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フランス語を教えたい、若いお父さん

 25歳の頃、ジャーナリストになるきっかけを掴みたくて、アフガニスタンの内戦を取材に行きました。パキスタンの北西辺境州の州都・ペシャワールにあるムジャヒディンの事務所を探し出して、従軍を頼めるゲリラの団体と交渉しました。現地の言葉はウルドゥー語。そんなもの、日本で勉強はしてなかったから、現地で英語のわかる若い人を捕まえて、単語を一つ一つ教えてもらって、少しは話せるようになりました。
 そのころ覚えた言葉が40年近く過ぎても、記憶に残っています。一つはイスラム圏の人たちが挨拶でよく使う「サラマレークン」。日本でもイスラム圏の人には、ちゃんと通じます。あと、「トマラナム ケアエ」は「あなたの名前はなんですか」なのですが。日本で、そこまで言うと相手が自分の名前を言って、あれやこれやとウルドゥー語で話しかけられて、一寸待ってくれ! てなことによくなります。まあ、イスラム圏の人と話をする機会は、ほとんどないですけど、たまに。あと、約束をして別れる時に「インシャーラ」といわれたら、今かわした約束はたぶん、守られないだろうということだそうです。どうしてかというと言葉の意味が「神のみぞ知る」ということだから。“約束を守るも、守らないも、神の思し召しのままに”、ということになる。微妙。
 今は通信社のハイヤーの仕事ですが、その前は、しばらくタクシーの運転手をしていました。その時、不忍通りを朝、流していると、決まった時間にフランス人のお父さんと年長さんくらいの男の子が乗って来ます。多分、お母さんは日本人。男の子は、お父さんに日本語で話しかけます。お父さんは男の子にフランス語で話しかけます。でも、男の子は、“ フランス語なんて誰もしゃべってない。だから覚えたくない ” と小馬鹿にしているのが感じ取れました。それで、3回目ぐらいに偶然乗せた時、ためしに私が、唯一話せるフランス語、「天気がいいですね」をお父さんに対して、「イルフェ・ボ」とあいさつしました。するとお父さんは、すごく喜んで「ウイーッ」と満面の笑顔を返してくれました。一方の “ フランス語なんて!” と小馬鹿にしていた男の子は、まるで“豆鉄砲を食らった鳩”のようでした。お父さんは、得意満面の笑顔をしていました。とても共感を覚えた、二人の対比でした。


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