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【読書感想文】虐殺器官→ハーモニー


【作品紹介】虐殺器官

9・11以降の、”テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とはいったいなにか? 大量殺戮を引き起こす”虐殺の器官”とは? ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化!

ハヤカワ文庫表紙裏より

【作品紹介】ハーモニー

21世紀後半、<大災禍>と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけのやさしさや倫理が横溢する”ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死すること選択した――しれじゃら13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る――『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

ハヤカワ文庫表紙裏より

感想

それぞれの感想をというより二作品を読んでより想いが強まったので合わせて書きたい。本noteは普段映画感想でも書いている通りネタバレを含む。二作品を比べると虐殺器官はやや読むのに重たさを感じるかもしれないが、面白いことに太鼓判を押すのは今更私がしなくても散々に世の中のSFファン達のみならずミステリーファン、多くの読書家たちによって為されてきたことだろうと思われるので、未読であるならばまずは自身で読まれることをお薦めしたい。

短くまとめるならばこの感想の通りだ。読むまでに長い時間を溜めてきた。私は絶対に面白いとわかっている作品は自分の中で今読みたいという気持ちが高まりきるまで置いておく悪癖があり、それは何故かという話はまた長い余談になるので置いておくとして、ようやく読了することができた。

しばらく重厚な文章の読書から離れていたせいもあり、虐殺器官を読み切るのには非常に時間がかかった。読んでいる間にちょうど引っ越し等も重なり衝撃を受けていると手付かずになりそうな事柄が多く、チマチマと読み進めている間にトータルで半年ほどかかった。何度も読み直しながらようやく読み切った。それと比べればハーモニーはわりあいスムーズに読み切れたのだが、その要因は後述する。

伊藤計劃の作品がもう読めない。それはもうわかりきっていることであるのだが、ハーモニーを読みながら私は途中何度も天を仰いだ。これほどの作品を描ける人が今生きていたらどれだけ面白い作品を世に出していたのだろうかと。

読み進めていて、この作品に至るまでに行ったであろう思索と知識の蒐集と作品への昇華のためのあらゆる作業を想うと身震いがする。どれほどの魂の熱量があればこれだけ緻密に練り上げられた作品が描けるのだろうか。途方もない。虐殺器官の帯にある紹介文にはこうある。

ナイーブな語り口で、未来の恐ろしい「世界の仕組み」を描くこの作品は、アクションもあれば、ユーモアもあって、つまりは小説としてとてつもなく恰好良く、夢中になりました。夢中になり、嫉妬して、ファンになりました。

伊坂幸太郎

繊細で、愛しくて、恐ろしい。今こそ、物語の力を思い知るだろう。

小島秀夫

私には、3回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない。

宮部みゆき

心から共感する。そしてファンになると共に絶望する。これだけの書き手がもうこの世を去ってしまっていることに。心よりご冥福をお祈りしたい。

虐殺器官はアメリカの特殊部隊にいる主人公の話だ、世界各地の紛争地帯で起こる虐殺の中心にいる謎の人物ジョン・ポールを追いながら、自身の選択と世界の欺瞞に葛藤する主人公を魅力的に描いている。世界がどういう姿であるのかという組み込まれきった設定も終盤の駆け上がる展開も、映画を観ているかのようにワクワクさせられた。隙が一切無く、”虐殺器官”というショッキングなワードに欠片ほども負けない重厚な物語は非常に読むのに力が必要だったが、2023年の今読んでも少しも色褪せることなく近代SF小説として確固たる面白さがあった。

私のようなにわか寄りなSFファンにとって金字塔と言える作品といえば「攻殻機動隊」である。近代SF作品を観たり読んだりすると、どうしても心の隅で比べてしまう。あまりにも偉大な作品であると思う。それでも一切遜色がないと感じた。今の世の中が歩んでいった先にある、フィクションでありながら現実味を感じさせられる世界と、そこに生きる人々。その世界であるがゆえに起きる物語。ちゃんと攻殻とは違いながら、同じ世界に生きていた人間が地続きで思考していたであろう部分は似通っていて、私の生きる世界と乖離が無い。

完璧に作り込まれており、伊藤計劃が描く世界を堪能できた。

そしてハーモニーである。管理された世界からはみ出してしまった女子高生達、大人になった後に起こる事件、人類への問い。大きな仕掛けはあるのだが、これが震えるほどキャッチーで読みやすくなっている。決して虐殺器官のキャラクター達が魅力的ではないという訳ではないのだが、トァンもミァハもキアンもキャラクター性が段違いでキャッチーだ。本作は漫画にも映画にもなっているが、何故なるかがわかる。圧倒的にイメージしやすい。虐殺器官は伊藤計劃の物語を読ませてもらっているという感覚だったのだが、読者に向けて面白さを前面に提供しているように感じられた。それでも勿論伊藤計劃としての切れ味は微塵も衰えるところは無い。

ハーモニーはほとんど虐殺器官の続編と言ってもいい。虐殺器官で起きる事件後の世界だ。味わいは一緒なのに、こんなにも変わるものかと読んでいてその才に震えた。二作品でこんなものが出せるってこの先どうなったんだよ……と本当に読んでいて作者の死が悔やまれて悔やまれて仕方なかった。

虐殺器官は完璧に作り込まれているが故に良い意味で解釈の余地がなかった。もちろん真に何を想ったかという問いに全て答えを出しているわけではないが、ほとんどは説明されきっている。それと比べてハーモニーの結末には相当な解釈な余地が残されている。

以下、いきなり結末のネタバレ考察を書く。

私は、ミァハはトァンにわざと撃たれたと思っている。この世界に私の体から渡すものなんてないと高らかに唱えていた通りに、ミァハは地獄からの解放を望んだのだ。そしてその執行者として選ばれたトァンに対しては管理者気取りの老人たち以外で、世界の真実をただ一人教える相手、トァンがトァン自らに別れを告げる猶予を世界でただ一人与える代わりに、その地獄に残していくという、あの時一人逝かされてしまったことへのささやかな復讐を行った。そう受け取った。

結末は大いに議論の余地がある。というか余地がありすぎて面白すぎる。簡潔に書いたが端々を議論したくて仕方なさ過ぎる。キアンの隠された想いについても、ミァハがキアンに何を想っていたのかも、ミァハが意識を獲得し、トァン達と出会うまでに何を想ったのかも、出会ったあとで何を想ったのかも、獲得する以前の幸福な状態に戻り再度意識を獲得したあとで、何を想ったのかも、トァンがどこまでこれらをわかりながら撃ったのかも、もうすごいんよ。読み終わってから一向にハーモニーが終わらない。とんでもない作品ですよこれは。いや刊行日2008年なんですけどね。15年前!?恐ろしいよ。

作品について考えれば考えるほど、伊藤計劃が残した文章やインタビューを読めば読むほど、悲しくて悲しくて遣る瀬無い。多くの人がそう想っていると思う。ある意味で、作家としては最高の生き様だったのかもしれない。伊藤計劃の名は、多くの人の記憶に強く強く刻まれているだろう。二作品を読み終えたことで、私もそのうちの一人になった。それに、まだ読めていない作品もある。私は死ぬまでに伊藤計劃の名を忘れることはないだろう。多くの人の心の内で作家は永遠になることが出来るのだ。その在り方は意識の中にありながら理想郷にきっと近いだろう。

観たいものも読みたいものも尽きないのでサポートいただければとても助かります。