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第2章:情報商人ドリームチーム参戦への恍惚と不安

「情報商材を買うポイントって知ってます?」と家康はサウナ室で言った。
 秀吉はまだ約束のサウナ施設に到着していなかったから、たぶん僕に言ったのだろう。


「情報商材?」
「そうです。モテる系とか儲かる系やコンプレックス解消系とか、そんな情報コンテンツのことです。僕は現場のリアルな空気の把握やマーケットのリサーチも兼ねて、ときどき買ってるんです。秀吉さん、経費で落としてくれるんですよ」


 家康は続ける。
「秀吉さんの教えなんです。俺たちは言葉と情報の武器商人だってね。だから言葉と情報には敏感になっておけって。経費はどんどん使えって。ほら、秀吉さん。税務署が嫌いでしょ」
 僕は前回のサウナ施設での秀吉のマリファナと税金と国家の話を思い出した。

 今日も集合場所はサウナ施設だ。
じっとりと汗が噴き出す。そして家康のトークもギアが入ってきたようだ。
「とにかく購入前にその商品の真偽は分からないんです。売り手と買い手の情報の非対称性。そんな時は結局は人物を見るんです。何を売っているかじゃない。誰が売っているか。そして、その人物は人として信用ができるか。それが購買意思決定における重要なポイントなんです。分かってくれます?かえる先輩?」

 家康が言うことを僕は理解できる気がした。僕もブログやネットで生活している人間だ。昔からインターネットやSNSで良からぬ輩を見てきた。ネットやSNSの世界の栄枯盛衰。

 例えば、シャイニング大手町。これがハンドルネームだ。こいつは、元々は萌えキャラのメガネ女子の設定だったのに、いつの間にか“中の人”が大手町の外資系ビジネスマンって設定になっていた。めちゃくちゃだ。そして転職系のアフィリエイトやらを読者やフォロワーに売りつける。次はその売上実績をエサに「私はこうやって儲けました!」ってノウハウ商材を売りつける。

 だまされる奴は簡単にだまされる。でもキャラ設定がブレブレだから、ネット民が逆に心配する始末なのだ。僕の脳内に格納された情報を吐き出す。


脳内ログイン。

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ブログの冒頭で「20代前半から10年間」とか書いてんじゃん。
自分の設定ぐらい一貫させてよww

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30越えてる設定でしょ(´・ω・`)

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シャットダウン


 優斗なんて奴もいた。こいつは世界6ヶ国に自宅を持ち、海外移動生活をしながらゲストハウスや民泊物件を買収し、運営しているとの本人談だ。設定なのだろう。海外生活の設定なのに、Twitterで毎日朝の9時にツイートがある。ツッコミどころ満載で笑えたのだ。まあ、タイマー設定でツイートしてるって本人は弁解していたが。

脳内ログイン。

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優斗って世界中に事務所持ってて、海外飛び回っている設定だったのに、
全然、困ってるツイートしないなw

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優斗なんてフカシ100%のやつのことなんてどうでもいいよw

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優斗ってホント日本のことばっかりだよな。
海外の自宅の写真や動画も全然ないし

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海外の飲食店をどうやって日本から管理するのかは不思議。
お金持ち逃げ防止とか、味の管理とか、引き抜き防止、納税、会計、テナント更新とか。
そういうノウハウをnoteにしてほしい。

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シャットダウン

 民泊、海外不動産、転職アフィリエイト、稼げます系商材。怪しい情報に実在も疑わしい人物たち・・・。頭がくらくらしてくる。この感覚はサウナの影響なのか。

 僕は家康との会話に集中しようとする。もちろんサウナ室での大声での会話はマナー違反だ。家康は小声でなおも語り続ける。
「僕なら、ツイッタラーのインキチ芸人シリーズで打順が組めますね。えーっと、1番打者は・・・・」

