雨の日の水溜りで遊んだのはいつの頃だろう【19】

記憶というのは、想像のひとつだと聞いたことがある。

断片を繋ぎ合わせて、事実を作る創造だという。

断片だから、欠けている部分もあるだろう。相違しているものが混じることもあるだろう。

しかし、全体として体を成していれば、事実と寸分違わなくても、それで良しとするのが、記憶の仕組みのような気がする。よく言えば柔軟性があるということだろう。
とても優秀な機能ともいえる。

ただ、全体として見れば可なのかもしれないが、細部を具に見れば間違いだらけ、穴だらけというのは、神は細部に宿るという定理を至上のこととする螺鈿職人からすれば、到底受けいけることはできないだろう。

過ちは、揺らぎを生む。

池に小石を投げ入れれば、小さな波紋が大きく広がっていくように。

揺らぎもそうだ。

始まりは目に見えない程の小さな揺らぎでも、やがて大きな波状となり、あちこちにぶつかり、様々な影響を及ぼすことも稀ではない。

明代という女の子は、いないという。

その年嵩の女性の言葉を信じれば、そもそも、明代という女の子は、いなかった。

僕はその場を取り繕い、辞してその場を後にした。

ままごと遊び。

泥水のお茶。

姉達とのけんか。

走って逃げた興奮。

どれもこれもが錯誤なのか。それとも、どれかが錯覚なのか。

すぐには分からなかった。

明代との思い出は、ままごと遊びだけではなかった。

かくれんぼ、けんけんぱ、トランプ遊び、お手玉やおはじきもした記憶があった。

坂の途中の寂れた御堂。

かくれんぼをしていた時、御堂の中に僕は隠れた。入ってみたら、直ぐに見つかってしまうことに気づいた。
出ようとしたら、誰かの、もう良いよーとい声が聞こえて、出るに出れなくなってしまった。

そこに、ひょいと明代が現れた。

「こっち」

明代は僕の手を掴むと、御堂の中に僕を引き戻した。

「ここ」

明代が指さしたのは、壁だった。

とん、と明代は壁を軽く叩いた。

壁が、くん、とずれて隙間が現れた。

「戸になってるの」

そう言うと、明代は、人ひとりやっと通れるくらい戸を開けた。中は暗くて見えなかった。

「入ろ」

明代はまだ僕の手を掴んだままだった。

僕は明代と一緒に入った。

明代は壁をとんと叩いて戸を閉めた。

暗さに目が段々と慣れてきた。

壁の節穴から、光が漏れ差し込んでいた。

「ここ何?」僕は明代に尋ねた。

「私もわからないけど、物置か何かじゃないかしら。こんなのもあるのよ」

そういうと明代は座布団を床に敷いた。

僕と明代は座布団の上に座った。それだけで、居心地が良くなった。

「良く見つけたね」

「うふふ」

薄暗い中で、明代が嬉しそうにしているのが分かった。

僕は物置のような小部屋の中を見回した。がらんとしていた。

「ここなら見つからないね」

「ね」

御堂にどかどかと人が入ってくる足音が聞こえた。

僕と明代はじっとした。

僕は身体を伸ばして、節穴からそっと外を見た。

鬼になった姉が、きょろきょろと中を見回していた。

隠れているここまで、近づいて来た。

鬼は御堂の中をぐるぐると回った。

鬼は隠し戸を見つけることが出来ず、御堂から出て行った。

「見つからなかったね」

「ね」

「すごいね」

「ね」

「秘密の小部屋だね」

「うふふ」

明代は未だ僕の手を掴んでいた。

僕は明代の手を握り返した。

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