見出し画像

シン・かの国戦記 第10話「前夜」

本土

少し元同僚たちの話を続ける。もちろん無許可である。後日クレームがきたら謝罪の代名詞である鈍器になりうるとらやの羊羹で相手の頭部を殴って忘れてもらうしかない。1個50gの羊羹が96個入りだと3万円程度なので無職のわたくしが購入するのは勇気がいるが、重量4.8kgなので軽度の記憶喪失を誘発するには十分といえる。

本土からの出向組は上司も含め一定数チームにいた。最後に世話になったのは本社との交渉役としてパートナーに必要なリソースを集めてきたり、交渉して勝ち取ってくる職種の学歴エリートたちだった。

エリートはやはり「ほぉ」と思うことが多かった。感心もするし、文化の差に新鮮な驚きも覚えた。

まず常に前向きだ。そして勉強してきた時間が人生のなかで長ければ長いほど擦れていないせいか、それに輪をかける。睡眠時間を削って最後に勝つための受験勉強で精神を病んだり知恵なのだろうか?笑顔の頻度も多くネガティブにものをいわない。母国語同士で上司から部下にものをいうときにこの法則は全く無視されるが、極東の島国にわざわざ出向してくるようなエリートは現地人には、地位の上下に関係なく、そんなそぶりを極力みせない。わたくしと一緒に働く年代が30代~40代に多かったので、出身地域によっては、資本主義社会があまり成熟していなかった国内事情もあるかもしれない。一言でいえば純朴な人が多い。非実在青少年を作り出すために親が悪いものと断定しがちなものが非合法とされる社会ではこういう純朴な人が育ちやすいのかもしれない。ギャンブルや風俗は無論違法だし公営ギャンブルですらほぼ存在しない。最近では18歳以下のゲームは週3時間しかできなかったりするし、金土日の1日1時間制限を超えると回線が低速になるという徹底ぶりだ。日本で星座ランキングを朝から垂れ流す国にいると信じられないが占いも違法だ。日本の中華街の占いは純粋に日本の観光客向けのものなんだろうし、前職で香港に行った時にやってもらった占いは香港であるが故の例外だったのだろう。

加えて、わたくしが留学していた四半世紀前の高校ですら、下記のようなかんじだった。

  • 朝8時から夜9時までほぼ授業と自習

  • 週数回の小テストの範囲は日本語学科では辞書2~3冊

  • 全寮制

  • 郊外デートは上記のような拘束でほぼ不可能

  • スクールカーストの決定要因にテストの点の配分率が日本より高い(容姿や運動神経が日本ほど加味されない)

つまり、多くの人から”いい会社”だと思われる大手の競争率の高い会社に入ると、これらの受験戦争を勝ち抜いた人が多いので、結果、純朴で擦れていない人が多くなっているようだった。競争に勝つことには異常に頑張るが、プラットフォームビジネスをやるためのゲームやビデオや音楽への知見がこのような学生生活からたまるとはとても思えない。ゆえにわたくしのようなその筋の人が雇われる。

書籍として小説などがエンタメとして現地で強いのもこういう熾烈な受験戦争が背景にあるのではないかという個人的疑念が消えない。日本でも学生運動と受験戦争と高い経済成長率が幸運にして重なっていた時期は、妙に小難しい本が流行っていたらしいのは周知のとおりだ。

もちろん1on1で話せば本音も言うし酒も入れば物言いもストレートになることもある。ただそれは後から知ったことでエリートになればなるほど現地化に配慮しているのが常といえる。もしかしたら、本音を隠していることのスキルは日本人よりも国内各種規制の影響で洗練されているのかもしれない。

特に上司に唯々諾々と従うように見せながら現地人に必要な知識を聞き入れながら成果を出して個人として生き残りを確保していく様はなかなか見ていて小気味いい。

転々

しばらく連絡のなかったGAFAMの会社のうち一つから8次面接の連絡がきた。"まだやんの?"と思わなくもなかったが、"正直もう受かったやろ"と思っていると、こちらの慢心を見透かしたかのようにオーストラリア人のTalent Acquisitionが「まだ10人選考に残っている」といいだした。名前につられて人が集まるところはすげぇなと感心すると同時にげんなりした。

インド企業とイスラエル企業の面接も順調で3次面接が終わり、役員と社長面接をそれぞれ残すのみとなった。意外と英語の面接にも慣れてきたようで通過率が上がってきているように感じた。

自席で一人面接通過通知にほくそ笑んでいると、相変わらず金切り声を上げる上司の声が耳に入る。不幸にしてわたくしのデスクは上司が視界に入ってしまう。そしてこの企業の現地化は東京オフィスのデスク周りに徹底化されていて、日本式のパーティションの低い仕様になっている。北米外資仕様の背の高い個室のようになるcubicleでなかったことが悔やまれる。チームのメンバーの名前を叫んで呼びつけると部下が「あぁ?」と言って上司の席に向かう。日本語で理解すると部下が上司に喧嘩を売っているようにも見える光景にもそろそろ慣れた。わたくしの席の前に座る職歴最強先輩が”あの返事の仕方外国人にもゆるされるのか、試してみたい”と社内チャットでメッセージを送ってきた。その光景を想像すると爆笑を抑える自信がまったくなかったので「おすすめはしません」と返しておいた。

いよいよ決戦は水曜日である。

次へ続く



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?