのです。余裕ができたら技術同人誌ができあがるまで、いかにいろんな人に助けられたかの詳細を書きたいと思います。

今日書くのは売り子さんをやってくれた担当編集者さんについてです。どの本の担当さんかは伏せておきますが、初めて会った時からなんとなく「同人誌が好き」ということを聞いていました。一度、「同人誌を作って同人誌即売会に出てみたいな」と軽く言ったとき、いつもは年長者の私に気を遣って遠慮がちなその担当編集者さんが「朱野さん……あんなところで承認欲求を使い果たしてはいけませんよ!」と低い声を出したことがあり、「同人イベントも経験しているんだな…」と分かったのですが、(※編集者さんにも作家にも同人誌好きの人はわりといて珍しいことではないんですけど)それほど同人誌に興味がなかったので深くは突っ込まずにいました。

ですが、まさか私が同人誌即売会にサークル参加する日が来ようとは。「売り子さんはいたほうがいい」とアドバイスされていたのですが、入稿のめどがつくまではそれどころではなく、イベントまであと二週間なのに売り子さんが見つからないと焦り出したところで、「そういや、担当編集者さんが同人イベントを経験していたはず」と思いついたのです。「もしかして売り子さんをやってくれるんじゃないか? でもさすがに二週間前だから無理かなあ」と仕事で使っているSlackで連絡をしてみると、「大丈夫ですよ」とすんなりオーケーしてくれました。あ、ありがたい……!
しかし、続けてこんなメッセージが来ました。

「久しぶりの売り子、腕が鳴りますね。事前に打ち合わせしたいので来週とかzoomできますか?」

売り子の経験もあったのか……!
しかし打ち合わせなんて必要なのでしょうか。
とはいえ、当日の準備が何もできていないのもたしか。「入稿がまだなので15日くらいまでバタバタしていますが"あの布"もこれから買ったりするので、もし可能でしたらユザワヤで打ち合わせできますと…!」と返しました。ちなみに"あの布"とは、同人誌即売会でテーブルに引かれている"あの布"のことです。それ専用の通販サイトがあったりもしますが、すでに発注可能な日程を過ぎていたので、ユザワヤで適当に布買えばいいや!と思っていたのです。

そして、担当編集者さんは「技術書典」には参加したことはありません。事前に何が必要か、私の方でも調べておきました。

「技術書典」はエンジニアのお祭り。なので専用アプリがあり、当日の決済はオンライン上で発行されます。担当編集者さんには事前に「技術書典」のアカウントを作ってもらい、アプリもダウンロードしてもらって、サークル通行証を発行して振り分けました。そしてポスターも作りました。A2とA3と両方作りました。そのことを告げると、担当編集者さんからメッセージが届きました。

「机の上のレイアウトを予めノートかなんかで書いておくと当日慌てずに済みます」

「私の私物を使えそうだったら使ってください。ポスター立てとか大体あります。壁サーまではやったことがあるので。」

「オーバースペックな売り子さんに頼んでしまったのでは」となんとなく思いはじめました。「机の上のレイアウト」か……。うーん、売る本が一冊しかないし、当日適当に並べればいいのでは……?
そんなゆるい認識のまま、私は吉祥寺のユザワヤに向かいました。入り口で待っていた担当編集者さんは「ポスタースタンドをこれから買う?」とやや鋭い目をしましたが、「Amazonで注文すれば間に合います」とリンクを送ってくれたのでその場でポチりました。

実際に布を見ているとテンションが上がります。こんな柄の布もかわいい、この色の布もかわいいと思いつつ、「どれにしましょうかねえ…本がピンクだから映える色がいいのかなあ…」などと話しながらふらふら歩いていたところ、担当編集者さんの足が止まりました。そして言ったのです。

「どうやら朱野さんには当日の設営のコンセプトができていいないようですね? 布を買う前に喫茶店に移動して打ち合わせをしましょう」

そういえば「机の上のレイアウトを予めノートかなんかで書いておくと当日慌てずに済みます」って言われていた……。しかし担当編集者さんという職種の人たちは作家がどれだけ怠け者でも怒ったりはしないのです。
一旦ユザワヤを出て、同じキラリナのビルに入っている椿屋珈琲店に入りました。担当編集者さんは「朝ごはんがまだだったので」とシフォンケーキを頼むとバッグから小さいタブレットとタブレットペンシルを取り出し(←7年くらい担当してもらってるのですが、そんなものをバッグから出したの初めて見ました)レイアウトのイメージ図を書き出したのです。

「ブックスタンドを右側に置き、見本誌はそこに置きましょう。朱野さんはそちら側に座り、アプリ決済の対応をしてください。私は左側に座って現金決済の対応をします。A3のポスターはそっち側に吊るしましょう。お品書きは中央に置きましょう。値札は白いカードを買っておいてそこに手書きすれば大丈夫です…! 前日までにリハーサルをしておくことをお勧めします」

