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電子メールとマナーの話

「FF外から失礼します」という言葉がある。主にTwitterで、「フォローしたりされたりしていない関係であるのにメッセージを送る無礼をお許しください」という意味だと思われる。そもそもTwitterはシステムとしてメッセージを受け取る相手を設定可能であり、FF外からメッセージを送ることができるということは、そのアカウントがそれを許可している、ということなのだが、それにも関わらず「FF外から失礼します」と言う、というのは興味深い。

一方、LINEのようなツールは、事前に相手の承諾がなければメッセージを送ることができないし、一度許可した後でも、許可を取り消すことができる。普段、相手の承諾があって初めてメッセージを送れるツールを使っていると、承諾なくメッセージを送ることが失礼だという認識が生まれるのではないだろうか。そういう意味では、相手のIDさえ知っていれば承諾なく一方的にメッセージを送りつけることができる電話やメールはかなり不躾に思えてくる。

その不躾な通信手段である電話やメールだが、さらに電話はメールに比べて不躾だと思われる。非同期通信ツールである電子メールに比べ、電話は相手に同期を強制するから。

そんなことをTwitterでつらつら書いていたら、「夜にメールを送るのは失礼」という文化があることを知った。そもそも電子メールとは、郵便を電子化したものであり、本質的に非同期通信である。非同期通信とは、簡単に言えば「相手側が準備ができているか気にしないでメッセージを送ることができる」仕組みであり、それが大きなメリットであるはずのものだ。それが「送信時間」を気にしなければいけないとはどういうことか?

この疑問に対して、二つの意見が寄せられた。一つは、「メールを受信する時に通知音がなる設定にしている人がいる」というものだ。主にPCでメールを読み書きしている僕にはあまり想像できなかったが、スマホでメール受信時に通知音を鳴らす設定をしている人は結構いるらしい。高校生など、メール相手が仲間や恋人、バイト先だったりする場合、通知音をつけたいという気持ちはわかる。そしてそのまま大学に来て、夜中にメールが飛んできて驚く、ということもあるだろう。

もう一つの意見は、「営業時間外にメールが来ると、相手にプレッシャーを与える可能性がある」というもの。例えば、大学で指導教員から金曜日深夜にメールが来たら、「遅くとも日曜日中に返さなくては」というプレッシャーを感じる学生さんがいるかもしれない。

「営業時間外にメールをしては失礼」という文化を聞いた時、まず僕が思ったのは「え?海外にメールする時はどうするの?」というものだった。通知音の問題なら相手側の夜に送るのは失礼であるし、プレッシャーの問題ならこちら側の夜に送るのは失礼にあたる。つまり、時差がある場合、この二つの「マナー違反」の同時回避が難しくなる(お互いがギリギリ営業中な時間を探す、とかすればなんとか……?)。

しかし、そもそもマナーとは理屈ではなく、結局のところ「相手がどう思うか」と言う問題なので、そこに合理的な理由を求めるのはあまり筋が良くないのかもしれない。

例えば、ある人が葬式に出席する際、姑から真珠のネックレスをしていないことをとがめられた、という事例がある。一般的に「葬式では一連の真珠のネックレス『までは』して良い」というマナーが採用されることが多いが、「一連の真珠のネックレスを『しなければならない』」という地域があるらしい。これは理屈ではなく、そのような装飾をしなければ非常識とみなされ、喪主にも失礼だし、その人の家族も恥をかくという。とにかく、そう思う人がいる。

この例は特殊だと思うだろうか?ではネクタイはどうだろう。例えば商談の際にネクタイをしない、という行動で、相手側はなんら不利益を被っていない。商談相手が首に何か布を巻いているからといって、いったい話し合いに何が影響するというのか?しかし、現実問題として「ネクタイをしていないとフォーマルではない」と考える人がおり、「商談にネクタイをしてこなかったということは、相手を低く見ている」と相手に思われるリスクを考えると、ネクタイをしない、という選択は取りづらい。真珠のネックレスと同じ構造である。ただ、それを気にする人が多いか少ないかだけの違いである。

マナーの話は難しい。「相手を敬う心がマナー」というお題目はあるが、結局のところマナーとは局所的な文化であり、インターネットのように時間、空間を跨ぐ場合にどう考えるべきかは自明ではなく、そこに杓子定規にローカルなマナーを適用しようとすると珍妙なことになる。

しかし、僕はこの一連のやりとりで得るものもあった。「夜中に先生からメールを送ると学生がプレッシャーに思うかもしれない」という考えは、それまで僕にはまったく欠けていた知見だ。これはマナーというよりは心理安全性の問題で、僕がメールを金曜深夜に送ろうが、その返事を月曜日に返してもなんら問題ない、という「心理安全な空気」を作らなければならない。このような「心理安全な空気」は勝手にできるものではないので、折に触れて明示的に伝えていかないとな、と思った。

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