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世界が終わるとき

 ここ最近ずっと、夜眠りに落ちるまでの私と朝目覚めたときの私は別の存在なんじゃないかと疑っている。だって寝た瞬間に意識がなくなるわけだし、私が地続きの私である確証は得ようがないじゃん。とか、考えては怖くなって、スマホをいじっているといつの間にか寝ている。

 色々と考えすぎたせいか、昨日こんな夢を見た。

 ある日突然、とてつもなく大きなパワーを持った神のようなものがこの惑星に降り立った。紫色の肌をして、見た目は人間の男性に近い。彼は地球を丸ごと破壊し、すべてを消滅させると豪語する。それで、人類側も犠牲を厭わずド派手に核爆弾を何個もぶつけたりなんかして抵抗するのだが、その努力も虚しく彼には傷一つ付けられなかった。

 その様子をテレビで見て、「ああ本当に死んじゃうんだな」と思った。それでも現実感が無くて、ちょっとぼーっとしていると、なぜか急に恐ろしくなって震えが止まらなくなった。私はガラス張りの綺麗な建物に追い立てられるように逃げ込んだ。そこには黒髪のショートカットの女の子がいて、なんとなく直感で合わないな、と感じた。

 17:32に地球は終わりを迎えるらしい。一人で何をするでもなく、建物の二階から外を眺めていたけど、ふと思い出して時計を見るともう針は27分を指していた。みんな一斉に死ぬっていうのに、私だけ独りで死ぬなんて寂しい。女の子はまだそこにいたから、身勝手にも彼女の手を取って眺めのいい屋上に出た。時間がもったいないかな、ごめん。とか野暮な言葉で謝りながら。まだ誰も吸い込んでいない空気を体に取り込んでおきたかった。階段を駆け上がる途中、女の子が私の言葉にふっと笑って、そんなの気にしないで、と呟くのが聞こえた。ガラス張りの建物の中は色んな色の光が乱反射していて綺麗だった。

 もうすぐ終わりを迎えるという世界は、想像よりも美しかった。青々とした草原がどこまでも続いて、人々はそこに座ったり寝っ転がったりして、それぞれが終末への準備を整えていた。形容しがたいほど美しいオレンジ色と紫色とに輝く空は、私たちのノスタルジーを助長した。緩やかな曲線を描く川には木製のボートに浮かぶ人々が沢山いた。その中で、小さな男の子とそのお父さん、白髪のおばあさんが乗ったボートがカーブに差し掛かったところで岸にぶつかってしまったのを見た。周りの人は心配している様子だった。でも私は心配よりも、私はそのボートに乗っている「家族」にものすごい羨ましさを覚えて、ボロボロ泣いた。なんで私は家族と一緒に最後を過ごせないんだろ、会いたいなと心の底から思った。女の子はあくまで泣かないつもりらしい。彼女は気が強くて我慢強いけど、本当は当たり前に寂しかったはずだ。

 色んな歌手が終わりまで歌を歌っていた。こんな時まで音楽家であり続けられる彼らに感服したのを覚えている。私の知っている歌が聴こえてきたから、一緒に口ずさんだ。草原にいる人もボートに乗っている人も隣の彼女も、みんな歌っていた。彼女の声は透き通ってどこまでも届くようで、終わりを受け止められたんだと分かった。私は相変わらず未練でいっぱいだったから、どこかに独り取り残されたみたいで寂しかった。

 残り一分。曲が終わった。するとまた終わりにふさわしそうな別の曲が始まる。もう最後まで歌えないのに。そんな時に私は、なぜだか急に隣にいる彼女のことをもっと知りたくなってしまった。今さらすぎるな、と本当に今さらになって思った。なんでもいいから彼女と言葉を交わしたかった。だから、「歌う?」と訊いてみた。すると彼女は私なんかには目もくれず、ただ一生懸命に生まれ育った地球を目に焼き付けようとしながら「歌う」と一言答えた。ものすごく寂しかったけど、どうしようもできないから、「そっか」と呟いて、昔CMで聴いたことがあるだけの、大して好きでもない歌を歌うことにした。

 八時を告げる目覚ましが鳴る。私は彼女と一緒に終末を迎えられないまま朝を迎えた。眠りに落ちるまでの私と、朝目覚めたときの私はまったく別の存在なんだろうか。もしそうなら、私はあの世界で彼女と一緒に終われたのかな。どんなふうにあの景色は変わっていって、どんなふうに彼女は目を瞑ったのかな。今日はそんなことを考えながら友達とご飯を食べに行ったりした。

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