真・電撃結婚 地球廻しノ段!!

第零章  “S”AMEN 

「ああああ!!!」 

「アアアア!!!」 

 なんと、これはいわゆる膣痙攣! 男は焦って腰をぐるんぐるん捻りなんとかペニスを抜こうと足掻くが、なんとも力強きはその膣圧。万力のごとく締め上げるマン力に手も足も出ず、せめて精液さえ出せればイチモツも縮んで隙間ができようはずが、痛みにもめげす未だ天を向き続けるその分身。女は金切り声をあげ男を足で押しのけようとするも、しっかと銜え込んだ恥部は離れがたしと抱き合ったまま。 

「いてえ! いてえよファック!」 

「痛いのはこっちだよ、とっとと抜きやがれアアアッ」 

 互いに罵声浴びせる勢いは激しいが、内心とんと困り果てる両者。このままいけばやがて世話になるのは救急車。産科か婦人科かあるいは外科か。尻丸出しで腰を押さえられすっぽんと抜いてもらえばそりゃ助かるものの、守る恥もない男と異なり、嫁入り前の身にはとても耐えがたき屈辱。携帯電話にちらちらと視線やりつつもヘルプミーを叫ぶにはちと覚悟が足らぬ。頭の横に転がるローションボトルを鷲掴み、仏にもキリストにも祈るつもりでだばだばと股を濡らすも、太ももの摩擦係数が減るばかりで接合部の噛みあいに変わりなし。そうしているうち襲い来る第2波! 

「ああああ!!!」

「アアアア!!!」

 女はたまらず首をのけぞり、その苦悶の顔は艶やかにして目に宿る色は夜叉のごとく。男半泣きで目をつぶり、何とか高みに達しようと狂ったように腰を振る。奉仕の甲斐あってかやや緩む壺を気合で擦りあげ、希少なる5ミリリットルの粘液今放出を果たした! 

「おお……ッ!?」

「アアーーッ!?」

 おお、精を放ってコンマ8秒、なんと誰もが目を剥くこの惨劇。見るがいい、男と女は結合部分を軸に、目に見えぬ力によって引きはがされた! 天使のいたずらか、悪魔のたわむれか。今までしっかと抱き合っていた性器と性器は相手の体を拒絶するかのように互いを弾く。ずっぼんと音立て逆方向に吹き飛ばされた哀れな二人は、それぞれ窓枠と壁に仲良く頭ぶつけて悶える始末。女はそのまま大股広げて失神し、男は服かき集めると下だけ履いて這う這うの体で逃げ帰る。 

 ズボンずり上げ走り去る男は知らない。自身の体の異変を! あの瞬間、二人を弾いたその原因は、紛れもなく男の精液にあったことを! そしてこの瞬間から、男の体に巣くう大いなる力はますます回転数を上げ、その回転はやがて地球全体を巻き込む事態になることを!

第一章  “S”ENGAN 

 時は4時間前に遡り、この記念すべき一日はここが始まり。男が目を覚ました時はすでに日も高い午前11時。痛む頭に吐き気をこらえてさあ迎え酒酒と冷蔵庫探るもやはり中身は何もなし。賞味期限いつかもわからぬ料理酒飲んで一歩歩いて流しに吐き出す体たらく。仕事の誘いがあるじゃなし、さて今日は何をするかと携帯開いてぽちぽちやってると、返ってきたのは色よい返事、本日夕方より楽しく遊ばないかと謎めいたその文面は、起きたばかりの男の股間熱くするのに申し分なく、心躍らせていそいそと返信。送信ボタン押してこれで良し、さて時間までどう暇をつぶそうか。この世に焦らぬプー太郎ほど気の楽な輩もいない。財布開いて一つ頷き、よしパチスロにでも繰り出すかと、土産物もって女を訪れる皮算用に顔も緩み、その脳内には来月の金繰りのことなどすでに忘却の彼方に飛んでいた。 

 意気揚々と服着替え、ばしゃばしゃと顔洗い、さて髭でも剃ろうと電気シェーバー取り出すが、どういったことかうんともすんとも動きを見せぬ。俺の剛毛に恐れをなしたか貧弱者めと妄言吐きつつあちこち弄りまわすその姿はもはや痴呆めいて、ついには匙を投げ引き出しから剃刀引っ張り出した。石鹸泡立ていざ勝負と顔にひたり押し当てた瞬間!

