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戦争のできない北朝鮮

荒木和博(拓殖大学海外事情研究所 教授)

 北朝鮮はミサイルを撃てば撃つほど戦争できなくなる。
 このところ偵察衛星だ米国全域をカバーしたミサイルだとやかましい北朝鮮だが、本当に偵察衛星として機能しているかどうかも怪しいというのが正直なところ。そもそも北朝鮮にとって偵察衛星に何の意味があるのだろうか。また、米国に届くミサイルで何をしようというのか。
 ハッキングだ何だで一所懸命?金は稼いでいるのだろうが、だったとしても平壌ですら餓死者が出ているというあの国で弾道ミサイルを次から次へと撃てば人民に回す金どころか人民軍の一般部隊に回す金もなくなるのは当然である。さらに銃弾や砲弾をロシアに送ったとすれば今の人民軍は張り子の虎でしかない。
 確かに核を搭載したミサイルを撃つとすれば日本しかない。米中露は核大国だから撃てないし、韓国は近すぎる。核武装していない日本が、そもそも敵国なのだし理屈上も一番撃ちやすい相手であることは間違いない。しかし上手くいけばミサイル迎撃システムで着弾する前に破壊できるかもしれない(国土の上空で破壊すれば破片の落下だけでもそれなりの被害は出るだろうが)。撃って被害が出れば日本国内でもさすがに反撃すべし、あるいは反撃やむなしという世論が高まるだろう。
 もちろん朝鮮人民軍には日本に上陸して戦闘をする能力はない。それどころか韓国にも侵攻することはほとんど不可能だ。21世紀に入ってからの北朝鮮の武力挑発は2002年6月29日の「第二延坪海戦」、2010年3月26日の「天安撃沈」、同年11月23日の「延坪島砲撃」ですが、どれも「で、どうしたいの?」というものだった。
 第二延坪海戦は黄海海上の南北の境界線であるNLL(北方限界線)を越えた北朝鮮海軍の哨戒艇が排除しようとした韓国海軍の高速艇を攻撃、1隻を沈没させた事件。これは3年前に同じ海域で起きた第一延坪海戦で完敗したことの仕返しだった(本当に)。天安撃沈と延坪島砲撃は後継者に内定した金正恩に対して偵察総局と軍が行ったアピール。それをやったことで北朝鮮側が戦略的に何かプラスになったかと言えば何もない。
 もともと北朝鮮の挑発というのは1968年1月に朴正熙大統領を暗殺しようとしたゲリラ派遣、1983年10月の全斗煥大統領暗殺をもくろんだラングーン事件、1987年11月ソウルオリンピックを妨害しようとして大韓航空機を爆破した事件など、北朝鮮がやってきた挑発は冷静に考えれば全く意味のないことばかりだ。例えば大統領を暗殺し、その機に乗じてせめて韓国側の一部地域でも占領するというのならまだ話は分かるが、当時の人民軍にそういう計画はなかった。このことを韓国の情報機関OBの知人に聞いたところ「ヤクザの出入りと同じようなものですよ。相手の組の事務所に弾を撃ち込んでくるような」と言っていたが言い得て妙。足を抜きたがっているとはいえ米軍もいるし、仮に大規模な侵攻をしようとすれば巻き込まれるのを嫌う中国が止めるだろう。
 北朝鮮は昔話の「見越し入道」のようなもので、見上げれば見上げるほど大きく見える。それが彼らの狙いでもあり、乗せられる必要はない。必要なのは北朝鮮的な表現で言えば「何か手出しをしたら平壌を火の海にしてやる」という恫喝だ。まあ日本政府には一番苦手なところかもしれないが、いずれにしても「遺憾砲」では何の効き目もない。
 こちらが戦う姿勢を見せれば北朝鮮という国は全く違って見えてくる。そうなれば米国から高い武器を買わされなくても済むのではないか。一石二鳥のような気がするのだが。

※毎日公開しているYouTube「荒木和博のショートメッセージ」でもミサイルのことはいくつかお話ししているので関心があればご覧下さい。

北朝鮮のミサイル乱射と旭日旗と(2022.11.7)
https://youtu.be/njszVZEqGVY

北朝鮮のミサイルは何に使うのか?(2023.4.21)
https://youtu.be/_qUYxvoU0Lw

ミサイル発射は金正恩へのヨイショか(2023.6.20)
https://youtu.be/RAiOf3q8AQA