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韓国防衛産業の今


梅田 皓士 (拓殖大学海外事情研究所 助教) 

 韓国では、2022年の防衛関連企業の武器販売契約が過去最大に規模となり、韓国の防衛関連企業であるハンファ・エアロスペース、韓国航空宇宙産業、LIGネクスワン、大宇造船海洋、現代ロテムの主要5社の受注残高が100兆ウォン(約10兆1000億円)を超え、この5社は創業以来、最大の受注残高となったと報道された。
 韓国は従来から、輸出主導型の経済構造であり、現在においても、韓国は、欧米、中国、東南アジアなどの広い地域に家電、自動車などを多く輸出している。これは、韓国の人口が5000万人程度の規模であるために、内需に大きな期待ができないことから輸出を志向したことから始まっている。
 そして、近年では、冒頭、指摘した防衛関連企業の輸出も拡大している。韓国では、1969年の「ニクソン・ドクトリン」によって、米国からの「見捨てられる恐怖」が視野に入ったことから、兵器の自国生産を推進した経験がある。それまで、政府主導による経済政策を進める過程で軽工業中心であったものを兵器生産にもつながる重工業中心にシフトするなどの対応を行った。この重工業中心へのシフトは防衛産業の拡大だけではなく、民需の生産拡大にもつながり、韓国の経済成長を後押しする結果にもつながった。この時、通常戦力の増強を目指す「栗谷事業」の他、秘密裏にミサイル、核の開発を計画した。核開発は後に断念したものの、ミサイル開発は継続し、1978年に地対地ミサイルである「白熊」の開発に成功した。この「白熊」の開発は米国や周辺国に不信感を生じさせたものの、結果として、性能を北朝鮮向けに制限する内容の米艦ミサイル指針を米国との間で締結することで、ミサイル開発を継続した。そして、1987年には現在にもつながる「玄武」の発射実験に成功するなど、着々と開発を続けてきた。
 「ニクソン・ドクトリン」による「見捨てられる恐怖」以外にも、冷戦終結後、多くの国や地域において現実的な脅威が減少したものの、韓国は北朝鮮という現実的な脅威が残り続け、また、北朝鮮の背後には中国が存在し続けていたことから、脅威が存在し続けたのであった。そのため、脅威が減少した国では自走砲などの兵器の生産を縮小した反面、韓国はそれまで通りの兵器の生産が続き、また、研究開発も継続したのである。東アジアにおいて、冷戦の爪痕が残り、現実的な脅威が存在し続けたことが韓国の防衛関連企業の成長につながったのである。
 このような経緯で韓国の防衛関連企業が成長した中で、冒頭の指摘の通り、現在は輸出を拡大させる傾向にある。この傾向から、韓国では、防衛産業を「K-POP」などになぞらえて「K防衛産業」と呼ばれることもある。また、兵器の輸出には、政府も一定の期待を持っており、尹錫悦大統領は、2022年11月に韓国航空宇宙産業で開催された防衛産業輸出戦略会議において、「防衛産業は未来の新成長エンジンであり、先端産業をけん引する中枢」、「政府は防衛産業が国の安全保障に寄与し、国の先導産業に成長できるよう積極的に後押しする」と発言したと聯合通信が報じている。
 韓国の防衛産業の主な輸出先も拡大させ、最近では、ポーランド、ルーマニア、マレーシア、オーストラリア、UAE、エジプトなどとの契約を締結しているものの、今後、さらに拡大するとの見方もあり。さらに、中には、今後、自由主義諸国への輸出が拡大することで、韓国が「自由民主主義の武器庫」になるとの指摘もある。近年、韓国の兵器の輸出が拡大している要因として、先に現実的な脅威が残ったことで、防衛産業が拡大したことを指摘した。しかしながら、それ以外にも、韓国の兵器は他国と比較して安価で納期が早いとの指摘もあり、これも輸出拡大の背景と言える。この点は、韓国のこれまでの民生品における輸出でも同様であり、その経験が生きているものと推測できる。
 さらに、ロシアによる「ウクライナ侵攻」も韓国の防衛産業にとっては、好材料となった。ロシアによる「ウクライナ侵攻」以降、ポーランドとの契約が拡大し、2022年だけでもポーランドとの間で、K2戦車(通称、クロヒョウ)、K9自走砲、FA50軽攻撃機、多連装ロケット砲「天舞」などを中心とした20兆ウォン(約2兆円)規模の契約を結び、2030年頃までに輸出を完了させるとされている。従来、ポーランドは米国やドイツからの輸入を希望していたものの、価格などの面で韓国からの輸入に切り替えた。ポーランド自身も韓国からの兵器輸入に一定の期待をしている。そのため、2023年に実際にポーランドに輸出されたK2戦車の実弾射撃訓練に大統領と国防相が視察に訪れ、大統領は砲塔に登り、関係者から説明を受ける姿も報じられた。
 韓国にとっては、この「ウクライナ特需」との言えるポーランドへの兵器の輸出は、今後、欧州や他の広い地域に輸出を拡大させるためのショールームの役割を果たすとも言える。欧州諸国はこれまでのポーランドと同様に、米国やドイツからの輸入を志向しており、韓国の防衛産業は小火器の販売にとどまっていた。しかしながら、近年の輸出先の拡大の他、ショールームとしてのポーランドへの輸出を成功させることで、既存の契約の拡大、あるいは、新しい国との契約も十分に想定できる。その意味においても、今回の大型契約であるポーランドへの輸出の進捗は韓国の防衛関連作業にとっては重要であり、他の国も注視していることは想定できる。実際に、韓国は、K2戦車、K9自走砲、FA50軽攻撃機を「K武器3点セット」として、輸出を促進する動きを見せており、ノルウェーがポーランドへの納入の結果次第で韓国との協議に入る方針であるとの指摘もある。
 韓国にとっては、「ウクライナ特需」で欧州への輸出が拡大しているものの、伝統的に市場としている米国、ドイツの立場から見たら、当然、歓迎できない存在であり、今後、輸出拡大の過程で衝突することも想定しなければならない。また、現在、韓国国内では、現在の輸出品に続くものを探している段階でもあり、目下、魚雷、レーダー、ミサイルがその対象として検討されている。これらの装備品についても輸出の際には、国産化している必要があるため、その作業も進められている模様である。他方、国産化の過程でも、技術使用に関する衝突も想定できる。その意味で、韓国の今後の輸出拡大は様々な段階での衝突を想定しなければならないとも言えるのである。
特に、近年、日本のみならず世界で経済安全保障についての関心が高まっている。技術も経済安全保障に含まれるものであり、日本は、最近、韓国を輸出区分のグループA(旧ホワイト国)に戻す措置を取った。日本から韓国へ流れた部品、技術がどのように用いられるか注視する必要もあるのではないだろうか。