「いてえ!」

 ズバシャ!!いきなり皮膚一枚裂き顔面に潜り込む刃先!恐慌と痛みに騒ぎつつ、なおも肉に埋もれようと沈む剃刀掴み直し、えいやとばかりに引っこ抜けば途端溢れる鮮血。口元、のど、腹まで濡らすその液体に、せっかく着替えた一張羅がもう駄目になってしまったと明後日の思考繰り広げるも、痛み紛れるはずもなくじんじんと広がり男はすでに涙目。切った張ったでハラワタまき散らしていたあの時代はもはや遠く、血の色が珍しくなった今日この頃、特に男連中は日常その赤色を目にする機会もほとんどなく、幼少期の擦り傷か病院での採血ぐらいしか眺めたことのない箱入りっぷりも珍しいこととは言えない。 

 ひとまず止血とそばにあったタオルひっつかみ傷口に押し付けるもつかの間。

「いてえ!」

 洗面所に落ちていたはずの剃刀が突然跳ね上がり、男の腕に食い込んだ!AAAGHHH!わが身に映る事態は認めがたく、しかしその痛みは紛れもなく現実、体勢整える余裕もなく腕切り落とされちゃたまらぬと刃先掴んで今度はくず入れに投げ込み、ふた閉めてほっと一息。男の頭に分別の2文字はない。顔面押さえつけ洗面所から逃げ帰り、さて傷の手当てと目論むもろくな道具があるわけじゃなし、仕方がないとティッシュ畳んでテープで張り付け、血が垂れてこないだけでもありがたいと新しい上着探すその脳内は、先ほどの怪奇現象について疑問に思うこともなく、酒が残っていたせいで手が滑ってしまったと無理に自分納得させて済まそうとする態度。十数分かけようやく血も止まり、部屋にいるのも気味悪く、朝の悪い空気を吹き飛ばさんと玄関から転がり出る。 

 後々思い返すにこの判断、実によく勘が冴え、あのまま部屋でぼんやりしていたら、くず入れのふた開け飛び出した剃刀に五臓六腑も切り裂かれ、ゆくは浄玻璃の鏡に映される運命に違いない。想像するだに恐ろしいと震える未来の己もいざ知らず歩く午前11時半、一日はまだ遥か長く、それはそのまま男の受難の長さでもあった。

第二章  “S”LOT 

 その店は駅から7分、そう広くも狭くもない裏通り、3階建ての建物には遊びの道具がギッチリ詰まり、一見様大歓迎未成年様は裏口からどうぞと声なく誘う、来るもの拒まず去るもの逃がさずのその姿勢はいわば都会の蟻地獄。パの字が取れた卑猥な文字入り自動扉はゴウンと音たて観音開き、とたん溢れる騒音光彩。煙草の煙でくもった空気は肺癌患者が見れば卒倒するであろう光景。マシンの唸りで攪拌されし人いきれがぐるぐると天井に上っては落ちてくるその様子は、盛者必衰とまで言えばいささか過剰な喩えと言えるか。 

 男店内をフラフラと巡り適当な台探すも、一攫千金大逆転を狙うでもなき気楽な足取りは軽く、しかしこのまま懐まで軽くするのは勿体ないと人の手元覗いては睨み追い払われる。足の向くまま歩き回り着いた席は一台のスロット機、ぺかぺかと光るライトに誘われメダル投げ入れる様はさながら夜光虫、あるいは夢遊病者。一発目は小手調べと腕まくり、ダンダンダンと音も高らかにボタン連打するその様子はいかにも通ぶり、しかし目押しもできぬ男、当然出る目は全てでたらめ。いるはずもない己の観客に動揺悟られはしないかと、これもすべて予想のうちよといわんばかりのとぼけ顔が示すのは、他人の目線気にせずにはいられぬ男の臆病な性根に他ならぬ。鼻唄混じりに次を見定めるその佇まい、一見悠然とした顔は余裕装い、しかし目の端には焦りの色が濃く浮かび、隅から覗く店員も思わずほくそ笑む。 

