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オンラインとリアルの境がわからなくなってきた


noteにいる時間が長すぎるっていうわけでもないのですが、私の日常や考え方を変えていることは間違いないようです。そこで、リアルとオンラインの境目について考えてみました。


実は私、境目というものがあまりわからない性質を持っているのかもしれません

外国人には何の抵抗もなかった⇒だって私は相手が話せないであろう日本語を話せるから(同じ能力を持ってるじゃん!と真剣に思ってました)
先生を偉いと思ったことはなかった⇒だって私の方が体が柔らかいから(先生に出来ないことが出来るんだよ)
子供と大人の境目がわからない⇒だって子供にもはっきりとした意思があるから

私の頭の中では、全員同等!!

特別な感情がない限りは、誰に対しても同等です。知らない人に話しかけられて、それがすごい人でも関係ありません。同等じゃないときは、相手が自分の大好きな人だった場合です!!嬉しいという感情が勝って、舞い上がります!肩書とか性別とか国籍とか関係ない。相手を大好きか、そうじゃないかに何か私の境目があるように感じます。

小さいときからずっとこんな感じなんです。変な育ち方をしたのかな??
私はよく一般的に使われる境目を見失います。笑。



先日、タノ先生のグラログ教室を受けました。なんで受けたのか、受けてみた感想は別の記事に書こうと思います。今は「オススメです!!」とだけ、お伝えします。


タノ先生は、私が大好きなnoterさんのアイコンを作った人として初めて認識して、note内で知り合いました。実はただフォローしてる人なだけではなく、長女がたまに受けているオンライン授業の探究学舎の先生と、タノ先生はリアルで知り合いです。オンラインと現実の世界が絡み合っています。

ちょっと複雑。笑
そこでオンラインと現実の境目について考えてみました。


ちょっと離れた地元の友達とLINEで話してるから、もはやオンライン。
zoomで話している私は、オンラインにいるんだけど、現実でもある。

どこからがリアルで、何がオンラインなのか??

私には、オンラインとリアルの境目がわからない。


普段、ママ友と話す時間と同じぐらいnoterさんの記事を読んだりコメントしたりしています。こないだ本屋で漢字の本を探している知らない人に、うっかり「まねび茶屋」気分でアドバイスしそうになりました。笑。noteが好きで境目が消えているのかもしれません。

現実世界では非常識が目立ってしまいますので少し配慮しなければいけないなと思うのですが、オンラインか現実ではなく、好きかそうじゃないかで判断するとオンラインも現実も一緒じゃない??

で、オンラインと現実を分けられるのは、大人はオンラインがない時代に育ったからかもしれない。。。と思ったりします。

ネットネイティブな子供には、オンラインもリアルも一緒だよね。zoomやスカイプでしか会ったことなくても、毎週オンラインで会ってたら先生だと感じるだろうし、そこの境目って彼らにはあるのかな??
リアルと何か違うのかな??どっちでも学ぶことは出来ているよね?
じゃあ、ゲームでチャットしながら一緒に戦いに行くことは、公園で友達と虫を追いかけるのと何が違うんだろう??目が悪くなるとかそういうことじゃなくて、ゲーム上の友情と、リアルの友情の違いって何??


境目オンチの私には、わからないんです。
だけど、オンラインでもリアルでも他人に対する思いやりの心が大事で、結局は人間性が問われるんだなと感じています。子供たちはオンラインと現実がごっちゃ混ぜになっているのが当たり前だと思うから、苫野一徳さんの「自由の相互認証」や、倫理についても、(大人である私も一緒に)勉強したほうがいいんだろうな。。。

オンラインでもリアルでも目の前の相手を思いやる。自分が好きか嫌いで判断する。自分が嫌いでも否定はしない。すごくシンプルなんですけど、今よりもっと大事な価値観になるのではないかなと思います。

オンラインでもリアルでも大事なことは一緒。

最後まで読んでくれてありがとうございます。 スキ、コメントは私のやる気になります!!それだけでとっても嬉しいです♪♪もしサポートしていただけるのなら、娘達の野外活動に使いたいと思います!!