理想の上司で、くらう。

「自分はエンパス・HSPだな」と自覚したのは2年くらい前だったと思う。その、気付き始めた頃にくらった話だ。

その頃私はかなり男臭い職場にいた。職種は技術系で、年齢は40代半ばだけど金髪やヒゲやどカラフルなパーカーなどを着る元気な人たちが集まるやんちゃな会社だった。先輩たちのプロとしての仕事ぶりは日々尊敬していたし人間的にもいい人たちだった。そんな人間関係100点の職場でありながら、やってみたら得手不得手で言えば完全に不得手な仕事だった。それでも仕事ができない分、週に3度はやっていた飲み会ではバカみたいな量のお酒を飲んで騒いでカバー…はできていないが、とにかく毎日笑って楽しく過ごしていた。

そんなやんちゃな会社で一目置かれる存在がタカさんだった。タカさんは先の尖った靴と穴あきデニムをいつも履いていた。きっと元ギャル男だったんだろう。日焼けした肌に全盛期の木村拓哉風のパーマをあてていて、加藤鷹とカンパニー松尾を足して2で割ったようなルックスだった。奥さんはとても可愛いギャル系の女性と聞いて、ものすごく納得してしまった。

タカさんは他の先輩たち同様仕事ができて、頭の回転がとてつもなく早かった。そればかりか人間としてもかなり大人で、ちょっと面倒なタイプの上司もタカさんには全信頼を置いていた。そこの調整がうまくできていたから職場の人間関係があそこまで良かったんだと思う。

そんなある日。仕事の打ち合わせでテーブルについたら、理想の上司・タカさんがすっと左隣に座った。「(えっ、タカさん自分みたいな下っ端の隣に座っちゃう!?)」と、後輩としてちょっとだけ名誉に浸った次の瞬間。

くらった。ダメだ。どわっと黒いものが広がった。ぐらぐらと身体が縦揺れしそうなのを抑えるので精一杯で、喋りたくても口をまともに開けない。とにかくこの場から離れたい。でも離れられない。

なにより「(えっ、あのタカさんで?)」という動揺があった。

私が「くらう」のは、なにかよくないものを持っている人だから。こんなに仕事のできるいい人で?ギャル嫁に毎日行ってきますのキスをして、40半ばだけど日サロで肌を焼いて、キムタクパーマをあてる人で?と、体の辛さはもちろん、そっちの驚きも激しかった。

タカさんはこう見えて、裏ではめちゃくちゃ悪い事をしていたのだろうか。しかし、どのレベルの悪い事をしているのだろう。女か。金か。蹴落としか。裏切られたような、少し寂しい気持ちになった。

するとタカさんが「これ、あいつ(後輩)にもらっちゃったよ」と、カバンから封筒を取り出した。香典だった。最近お父様が亡くなったらしい。

「あいつの嫁めちゃくちゃしっかりしてるよな。あいつがバカな分」「そう!投資とかもあいつの嫁やってるらしいし」「いやあ感心するよ」いい奴だけど中身が小学6年生のような同僚の奥さんの話で先輩たちは盛り上がっていた。

自分の中では「(エンパスってこんなパターンもあるの!?)」と唖然とした。私の体ではまだ、くらったものが左肩甲骨の辺りでうごめいている。顔も表情が固くなっていたが、なんとか口角を動かして、話にリアクションをしてみた。結局、この後の打ち合わせでもまともに喋る事はできなかった。でも心の中では「(タカさん、悪い人じゃなくてよかった)」と、感謝の気持ちすら感じながら深く、心の底から安堵した。

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