 手元に積んだメダルの高さは上下に揺れ動きつつも確実に数を減らす一方。ついに手持ち底をつき、歯ぎしりしつつも体裁崩さず、まだ勝負はこれからと勇みメダルの追加購入へ。勢い立ち上がる男、尻の財布に手をやった瞬間何が起きたか、ギャッと奇声あげその場に倒れ伏す。まだ酔いが残るか、はたまた酸欠か。腰に感じる痛みは強く、周りの視線はそれより痛く、辛うじて平然装い頭掻きながら立ち上がるその体が、まさか再び横転するとは思うまい。もはや隠す気もない周囲の笑い声のなか、二度の転倒の痛みに顔歪め、目元真っ赤に染めて見たその靴の裏、へばりつくものは常見慣れたあの銀の球。1センチに満たない小さな球体の多くは、床に散らばり光を反射し、負けの込んだ客がこそこそ足でかき集める惨めな光景すら珍しくない代物。どんな原理か引力か男の靴裏にぴたりくっつき、落ちてたまるかと震えるその姿。男は苛立ちと拍子抜けに溜息漏らし、靴の溝にでもはまったかと片足立ちに手を伸ばすが、掴んだはずのそのパチンコ玉、奇妙に抗い離れようとせぬ。足裏引っ張られるような感覚にえいやと一息、ころりと手のひらに落ちる銀の玉、まじまじ見ても変わった様子はなく、靴底に挟まる溝も見当たらぬ。首傾げ片足下ろし、さあメダルへと歩き出したが早いが再び転倒! 3度にわたる騒音に店内怒声鳴り響き、賭け台の音楽歓声と混じり騒音レベルはいや増すばかり。原因の男、再び靴裏晒した瞬間そこに群がる金属球の波!  

「オオオオ!?」

 餌に群がる魚のごとく、卵子に群がる精子のごとく、ジャラジャラと音あげ靴裏に飛びつくパチンコ玉! 上げた右足の下銀球が連なる様子は数珠のごとく、その重みを増していく一方。たまらず再び椅子に腰下ろし、体跳ねた拍子もう片足挙げたのが運の尽き、獲物が増えたとばかりに襲い来る球は、もはや床に転がるそれのみならず、他の客が誇らしげに積み上げた千両箱の中からも飛んでくる。呆気にとられ口開けて見ていた男、自分の成果掠め取られた客の罵声にはっと意識取り戻し、足に銀のひげ根が生えたかのようなこの状況、なんとか打破すべく脚振り回すも効果なし。とりあえずこの重みから逃れたいと靴を脱いだのが大間違い。今まで靴に絡みついていたパチンコ玉、一斉に矛先変えて素足を狙い襲い来る! 靴下に食い込み、足裏にめり込み、体内にまで入り込まんとするその執念はいわば恐怖の足つぼ師! 

「ああああ!! いてえ! いてえ!」 

 もはや目線気にする余裕もなく、への字に口曲げ泣き叫ぶ。今や店内中から暇人が集まり、呆れるように恐れるように珍現象見守るその様子は体張った大道芸ショー覗くがごとく。足裏に収まらぬ銀球は足首を這い上がり、肉を抉るように刺激しながらふくらはぎ、太ももにのぼり、短パンの裾からその先へ。内腿擦る金属の冷たさにヒイヒイ身を捩る男、急にこれまでないほどの真顔、次いで天を震わすほどの絶叫! おおその悲鳴こそ、トランクスの中辿り着き、銀の玉と金の玉が邂逅果たす歴史的瞬間の証! 

