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『何が母を変えてしまったのでしょう。」


幼い私が言うことを聞かなかったから。
お金に余裕がなかったから。
一人で何でもこなすしかなかったから。

その原因は色々あったことでしょう。
ですが、あの頃の母に一番必要だったのは、
「頼る先」や「話を聞いてくれる人」だったのではないかと思います。
お金がないから心に余裕が生まれないというのも一つの解釈なんだと思いますが、そのお金を作ることですら、ずっと一人を考えていたって限界があって誰かに話すことで視野が広がり選択肢が増えるはずです。
そんな風に孤独を感じたり、助けを求める場所がないと感じてしまう状況、環境を作ってしまったことが大きな原因なのではないかとそう思います。

これは小学一年生の時、私が母に
     「なんでうちにはサンタさんも誕生日もないの?」
と聞いたときに母から言われたことです。

母『お母さんが毎日どんな思いで仕事して
  あんたらのこと見てると思ってるん。
  そんな分かり切ってること聞かんといて。
  あんたなんか生まへんかったらよかった。』

こう言ったあと母は泣きながら私に謝っていました。

私はこの時言われたことが今でもよく夢に出てきますし、心の底から憎い気持ちも湧いてきます。
ですが、そのころの母にとってそれは、限界がきて漏れてしまった本音だったのでしょう。
そして、母にそういわせるまでにしたのはその時の環境であり、本来、母子家庭や母親を救うはずの制度だったんだと今はそう思います。

だから私は、母のことを憎いと思う気持ちと同じくらい「なぜ誰も母に手を差し伸べてくれなかったんだろう」という疑問と怒りを感じています。

親にとって話を聞いてくれる人がいなかったり、親にとって助けを求める場所がなかったりすることが親を追い込み、その影響がトラウマや「虐待の連鎖」といった言葉の呪縛ようにその子供にも降りかかってしまうのです。
そしてこの負の連鎖を断ち切るために母子家庭や、様々な事情を抱えた家庭の声に耳を傾けて、各々に必要な助けが行き届くよう環境を整えることが必要だと思っています。

これはあくまで私個人の考えですが、
母子家庭に生まれ、虐待を受け、施設で育った私が感じたことです。そして少しでも多くの人にこういった考えが届いてほしいと心からそう思います。

私は絵を仕事にしながら、過去の経験を踏まえて伝えられることや気づいたことを伝えていきたいと考えています。
なので絵の依頼やこういったツールを通じて実績を作り、多くの方に認知していただけるよう活動していきますので、ぜひ拡散お願い致します。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 絵のオーダー、またはその他の仕事はメッセージからお願い致します。なお、絵のオーダー価格は依頼者様にお任せしておりますので、ぜひ気軽にご依頼ください。





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