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特別でいるために出来ること。

特別で居たい。埋もれたくない。認められたい。必要とされたい。

そういった感覚は、どうしても自分の中に湧き起こる。
私はこの承認欲的な思考を満たすためには、異端で居ることが必要だと考えている。
異端で居ることでこそ、安心感を得ることができ、成長を感じることができ、充足感を得ることが出来るのである。

承認欲を分解する。

異端についての話に入る前に、承認欲求についての分解から始めよう。
承認欲求は、他人から認められたい。他人から価値を感じられたい。と言った感情のことである。
とにかく感じたい。安心したいという理由や、特定のコミュニティに所属し続けるために、と言った理由でも、承認欲は発生する。
筆者の発生する内容をまとめると
・自分自身として認めてもらいたい。
・仕事を頼まれるようになりたい。
・学生レベルだと思われたくない
・誰でも出来ると思われたくない。
・埋もれたくない。
といった具合だ。

この欲を満たすためは、
自分自身の輪郭を、
様々なアウトプットによって
作っていく必要がある。

小説を一度でも書けば、小説を書く人という輪郭が描かれる。デザイナーの学校を卒業すれば、デザインの出来る人という輪郭が描かれる。

ここでいう輪郭とは、言い換えると他者との境界である。人が認識出来る形で、違いがあることで、それは個人の輪郭として線として存在し、それぞれを特別だと認識することができるのである。

この、境界を自分自身が濃いと思いたい
という欲のことをある種の承認欲と呼ぶのである。

コミュニティと境界

では、他者との境界を強いものだと思うには、どうすれば良いのだろうか。

まず、一つは小さなコミュニティでの活動密度を高めることである。例えば友人。友人関係の中では得意不得意が違う人が集まっている。絵がちょっとでも描ければ、文化祭の冊子の表紙を任されたり、ちょっとでも足が早ければリレーのアンカーになる。カラオケで歌が上手ければ歌って歌ってと言われ、歌手よりも上手でなくとも、歌手と同様に熱狂を浴びる。
コミュニティが小さければ、多少輪郭がぼんやりしていても、輪郭の違いは明確であり、異端であり、尖っているのである。

しかし、昨今デジタル機器の技術が進歩し、あらゆる人をコミュニティだと勘違いするようになり、反対に近いコミュニティを避ける傾向にある。この変化は、現代人特有の焦りを生み出す。改めて小さなコミュニティでの時間を増やし、その密度を高めることが必要であると考えている。

境界の輪郭を強めるにはもう一つの方法がある。

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