「畜生、玉が! 俺の玉が! 玉に!」 

 悶え泣く男の痛みがわかるか。この世に3つの袋あり、給料袋、堪忍袋、忘れてはならぬ金玉袋。その柔らかい内臓の表面にびったり引っ付く固い金属球、ゴリゴリと圧迫するその冷たさに縮み上がるのも無理はない。裏から表から食い込み絞めつくこの仕打ち、男もはや座ってもいられず、どう、とばかりに汚い床に倒れ伏す。下半身から上半身まで埋め尽くさんとわらわら集まるパチンコ玉の大群は、例えれば象にたかる肉食アリ、あるいは冒険者ガリバーを縛り上げる小人の集まり。痛みと冷たさと息苦しさに朦朧とする意識の中、店内放送の明るい声だけが耳に響き、それも耳道に入り込む球によって遮られる始末。 

 ここに一粒のパチンコ玉、周りのそれと変わらず鈍色のこの球体こそ狂乱を終わりに誘う傑物、入り込むことのできない場所に足を踏み入れたその銀球に意図はなく、それはまさに神の采配、悪魔の憐憫。足伝い這い上るくだんの銀球、陰嚢を揉み上げる非情な仲間を尻目に押し流されるがままに上へ上へ、その動き幼子の指を這い上るテントウムシを真似るがごとく、生命の危機にそそり立つ某棒をするするよじ登る。びくびく震える肉塔はいかにも哀れめいて、しかし苦難はここからが本番。頂点まで辿り着いたその球、何を思ったか棒の先に躊躇いもなく潜り込む! たまらぬ暴挙、逃れえない苦境に男はもはや絶叫のち発狂の身悶え。一片の固形物も通したことのない無垢なる尿道は、無慈悲な侵入者によって今まさに処女貫通!  

「ぎゃああああ!」

 激痛とショックに縮み上がったイチモツ、締め上げたパチンコ玉の形すら浮かび上がらせるよう。さあ突如始まった尿道マラソンレース、スタートは定まりながらもゴールは見えず、行き着く先は膀胱か精巣か、道筋を知るは単独進む銀球のみ。下履きに隠されていたのが幸運か、むくりむくりと蠢いては徐々に体内へ侵入せしめんとするその様子、下半身が凸状の者なら揃って内また必須の悪夢がごとき現実。  

 男すでに目を閉じ、己の人生振り返る段階。このままでは三途の川の渡し賃、パチンコ玉で支払う羽目になりはしないかとうつろな頭で考え巡らし、このままスッと失神できればまだ楽だっただろうに、全身苛む銀球責めに意識飛ばすこともできぬ。男最後の力振り絞り、まさに今竿から体幹へ忍び込もうとする銀球、その行方遮らんと陰茎の根元強く絞り、最後の歯磨き粉絞り出す様を思い浮かべ、力の限りしごきあげる! 

「うおおおおお!」

 ぬっぽんと間の抜けた音、しかし男にとっては何よりの福音、尿道から押し出された銀球元の入り口より転がり出て、水気保ったまま床に落ちたのち数センチ転がり動きを止める。その瞬間男の体にまとわりついていた無数のパチンコ玉、急に興味を失ったがごとく圧を失い、ばらばらと音立て地面に落ちる。徐々に露わになる男の外見、最後の一つが肌から離れた瞬間、遠巻きにしていた客の間で自然と沸く拍手喝采。祝福と驚愕の歓声はしかし男にとってただ煩いものに過ぎず、いまだ続く痛みの余韻に体丸める。 

 次第止む歓声、引く熱気、店内は今見た奇妙な現象反芻し、気味悪いとそそくさ逃げるもの、遠くから男の様子窺うもの、そばにあったパチンコ玉放り投げ店から走り去るもの、救急車呼ぶかいや警察かと携帯片手に迷うもの、いずれもまっとうな反応といえる。 

「あの、大丈夫スか、病院呼びますか」 

恐る恐る話しかける勇気はあれど、体に触れ抱き起こすには届かず、男は手助け得られぬままなんとか自力で起き上がる。生まれたての畜生よりかはしっかりとした足取り、しかしその顔は憔悴し、身に起こった出来事受け入れられない様子は哀れみを誘う。靴履き直し、ズボンあげ直し、散らばるパチンコ玉を見たくもないとやや中空に定める視線。かけられる声無視してそのまま店の外へ。通り過ぎる車や人の列目に入れ、急に地に足がついた心持ち、どっと疲れてまずは一服と懐からタバコ取り出し一呼吸。煙に満ちた店から這い出てまた煙吸う行為、とても健康にいいとは言えないが、男はようやく生気取り戻し、大きく溜息零すが同時、耳に詰まったままであった銀球も、ここでやっと零れ落ちたのだった。 