 今日のサウナは上野の「北欧」だ。100度を超える高温サウナ。100度を超える温度ながら湿度設定も完璧だ。だから息苦しくない。パーフェクトな温度と湿度のコントロール。上野駅すぐの好ロケーションながら見事な露天スペース。僕のホームサウナは、もっぱらここ北欧なのだ。天空の外気浴スペースが僕のお気に入りだ。かっとんだ青空の光がまぶしい。2045年のサウナは不良たちの社交場だ。20世紀の不良たちに「ロック」や「ドラッグ」が必要だったように、21世紀の不良には「サウナ」と「健康」が必要なのだ。

 サウナ室のテレビではニュースが流れている。来年から施行される「ベーシックインカム法案」に関しての国会答弁の様子だ。国民全員にベーシックインカムが支給される代わりに、我々はアプリ経由で国に脈拍データやストレス状態データ、心拍数の数値などの個人情報の提供を求められることになる。ちまたじゃ「オナニーの回数も国家に管理される」なんて冗談も飛び交っている。国家の基本的機能は「税金の徴収とその再分配」であった。
だが、一般市民から税金を徴収しなくなってしまえば国家はその役目が大きく変化する。国家の管理はより厳しいものとなるだろう。僕たちはフェイクな自由を本物の自由と信じこまされ生きることになるだろう。

 テレビの報道が天気予報に変わった頃、秀吉がサウナ室に入ってきた。家康が無言で目くばせしながら挨拶する。僕と家康は入れ替わりにサウナ室を出て、水風呂に向かう。

 水風呂につかる。ニルヴァーナ。そして外気浴。都内トップレベルの外気浴スペースを誇るサウナ北欧。僕は合法ドラッグにキマりそうになりながら、物思いにふける。秀吉が僕と家康を呼び出した理由とは?

 2045年、今年が人類における最後の労働の年だとしたら、僕は何をすべきだろう。今だって大した仕事はしていないのだ。僕は自身がなすべき事がある気がする。遠い記憶を思い出すような感覚。


 秀吉が僕を呼び出したのは、きっと仕事のことだろう。僕は何となくそう思った。人類にとって労働から解放される画期的な最後の一年。今だからこそやらなければならない仕事があるのだろう。だが、その仕事の依頼内容は期待を裏切るような内容だった。肩すかし。まあ、それについては最後に述べよう。

時を戻す。


 サウナに入っていると、ときどき時空が歪んでしまう。身体感覚と時間の感覚がくるってしまうんだ。サウナ後の休憩室。僕たちは名物の「北欧カレー」を食べる。汗を出し切った体は味覚センサーが鋭敏になっている。カレーのスパイスをより美味しく感じられる気がする。

 秀吉は本題の仕事の話にはなかなか入らない。例によって訳の分からない話を始めるのだ。でも、それは決して独善的なものじゃない。話の節々に秀吉の考える仕事の哲学やエッセンスが散りばめられている。

 独自の帝王学。そういう意味では家康は幸せな部下といえるだろう。オナ禁・原理主義者でツイ廃の非モテな家康だが、本質的な人間性は憎めないところがある。そして秀吉が家康を買っていたのも、そういう家康の人間としての素直さだったろう。ネットビジネスという「儲けるためなら何でもあり」の世界だからこそ、秀吉は職業人としてのモラルを大切にしていた。

 ジャンクフードが好きな家康は唐揚げとフライドポテトを追加注文する。
僕はビールだ。健康への病的なこだわりを持つ秀吉はウーロン茶、枝豆、豆腐のおかわりを頼む。秀吉はサウナの雑談をしながら、そのあいまに彼の仕事哲学をまぶしてくる。

 2045年という労働の終焉の年、秀吉も何かを家康と僕に伝えたいのだろうか?僕はふとそんなことを考えた。

秀吉は家康に質問する。
「家康、サウナの効能って何だと思う?」
「え、沢山ありすぎますよ。代謝のアップ、ストレス緩和、疲労回復、毛穴の引き締め、それにデトックスとか・・・」

秀吉はたしなめる。
「俺の前でけっして“サウナのデトックス効果”なんて曖昧な言葉を使うな。
サウナで毒素が排出されるなんて医学的に不正確な言葉だ。デトックスなんてものはマーケティング用語であり、医学用語ではない。言葉の情報商人であるべき俺たちがそんな安易でふわふわした言葉を使うべきじゃない。サウナには徹底的に科学的にアプローチすべきなんだ」