なるほど……たしかにコンセプトボードを描いてみると、必要なものに気づくものですね。再び布売り場に戻り、布を選びます。技術書典の場合、テーブルを丸ごとひとつもらえるので、普通の同人誌即売会の二倍の幅の布が入ります。同じ幅の布を二枚買って重ねることにしました。「オーソドックスに白い布もいいですね」と私がいうと、担当編集者さんが低い声で言いました。

「白い布は飲み物をこぼしたときなどに大変ですよ」

 飲み物をこぼすなんてことあります? と尋ねたところ、

「そういう教訓を伝えるために…今日私はここに呼ばれたのではないですか…?」

という回答がありました。こぼすことがあるんですね。レジに並んでいると担当編集者さん(このあたりからもう編集者さんではなくプロの売り子さんに見えてきた)がレジ脇の棚に目を走らせ、布に貼ることができる両面テープをカゴにほうりこみました。これで布同士を繋ぎ合わせたり、机の前に吊るすポスターを貼るのだそうです。なるほど…!

次に向かったのは吉祥寺丸井のセリアです。アプリ決済のQRコードを印刷したカードを立てるカードスタント、養生テーブ、サインペン、白いカード、布の下にひく滑り止めなどなど、必要なものを買っていきました。

「足りないものがあるかもしれないので、前日までにリハーサルをしておいてくださいね」

何度もそう言って、売り子さんは帰っていきました。「どんなものを売るか知っておいたもらった方がいいだろう」と本のPDFをSlackから送っておきました。

そしてイベント前日、私は最大の山場を迎えていました。
学童の父母会です。

実はわたし、昨年度はPTAの学級代表と学童の父母会会長、今年度は旗振りの世話役を引き受けていまして、3月と4月は全ての引き継ぎが重なってしまい、「LINEグループが多すぎて…いまきたメッセージがどの仕事の連絡なのかわからない…アカウント名が匿名なので誰の保護者なのかすらわからない…誰だっけこの人…?」という状態でした。

さらに「技術書典」の前日には、百名近くが集まる学童の父母会を主催するという大仕事があったのです。しかもその最中「長期休みにお弁当を業者に発注できるシステムを父母たちで作れないか」という相談も舞いこんで、いやそれはとても素晴らしいことだけど、キャパを超えてしまって「ああーーー!!」ってなっていました。無事に終わった後は、燃え尽きた灰……。正直もう「明日イベントに出るとか無理…」となっていて、スーツケースに釣り銭用に用意したハトサブレの缶を詰める手も緩慢になっていました。

そして、イベント当日、めちゃくちゃ早く起きた私は、スーツケースを引いて池袋に向かいました。駅前のタカセで朝食を食べて、会場に入るとすでにあちこちで設営が始まっていました。

本がちゃんとできていた…! 参加者限定のノベルティも置いてある…!

まずはブックスタンドを組み立てなければ。初めて組み立てるということもありマゴマゴしているところに売り子さんが到着。

「PDF送っていただきありがとうございました! 感想送ったのですがとても面白かったです!」

そう言われてSlackを見るとたしかに届いている! ここにくる電車の中で打ってくれたようです。しかし売り子さんが到着したということは会場が間近だということです。感想を読む暇もなく、ブックスタンドを完成させなければなりません。売り子さんは両面テープを使って2枚の布を貼り合わせ、テーブルの前にもポスターを貼っていきます。速い……設営が速い……と思っていると、ポスター立て組み立てをしていた売り子さんが言いました。

「これドライバーが必要なのでは?」

ええっ、と思って見ると、スタンドの底がネジで止まっており、それを外さないと組み立てができないようです。「Amazonでは工具不要って書いてあったのに」とつぶやく私の後ろから低い声が聞こえました。

「私は言いましたよ、リハーサルをしろと……」

言いました。言ってました。でも面倒くさいからやらなかったんです。……すみません! しかしそこはやはり経験豊かな売り子さん。そして担当編集者という職種の人たちは作家が怠け者でも怒らないのです。運営ブースにささっと言って、カッターを借りて、カッターのお尻のところでなんとかしてきてくれました。これで無事に設営完了! いやはやこれ一人でやってたら間に合わなかったですね。

ポスターの情報量とか、いろいろ反省はあるのですが、それはまた別の話…

事務局の人たちから「ただ今より技術書典14を開催します!」という声がかかり、会場にいる大勢のエンジニアの人たちから拍手が巻き起こりました。売り子さんが会場を見渡し、安心したように言いました。

「初めて参加するイベントとしては良い規模のイベントですね。そしてこの同人誌即売会にはとても良い空気が流れている」

そうでしょう、そうでしょう。なにしろ「好きな技術へのあふれ出る気持ちを本にしたためて販売できるイベント」ですからね。……と「技術書典13」に一般参加したことがあるだけなのに私は得意げに思っていました。

そして十一時の時間帯を予約している一般参加のお客さんがドッと入ってきました。身構える売り子さん。しかし、お客さんたちはゆるやかな足取りで会場のあちこちに散っていきます。半年前は私もあの中にいたなあと思っていると、売り子さんが驚いたように言いました。