第三章 “S”UBERIDAI

 息も絶え絶え飛び出した街角、下腹部中心に痛みは消えずそのまま道路に座り込みたくも、じゃらじゃらと鳴る銀球の音、今にも背後から追いかけて来るようで、耳押さえたり股間押さえたりバタバタと、傍目からみれば愉快な立ち振舞い。崩れ落ちそうな足支え、鼻啜りつつ歩きだし、ちと時間は早いが女の家に転がり込もうじゃないかと心に決める。煉瓦の家探す豚の兄弟もこんな気持ちかと記憶頼りに進んでは曲がり、なんとか拓けた見慣れた景色に安堵の息を吐き、落ち着いてみればパチンコ店の出来事夢のようにも思え、また女に話したところで一笑に臥されることは考えるまでもなく自明の理。男は急に馬鹿らしく、また先ほど晒した醜態恥ずかしく、こんな状態で女の前にのこのこ進めば尻蹴られて追い出されるのがオチと、ひとまずベンチに腰掛け汗を拭う。時刻は午後2時半を回り、太陽の照りつけやや峠を越えるが、アスファルトの熱反射にじわじわと汗浮かび、ハンカチもなく手で拭っても肌は濡れたまま。安全管理事故防止と次々遊具撤去されたこの公園に日陰はなく、数個のベンチと滑り台と砂場だけがじっと日差しに耐えている。

 瞼閉じても眼球焼く光、眩しさに耐えかね手で目元押さえ、思い出すのは今日の出来事。朝の剃刀はまだ目をつぶれてもパチンコ店での一連、到底尋常の出来事とは思えぬが、だからといってあれは何かと聞かれても首傾げるしか術はない。肌に食い込む刃先と肉を抉る銀球の様子ちらちらと脳裏に映り、金属ならではの冷たさは共通、しかし原因も何も見当がつかずに、いつに増して働きの悪い頭はすぐに回転を停止。何やら得体のしれぬ事態が身の回りで起きているようで、背筋を震わせ辺り見回すが、平日午後のこの時間帯自由になるのは限られ、専業主婦と赤子ですらこの場所に魅力感じないのか、公園に響くは閑古鳥の鳴き声と腹の虫のみ。そういえば起きてからほとんど腹に入れておらず、そうと決まればさっさと女の部屋で何か恵んでもらおうと、無理に自分元気づけてベンチから腰浮かす。

 身に起こった出来事をどう伝えればうまく同情引けるかと、足りない頭で考えつつ歩く男どうにも体が重く、身に残った酒か先ほどの衝撃か、体幹はぶれて足はもつれこれぞ見事な千鳥足。まずはなんとかこの公園から出ようと頭振り踏み出したその右足、宙に浮いたはいいが前に落とすことができず、逆にのけぞり後ろに一歩退く。

「おおおッ?」

 何度やっても前に歩を進められず、焦りバタバタと足掻く度、むしろ出口から遠ざかる一方。後ろ向いても何も見えず、ただ不可解な力のみが背を引き、必死の形相で独り相撲繰り広げるその表情、下手なパントマイマーのそれにも見え、もし誰ぞやに見つかれば通報聴取任意同行のそろい踏みになることは目に見えており、むしろ見えないのはこの状況の原因に他ならない。ついには両足地面についたまま、線路めいて長い足跡2つ土に残しずるずるじわじわ後退するその様は、暴風雨に遊ばれる被災者のごとく、されど風など吹かず当然雨もないこの状況、男はようやく今朝からの異変に思い当たる。

 何かが起こっているのだ、目に見えない何かが。男の薄っぺらな人生体験と、貧相な想像力を遥か超える何かが!朝負った顎の裂傷も、先ほど味わった銀玉の洗礼も、そして今自分に起こるこの状況もおそらくその一環。男の身を今も弄ぶ、不可視にして不条理な力の波!

