こころの住処。

元彼のことを好きだった女の先輩がそういえば私は遊牧民のように暮らしたいと言っていたことを思い出した、ただそれだけの理由で住処をかえてなんて題名をつけている。そのんなのはどうだっていい。

人はどんなところでも諦めなければ生きていけると私は信じている。辛い、苦しいは当たり前だと根性論でこころは何回も折れてはいるが、少し休んだらそこからまた再構築して、環境を調整し過ごす。

住処というのは家でなくていい、心の奥にある思い出や懐かしさといったものも住処だ、私にはそういった住処がある、それだけで救われる。

辛い時にはその住処にこもるのだ。そうすると優しい思い出と共に大好きな人の体温や匂いを思い出して穏やかな気持ちになれる。具体的なことや現実的なことは辛い時には目を背けていい。こころに住処をもつ。また、自分にとっての場所的な住処をもつといい。自分にとっては図書館や公園だ。公共的な場所が好きだ。フリースペースも。そういった約束をせずに公的な目がある安全な場所で自分が全く知らない人間の体温や息を感じながら一時的落ち着ける場所はいいなと思う。

自分にとっての住処が誰かの住処だったり、全然想像もしない場所や思い出が誰かの住処だったり。住処はこれからまた変わっていく。これからの住処はどこだろうか、わくわくしていたい。