「え……行列ができない……!?」

そうなのです。技術書典は昔はそれこそ床が見えないほどの混雑だったようですが、コロナ禍後は事前予約制になっているため、お客さんの動きは緩やかです。会期中はオンラインマーケットで紙の本も電子の本も買えます。電子を読む人も多く「どうしても紙で買わなきゃ!」という焦りがないからでしょう。それぞれ欲しい技術を求めて、ゆっくり買い物をしています。十二時になるとまた新しいお客さんが入ってくるので、お客さんが殺到することもなければ、途絶えることもありません。

「開場してすぐが一番忙しくて、午後はもう暇になるという感覚でいましたが、ここはどうやら違うようですね」

「技術書典」はエンジニアのお祭りということもあり、作家のための技術を書いた私のブースにきてくれる人のペースはとてもゆっくり。あとで集計したら計67冊売れていたので、11分に1冊のペースで接客をしていたようです。このくらいのペースだと来てくれた人と立ち話ができます。サークル参加が初めての私でもあたふたしないですみました。っていうか、他のブースを回るのに忙しい人たちはともかく、私の本を買うためだけに来てくれた人たちとはもっと話せばよかった! めちゃくちゃ反省です。

なぜか買ってきてしまった謎の味のお菓子

本を買うと、差し入れと手紙の入った紙袋を渡して、さっといなくなってしまった方もいて、売り子さんが感動していました。

「朱野さん、あの人は神です。同人誌即売会にくるお客さんのふるまいとして神のふるまいです」

同人作家さんにお手紙を渡す光景は『私のジャンルに神がいます』などの同人作家を描いた漫画などでよく見ていましたが、自分がもらうと嬉しいものですね。著者としては、本を買ってくれるだけで嬉しいし、話しかけてくれるだけでもめちゃくちゃ嬉しいです。
でも、自分が客側になって考えてみると、ブースが混んでいて話をする余裕がないかもしれないので、お手紙という手段があるのはたしかによいですね。私も今度同人誌即売会に行くときは書いていくぞ!と思いました。「朱野さんの本目当てで来たけど、このイベントが仕事的に刺さった」と言ってくれる人もいて、それも嬉しかったです。

きてくださった編集者さんと作家さんにいただきました
読者の方にいただきました。ありがとうございます!

そして売り子さんがいたおかげで、私も買い物ができました。目をつけていた本を(全部じゃないけど買えた)わーい!

こんなにたくさん技術が詰まった本をこんなにお安く買っていいんですか?
売り子さんがいてくれたおかげでスタンプラリーもできた。ポーチをゲット!
売り子さんがいてくれたおかげでもらえたmixiのお菓子。
(ボールペンは私物です)

「さすがにもう大丈夫そうですね!」

と、売り子さんは14時に帰っていきましたが、その後もお客さんは続いてきてくれて、17時でイベント終了となりました。パチパチパチ……!

残った在庫を家に送付してから帰途につきました。

いやー、緊張したし疲れたけどオーバースペックな売り子さんがいてくれたおかげで、なんとかやり遂げることができました!

電車の中で、Slackを開くと売り子さん……いや真の姿は担当編集者さんであるその人から感想を読みました。

今回の同人誌、全部読ませてもらいました。まずは本として本当に面白かったです。技術書として出す、という理由もすごくわかりましたし、朱野節が随所に出ていてファンとしても大満足です。
小説とはまた違った本を書かれたことで朱野さんが回復しているのも感じられて、これは個人的に嬉しかったことです。
今自分が担当している作家さんたちで、ここ数年で大きい賞を取ったりしてヒットの風を受けている方々に、この本を読んでもらわないとなと危機感を覚えました……
編集者が言うより、家族が言うより、当事者である作家さんが作家さんに伝えることこそに意味と意義の大きさがあると思いました。
このクオリティ、新書で出せるのでは??
と思ってしまう自分もいますが
同人誌という完全に自分が自分のために作り、同好の士と分かち合うことを目的とする今の形で桁外れに売れることで朱野さんの心がすごく回復するのでは?
とも思うのでこのままめちゃくちゃ売れて欲しいと思いました。
ざっくり感想で恐縮です!
そして今サンシャインシティについたので、もう少々お待ちくださいませ…

朝、会場にくるまでの電車の中で書いてくれたのですね。
そして到着したら私がもたもたとブックスタンドを組み立ていて、あれだけ言ったのにリハーサルをしていないことを告げられるはめになったと……。申し訳ない気持ちでいっぱいですが、おかげさまで無事「技術書典」への初参加を果たすことができました。

次に出るときはちゃんとリハーサルします…! ほんとです…!


会場での販売は終わってしまいましたが、オンラインマーケットではまだまだご購入いただけます。「電子+紙」で送料無料で買えるのは6/4までですので、ぜひこの機会にお求めください。