「アアアア!!」

 男の体はついに空中に浮き、そのまま後ろに水平移動、一瞬の無重力に酔いしれる間もなく、直後背中に襲い来る衝撃! 地面に転がり背丸めて悶えたいが体はぴったり離れず、首捻って確認するまでもなくそこにあるのはあの滑り台。塗装はおおかた剥げ落ち、そこかしこに浮いた茶色の錆、風雨に晒されっぱなしなその遊具は未だ骨子頑健、アバラも砕けよと叩きつけられた男の体難なく引き受け、もはやこれは磔十字架の役割。滑り台のガードにびたりと体押さえられ、身動きしようにも指すら離れず、鉄製の遊具と柔肉のぶつかり稽古、当然押し負けるのは生物の方で、男の体にかかる力今や全身へし折らんばかりの圧!

「ぎいいいい!」

 全身のべて骨200余本、五体満足で生まれ出て以来すくすくと成長続けたこの肉体、不摂生にやや痛み激しくガタが来ている部分も数見受けられ、しかし大きな怪我病気することなく23歳の今日まで無事生存。今まで受けた仕打ちの中、最も酷い経験は12歳の時の当て逃げ、ボンネットに掠った脇腹押さえ泣きわめく子供無視して走り去った下手人は結局捕まらず、しめて全治1週間のやや重症。打撲で済んだはいいものの体内でじくじくと疼く痛みは耐えがたく、夜ごと布団で涙を呑み運転手呪ったあの記憶。圧倒的な力に屈するほかない痛みと虚しさは今、再び蘇らんと男に牙を剥いていた。

「ああ俺の、俺の体が! ちぎれる!!!」

 みしみしと歪む骨、徐々に痛み増す間接、延ばされる筋肉、引き攣る皮膚、男の体は滑り台と相引き合い、1つになろうと力任せ。相手が毛布かクッションか、柔らかく受け止める包容力持ち合わせていたならよかったが、鋼鉄製の遊具にそんな甲斐性無論見当たらず、ただ押し付けられる肉体はめり込む勢い。力振り絞り何とか逃れようと、顔引き剥がし息吸ったのもつかの間、一度自由になった顔面再び滑り台へに口づけをかまし、その勢いにひしゃげる鼻筋、口中に流れるこの味が鉄錆か涙かはたまた鼻血か見当もつかず、下手に見栄を張ろうなど考えずあのまま女の家へ向かえばよかったと、無駄な後悔浮かんでむせび泣くのみ。

また目も当てられぬのが右腕の運命。遊ぶ幼児が落ちぬようにと取付けられた滑り台側面ガード、そこはちょうど太陽と真逆に位置し、炙られることもなくひんやりとした金属の冷気はへばりつく男にとって不幸中の幸い。しかし男の右手のみ着地地点は滑車面、銀色に輝くその場所は長い年月子供たちの尻に磨かれ鏡のような光沢、太陽の熱を余すところなく吸収し今男の右手を焦がしている最中。おお、潰されかけた肺はもはや呼吸すらままならず、体内に響く軋みと痛みに本日2回目の失神寸前! このまま奇妙な現代オブジェよろしく、鋼鉄製遊具と強制合体を果たすかに見えたその時!

「おお……オオオオッ」

 それはまたしても突然の出来事。ふと全身にかかる圧力消え失せ、アッと驚く間もなく落下する肉体、受け身取れようはずもなく無様に砂地に横たわり蠢くその様子、死にかけの虫じみて痙攣し、ひゅうひゅうと呼吸するばかり。さんざ捻じ曲げ押しつぶされた手足、すぐには思うように動かせず、背中丸めて痛みに耐える姿勢は胎児に似て、脈絡もない暴力への怯え、そこからの解放の安堵に震えるばかり。なんとかよろめき立ち上がり、今のうちにと公園を出る後ろ姿、フルマラソン走った後のようなふらつき具合、しかしゴールテープはまだ遠く、男はまだ走り続ける運命にあり!

