見出し画像

著作権と所有権

本稿では著作権と所有権について整理します。まず書(今回注目する事件では美術の著作物(絵画などのことです)として扱われています)についての有名な事件とその判決をみて著作権と所有権の違いを把握し、その後に著作権と所有権についてより深く整理していきます。

顔真卿事件

顔真卿事件という事件がありました。

事件の概要

顔真卿: 中国の著名な書家。Wikipediaリンク
所有者: 顔真卿の書「顔真卿自書建中告身帖」(以下、本件書の所有者
撮影者: 本件書のXより前の所有者から許諾を得て本件書の写真(以下、本件写真)を撮影したもの。
継承人: 撮影者の継承人
出版社: 継承人から本件写真の写真乾板を譲り受け、これを利用して本件書の複製を作り、これを掲載した和漢墨宝選集第二四巻「顔真卿楷書と王澍臨書」(以下、本件出版物)を作成し、出版した

訴えを起こした者の主張と請求

所有者は出版社の本件出版は所有者の所有権を侵害する行為であるとして、出版社に対して本件出版物の販売の差止めおよび廃棄を請求した。

  • 所有者の主張

    • 出版社は所有者の所有権を侵害している

  • 所有者の請求

    • 本件出版物の販売停止及び廃棄

判決

一審、二審ともに所有者の請求は棄却されたため、所有者は最高裁へ上告したがこれも棄却された。

判旨

本事件の判決においては「美術の著作物の著作権」と「その著作物の原作品の原作品の所有権」との関係について明確に論じ、非常に重要であるとされます。

  1. (美術の著作物の原作品の)所有権は、著作物の有体物的側面に対する絶対的支配権であるにとどまり、著作物としての無体物的側面に支配は及ばない

  2. 美術の著作物の著作権による排他的支配権は著作権の保護期間においてのみ著作者が専有する。

  3. 著作権の保護期間においては著作権と所有権とは個別に存在し、保護期間が終われば著作権は消滅し、パブリックドメインとなる。なお、所有権は変わらず存在する。

1〜3、特に1の点が本稿の肝となります。言葉が専門用語ばかりで意味がよくわかりませんね。これらの意味を明らかにするために以降で「所有権」と「著作権」を整理し、再度振り返っていきましょう。

所有権

民法上の権利

所有権は民法上の権利です。まず民法で規定される権利について整理します。民法上の権利は大きく分けて2種類の権利があり、それは物権と債権です。色々な権利がありますが今回は所有権に絞ってみていきます。

  • 物権:有体物に関する権利

    • 占有権:実際に占領することによる権利

    • 所有権:物の有体物的側面に関する包括的な支配権

    • 用益物権:土地の使い方についての権利

    • 担保物権:土地などのものを担保にする際の権利

  • 債権

    • 債権一般:人になにかさせる権利の発生から消滅について

    • 契約:契約の類型ごとの整理。

    • 事務管理・不法行為・不当利益

有体物

物権および所有権の説明では「有体物」という語が出てきました。判旨1にも出てきましたね。有体物とは「固体・液体・気体」のいずれかの状態にある物を指します。もちろん、大洋や大気は含みませんが…。例えば、氷、水、水蒸気は有体物であり、所有権の対象となりえます。

また、電子データや知的財産は有体物でない物(これを無体物といいます)とされます。

以上から、次のように整理できます。

  • 著作物の有体物的側面

    • 例えば今回の書についていえば、原作の書の半紙に固定された書という、具体的に手から手へと取引できるような物体としての側面

包括的な支配権とは

所有権とは、以上のことから、「固体、液体、気体に属するような物体について包括的に支配する権利」とまとめることができます。では包括的な支配とは何でしょうか。

これは所有権と対象となる有体物について(法令の範囲内で)自由に使用し、収益し、又は処分することができるということです。所有する物について我々は他人に貸すこともできますし、他人に売り渡すことも、捨ててしまうこともできます。

著作権

次に著作権について見ていきましょう。著作権についてはこちらのnote「著作権概観」にて大まかな説明を行っていますが、無体物という概念は登場しておりません。著作権の対象たる著作物の定義を見返していても「具体的表現」であり、一見有体物のようです。著作権と無体物はどのように関係するのでしょうか。

著作権法と無体物

まず著作権法がどのような法律であるのかを整理しましょう。

著作権法は知的財産法の一つです。知的財産法の分類とその対象は概ね以下のようになっています。

  • 特許法:発明を保護

  • 意匠法:工業デザインを保護

  • 商標法:ロゴ、商品の見た目と企業の関連を保護

  • 著作権法:表現を保護

これを見るとなんとなくわかりやすいですね。発明(アンモニアの新しい工業的生産方法やアルゴリズムなど)や工業デザイン、ロゴ、商品の見た目はいずれも確かに文章や図絵など形を与えれれていますが「有体物」の定義には合致しないと感じられます。また、著作権法の対象たる表現も、表現されるのは紙の上だったり物理メディアの上だったりしますが表現それ自体に注目すれば具体的な紙とかCDとかからは離れて考えることができるでしょう。とくに昨今はそもそもデジタルデータとして作成されますし。

このように知的財産法は「有体物」でないもの、つまり「無体物」を対象とする法律です。

さて、このように著作権法における著作物も「無体物」と捉えることができる事がなんとなくわかってきました。

著作権法の対象の著作物はたしかに「具体的な表現」ですが、あくまで表現が対象であり、「表現が固定された紙などのメディア」ではありません。こう整理すると確かに著作権の対象は「無体物」ですね。

無体物に対する排他的な支配権とは

さて、判旨では著作権は無体物に対する排他的な支配権であるというような内容がありました。所有権の有体物に対する包括的な支配権は所有する物を自由に使用、販売、廃棄などする権利でした。では無体物、具体的な形のないもの、に対する排他的な支配権とは何でしょうか。

これは著作権条の権利、複製・発信・流通・翻案を排他的に、つまり他の人を配して自分だけで独占して、行うことができる、という意味です。

整理しましょう。

  • 著作物の無体物的側面

    • 例えば今回の書についていえば、原作の書の表現それ自体としての側面

まとめ

さて、最後に判旨を振り返ってみましょう。

  1. (美術の著作物の原作品の)所有権は、著作物の有体物的側面に対する絶対的支配権であるにとどまり、著作物としての無体物的側面に支配は及ばない

  2. 美術の著作物の著作権による排他的支配権は著作権の保護期間においてのみ著作者が専有する。

  3. 著作権の保護期間においては著作権と所有権とは個別に存在し、保護期間が終われば著作権は消滅し、パブリックドメインとなる。なお、所有権は変わらず存在する。

これをこれまで整理した内容を使って噛み砕いてみましょう。

  1. 著作物の原作品の所有権は、著作物の表現が固定されたメディアを含めた実際に手に持てるような物体としての側面についての権利で、使用、売買、廃棄などを包括的に行うことができる権利を意味します。そして、この権利は表現それ自体については及びません。

  2. 著作物にたいして複製・発信・流通・翻案を独占して行う権利は著作権の保護期間において著作者のみが専有します。

  3. 著作権の保護期間が終われば著作権は消滅し、所有権のみがのこります。

おわりに

なるべく述語を避けて、使うならこのnoteの中で説明するように心がけたつもりです。かなり抽象的な議論を扱ったのでわかりにくいかもしれませんが、著作権と所有権は別で、著作権の原作を持っているからといって他人の所有権に基づく権利行使は必ずしも止めることができるとは言えない、という部分を抑えていただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?