見出し画像

思い出の渚を歩く 箱根

1章:「箱根、懐かしの道」前編

幸雄は、初めて箱根を訪れたのは
40年以上前のことだった。時は新婚の妻と一緒に、小さな旅館に泊まり、温泉に浸かり、新たな人生のスタートを祝った。今、一人で訪れる箱根は、昔と変わらずに美しく、しかし、どこか懐かしさを感じさせる場所だった。

箱根への道中、幸雄は車窓から流れる景色を眺めながら、心の中で期待と不安が交錯しているのを感じた。彼は、記憶が薄れゆく中で、かつての思い出をどれだけ取り戻せるのか、そして、妻との大切な時間をもう一度心に刻めるのかという不確かさに心を痛めていた。

彼が最初に向かったのは、箱根神社。
箱根神社への道を歩く幸雄の足取りは、迷いながらも確かなものだった。森の中の静けさが彼の心を落ち着かせ、神社の鳥居をくぐると、幸雄は遠い日の幸せな記憶がふわりと心に甦るのを感じた。彼は妻の笑顔を思い出し、目頭が熱くなる。だが、その温かな思い出が、同時に幸雄を寂しさで包み込む。

幸雄は次に大涌谷のロープウェイへ向かった
大涌谷へのロープウェイに乗り込んだ幸雄は、偶然隣に座った70代のご夫婦と目が合った。彼らは、幸雄と同じくらいの年齢で、旅行を楽しんでいるようだった。ご夫婦は幸雄に親しみやすい笑顔を見せ、会話が始まった。

「初めて箱根に来たのはいつです か?」と優しく尋ねるご主人。幸雄は、若かりし頃の自分と妻の話を始めた。夫婦で聞き入ってくれる二人に、幸雄は自然と心を開いていく。彼らもまた、結婚してからの長い年月を共に過ごしてきたこと、そして最近は一緒に旅行をすることが増えたと話す。

ロープウェイが山頂に近づくにつれ、会話は家族や人生の喜びについて深くなっていく。幸雄は、このご夫婦が互いを大切に思い合っている様子に感動し、自分と妻の関係を思い出す。彼は、妻と過ごした時間の価値を再認識し、心の中で彼女に感謝する。

山頂に着くと、三人は一緒に大涌谷の景色を眺める。硫黄の香りが立ち込める中、幸雄はご夫婦との出会いが新たな視点をもたらしてくれたことに感謝する。彼らは、幸雄の旅の目的に共感し、応援の言葉をかけてくれる。

別れ際、ご夫婦は幸雄に「これからも素敵な旅を」と言ってくれた。幸雄は、ほろ苦い思い出と新しい出会いの中で、人生の美しさを再確認し、旅の次の目的地へと向かう勇気を得た。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?