第四章 “S”ETSUMEI

 がくがく震える関節押さえ、やっとの思いで辿りついた女の家、赤いレンガ調の外見は若い女性呼び込もうと華やかな見た目、しかしその壁には幾本もの日々が入り、大家が誤魔化し石膏など詰めているものの、安普請の手抜き具合は目に明らか。その証となるではないが、4階建てマンションのエレベーターはいつ来ても修理中、バリアフリーなど気にもかけないその処遇、普段なら舌打ち一つで階段上るが、満身創痍の今の男にはあまりにむごい仕打ち。延々と連なる段差に目まいしつつも、ただ見知った肌に慰められたいと必死に這い上がる心境、母の胸元求める赤子のそれにも似て男の混乱物語る

ようやっと登り切った3階、他の住人に会わなかったことに感謝しながら目指す4号室。目当ての部屋にはいつも南国調の名札がかかり、赤いハイビスカスの色は男を歓迎するようで、思わずもう一粒の涙がこぼれる。早くあの熱いバストに埋もれたいと心細さ8割色欲2割、先ほど火傷した指先ためらいながらつと伸ばし、玄関チャイム鳴らして返事待ちするが、ドアホンからの返答はなく、カギ開ける音も声も聞こえず、よく見れば部屋は暗いまま。何度鳴らしても返るものはなく、男怒鳴る気力も生まれず、ただ一気に力が抜け共用廊下に座り込む。震える指で携帯取り出し、女と連絡取ろうと試みるも画面はなぜか暗いまま。パチンコ店か滑り台か、原因もわからず連絡も取れず動く力ももはや沸かず、目を閉じてただ呼吸するのが精いっぱいの極限状況。先ほど出た鼻血は止まったものの、今朝の剃刀傷が再び開き、のど元伝って襟を赤く汚した。

「あんた、何やってんのそんなとこで!」

 唐突に響く声、はっと横向くと見慣れた女の顔、膨れたビニール袋手にしたその姿どうやら買い物帰り、怪訝そうに眉間に皺寄せ近づくその姿、まるで女神のように光り輝き、出払っていたことへの文句も忘れ縋りよると、ぎょっとしたように一歩後ずさる。

「あんた、えらい血ぃ出てるじゃないの、一体どうしたってのさ」

「色々あったんだよ、とにかく中に入れてくれ」

 厄介ごとに巻き込まれてはたまらないといぶかしむ様子の女急かし、やっと入った部屋の中、狭い室内泳ぐように奥へ進みいつもの場所へ。パイプベッドの横に腰下ろし、一心地付けたと思いきや飛ばされる怒声、投げられたティッシュで血を拭う。女ちらちらとこちら窺い、心配していないわけではないが、まずはこちらが先と買ってきたものを冷蔵庫へと入れる冷静さ。生活感ある所作に男も平静取り戻し、ぽつぽつと今日の出来事語る。洗面所での負傷、パチンコ店での転倒、公園での火傷。生返事しながら聞く女がどのくらい信じているのか心中察せず、ただ言葉にすることであの不可解な出来事いくらか腑に落とせるような気がして、息をするたび走る疼痛も無視し語り続ける。冷蔵庫閉め隣に腰下ろした女の手には小さな救急箱、顎を消毒液で拭い取り、染みる痛みに呻く男叱咤しガーゼ当て、切れた唇、焼けた手の平、強打した脇腹と順に手当て。慣れてはいないが丁寧な手つきに気も緩み、実はこちらもとベルト緩めそうになったが、ここで放り出されちゃたまらんと真面目な顔取り繕う。

 与えられるままに菓子パン貪りようやく時計眺めると実に午後4時前

「夕方来るって言ったじゃねえか」

「あんた夕方って言って6時前に来たことないじゃないのさ」

 返される言葉に反論のしようもなくうなだれ、ただいつもと変わらぬ調子に心はほぐれ、つい甘え心が胸に満ち、女の肩に頭預けて寄りかかる。腹が満ち疲労もあり目を閉じると意識が飛びそうで、しかし鼻孔くすぐる女の体臭、ほのかな汗の匂いも甘く、つい活性する男の性、そのまま体ずらし胸元に顔寄せ深く呼吸する。やや薄めのバストには虫刺されの痕が浮かび、首筋辿れば誰の者とも知れぬ鬱血痕、さすがに良い気分はしないものの互い束縛しあう関係ではなく、昨日は昨日今日は今日と楽しむつもりの男の脳内はもはや怪我の原因などそっちのけ。ベッドに乗り上げ上着脱ぎ、ガーゼ引っ掛かり苦労する様子に女は思わず手助け、焦らすそぶりもなく自分の服脱ぐと自ら上に乗って胸を押し付け、かぶりつくように唇寄せ合う。

