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「ヒト」ってなあに?

1:はじめに

こんにちわ、かくです。

今日はこんなお題。

「ヒト」と「ほかの生き物・動物」の違いは?

です。

別に、心理学者でもないですし、哲学者でもありません。まあ、そんな高尚な事を書ける訳でもありません。ただ、昨日から読み始めたあるマンガから閃いた部分があったので、書いてみます。

そして、10月になってからTwitterでも発信している

「臓器移植普及推進月間」
「脳死はヒトの死か?」

にも繋がる命題だとも思います。

2:「ヒト」と「その他の生き物・動物」の違いは?

分かりにくくなるので「ヒト」と「その他の生き物・動物=動物」として書いていきますね。

そもそも、僕は「ヒト」と「動物」の違いは

「ヒト」は思考する動物である。

と漠然と思っていました。

「思考」といっても、本当に漠然としています。ただ、動物の行動は、「思考というよりも本能に基づくもの」だと思う部分が大きかったんだと思います。

そして、今回また新しいキッカケを貰えたマンガが

「自殺島」

というマンガです。

簡単なあらすじですが

「主人公セイは自殺未遂を繰り返した末に、「生きる義務」を放棄した意思を示す書類にサインをする。病院のベッドの上で意識を失ったセイは、目が覚めた時、自分がまだ生きており、そして自分と同じ未遂者達が周囲に何人もいることに気付く。そして、ここが自殺を繰り返す“常習指定者”が送り込まれる島「自殺島」であることを知る。その直後、未遂者達は飛び降り自殺をする瞬間と死に損ねた者のおぞましい姿を目の当たりにし、一時自殺することを踏みとどまる。“死ねなければ生きるしかない”彼らのサバイバルが始まる。」

というサバイバル物です。

その中でのワンシーン。
「自殺島」内に生息している野生のシカの親子を見かけた主人公達の中の一人が言った言葉

「何でシカ達はあんなにきれいで・・・、力強いんだろう・・・」

「・・・きっと、純粋だからなんじゃないかな・・・。生きる為に食物を求め、走り、泳ぎ、飛ぶ。陽光を浴び、満ち足りれば眠る・・・。皆・・・生きる為に生きてる。この島の・・・、いやすべての生き物が生きる事のみで生きる喜びを知っているんだ。僕ら、人間以外は・・・・・・・」

逆説的ですが、

「生きる為以外の生きる目的を持てる。」
「生きる事以外でも喜ぶことができる。」
これが、「ヒト」が「動物」と違うところなのかなあ

と思いました。

「生きる為ということ以外の生きる目的」とは、それこそ何でもいいんだと思います。
「医師になってたくさんの人を救いたい」
「起業してお金をたくさん稼ぎたい」
「アーティストになってたくさんの人を笑顔にしたい」
「芸人になってたくさんの人を笑顔にしたい」  などなど。

「生きる事以外でも喜ぶことができる」もたくさんあります。
「好きな音楽を聴く」
「好きなゲームをする」
「ギャンブルをする」
「セックスに溺れる」
「好きな食べ物をたくさん食べる」
「世界一周旅行をする」 などなど

これは、「ヒト」にしかできないことです。

「ヒト」も属性でいえば動物ですが、動物の中で異質な存在であるのも「ヒト」です。そして、本能として「生きる為に生きる」ということを備えているのもまた「ヒト」だと思います。

「自殺島」自体が読み始めて、まだ1巻を読み終わっただけですので、この先の展開で考え方が変わるかもしれませんが、

「ヒト」だからこそ、「生きること以外の生きる目的をみつけなくてはいけない」と思ったり、「生きる事以外でも楽しむことがないといけない」と思って、苦しむこともたくさんあるのだと思います。

そして、そのために、本来備わっている「生きる為に生きる」という本能が潰され、

「(生きる事以外のもののために)生きる事が嫌になり、死を選択していまう」

という悲しい点もあるのが「ヒト」なのかもしれません。
僕は動物学者でもありませんが、「ヒト」以外で、自分の意思で(本能ではなく)自死する「動物」を僕は知りません。

「うつ病」などになった際や「仕事などに疲弊し精神的に参ってしまった時」に「休む・逃げる」という選択肢がありますが、これは「生きる為に生きるという本能に戻るため」に必要なことなのかもしれませんね。

3:「ヒト」の死とは?

ここまでもそうですが、ここからもすべて僕の解釈です。人それぞれの解釈があって当然だと思います。そこはあらかじめご了承ください。

「ヒト」とは何か?「ヒト」と「動物」の違いは?

僕のこれまでの考えや、前述したようなことからすると、

「生きる為に生きる」という選択しかなくなった状態
「思考すること」ができなくなった状態

が「ヒト」の死かな?と思います。ただし、「動物としての死」ではありません。あくまでも「人としての死」です。

「脳死が人の死か?」

というのは、本当に様々な議論がなされています。そして、どれだけ脳神経学の権威ある方々が「脳死を人の死」と判断したとしても、法制化したとしても様々な例外的な報告があるのも確かです。

そうなると、

「自分たちが自分たちの責任で考える」しかない

んだと思います。

僕は、自分の責任で、自分なりに考えて、

「脳死は人の死」

だと考えています。ただ、「動物としての死」ではありません。「動物としての死」はこれまで通り従来の判断で死亡確認された場合だと思ってます。

4:さいごに

偉そうに書いてきましたが、まあこんなところです。

「生きてるだけで丸儲け」
「命あっての物種」

とはよくいったもので、「ヒト」といっても所詮は「動物」。「ヒト」として踏ん反りかえってますが「動物」です。

「ただ生きてるだけでいいや」とは思いませんが、属性としては「動物」なんですから、苦しい時には「まっ、生きてるからいいか」と開き直るのも大事かもしれませんね。「生きる目標がない」といっても「ヒトという動物」として考えるなら「生きる」という「立派な目標」がある。

「自殺島」自体は読み始めたばかりですが、なんだか当りな気がするマンガなので、これからも楽しんで読んでいきます。

「マンガを読んで楽しくなれたり、悲しんだりできる」のも「ヒト」だからこそと思いますから。

それでは、またお会いしましょう。

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