決して詰問している風ではなく、秀吉は家康に諭すようにゆっくりと語りかける。
「サウナの科学的な効果。これは確固たるエビデンスがある。俺の友人の医者がちょうど研究していてるんだよ。脳は体重の2%ほどの大きさにすぎない。だが、身体が消費する全エネルギーの20%を使っている。
この脳の消費エネルギーの大部分は、“デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)”という脳回路に使われている。そして、このDMNは無駄に働き続ける習性を持つ。常にアイドリングしてるんだ。DMNの活動を抑える脳構造をつくっていかないと、人に真の休息が取れていないということになるんだ。そしてサウナはDMNの消費量を減らすことが科学的に証明されている」

 こんな調子で秀吉はずっと大好物の健康トークを続ける。最新の健康&美容情報の交換こそが、2045年のエグゼクティブの会話の中心なのだ。僕の勘ははずれたようだ。今日は仕事の話はないようだ。単に3人での定期的なサウナ定例会だったようだ。家康は仕事が残っているようで、先にあがった。
僕たちに手を振る家康。

 秀吉と僕はゆっくりと上野駅まで肩を並べ歩く。秀吉は言った。
「かえるくん、家康の仕事を手伝ってくれませんか?」
「え、だって家康だけで十分に仕事は回ってるだろ?」
「そうなんですが、ちょっと僕の出張の予定が入ってしまって。ですし、良い機会なんでかえるくんに家康を鍛えてもらいたいなって思ったんです」
秀吉は低いトーンの声で続けた。
「コンテンツ販売事業で家康のサポートをしてもらいたいんです」
「コンテンツ販売事業?」
「まあ、いわゆるエロ動画の制作販売です」

 なぜ今さらエロ動画の販売をしなければいけないのか、僕には理解ができなかった。秀吉にその点を問いただしても、秀吉から明確な答えはなかった。とにかく急な出張で困っていること。家康のスキルアップに僕のサポートが必要なこと。仕事は法的なリスクは皆無なこと。仕事のフィーは僕が予想していた金額よりずっと多いこと。

 僕は今かかえている仕事を思い出してみた。昔からのつきあいの編集者から頼まれているビジネス書のゴーストライター業務も今週末には終わる算段だ。そのビジネス書はおそろしく愚劣でくだらない内容だった。陳腐な自己啓発メッセージを羅列した質の悪い本だが、なぜかその本はびっくりするくらい毎回売れていた。毎回、同じような凡庸な内容。稚拙なポエムのような原稿のリライト作業。その仕事が片付けば暇になる。

 その退屈なビジネス書作家の正体、彼の本がなぜ驚くほど売れていたのかについては数年後に思わぬかたちで知ることになるが、その話はおいておくとしよう。

 僕は逡巡する。まあ、いいさ。どのみち僕は無職のようなものだ。万物は流転するし、人生は思わぬ事に出くわす。だって、つい1時間前まで僕はこんな状況は全く予想していなかったのだから。

 秀吉は僕に感謝の弁を述べた。そして改めて3人でミーティングする旨を述べた。

「今回の仕事は国家転覆てす」と秀吉は分かれ際に僕にいった。
「国家転覆?」
「冗談ですよ」と秀吉は笑う。「かえるくん。小説創作には2つのルールがあるんです。ルール:その1。絶対にダサくて退屈な小説を書くな。ルール:その2。絶対にルール1を忘れるな」

 小説?
 秀吉は何の話をしているんだ?でも、僕はそこに重大な秘密が隠されている気がした。秀吉の姿はすでになかった。秀吉が言ったことは何を意味するのかを考えながら、僕は電車に乗った。何か嫌な予感がした。自分がコントロールできない何か大きなものが迫ってくる感覚。この世界への違和感を感じながら僕は帰路についた。

【つづく】

※参考文献
「恋愛工学生・盛衰全史/かえるくん総合研究所」

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