 互い口中絡ませあいながら手だけは股間まさぐり、そそり立つ肉棒に指添えてにやりと笑う様子に嬉し涙零す切っ先、その量の多さは興奮ゆえか、あるいは昼間銀球に犯されやや緩んでいるのか、ともかく男性機能失っておらずやれ幸いと思わず上からも嬉し涙。女にせがまれるまま熱い潤みに指差し入れ、わざとらしい嬌声も今は嬉しく、いつになく奉仕の心持ち。手のひらで陰毛遊びつつ洞内探る指先、埋没しては抜け出るその仕草は例えるならイソギンチャクに捕らえられた小魚。のけ反る女の息はすでに荒く、室内の熱気は高まるばかり。汗で滑る肉体は小指ほどの隙間もなく、一つに溶け合ったような二人の体、付けたままの電球はぬらぬらと光反射し湯気すら余さず照らし出す。自然目線合わせ頷きあい、更なる深い結合へと姿勢変えるその姿、引っ掻きあう傷も情欲を駆り立て、音立てて舌吸いあう狂態。獣を真似て一声叫ぶが早いか、男充溢する粘膜へと今侵入を果たした!

「ああああ!!!」

「アアアア!!!」

そして時間は現在へと追いつく!


第五章 “S”ATETSU

 女の部屋から逃げ出した男、濡れた下半身拭う間もなく、冷えた体液は不快なれど、そんな些事に気をもむ余裕はもはやなし。足もつれさせて逃げ込んだ先は昼間来たあの公園、通常なら二度と足を踏み入れたくもないこの場所も、混乱極めし今の男が気づくことはなく、腰下ろしたそのベンチは奇遇にも昼間と同じ場所。頭抱えて唸り始め男が思うことは、当然先ほどの大事件。射精の直後抱きしめあう暇もなく、互い弾け飛ぶように離れたその体、二人のうちどちらかが突き飛ばしたか、あるいは姿勢崩してベッドから転がり落ちたか、何とか納得できる理由を捻りだそうと足りない頭抱えて目を回し、すでに日も落ちた公園の片隅、汗かいた体は熱失う一方。どうにも狐につままれたような、出られぬ罠にはまっているようなぞっとする気持ちになり、思わず女置いて部屋飛び出した自分にも嫌気がさしていた。どこへ行ったらいいかもわからず、部屋戻るのも恐ろしく、また何か起こったらと思うと下手に動くこともできず、ただ我が身を抱いて震えるばかり。

 今朝からの出来事思い出す。ひとりでに噛みつく剃刀、チンに侵入するパチンコ玉、公園では鋼鉄にめりこみ、そしてさっきの性行為。跳ねる刃物、動く金属球。磔になった我が身。反発しあう男女! そう、それは目に見えぬ力の所業! いまだ答えに辿りつかぬ男、唸りながら瞼の裏見つめ、その足元から這い上がるは5度目の襲撃者、しかしその気配に気づく余裕はなし!

「お……おおッ?……オオオッ!?」

 さあ今始まる悪夢の再来、男が異変に気づいた時にはもうすでに遅く、暴虐は形を変えて襲い来る。男の座るベンチから約5メートル、寂しい公園の数少ない彩り、長方形に区切られた砂場はここしばらく晴天に乾ききり、目に砂入って疎ましいとぱちぱち瞬き、しかしどうもその量が多いように思え、顔あげて目を凝らしたとたん驚愕にあげた悲鳴は今日一番の金切り声!

「キヤアアアア!!?」

 見るものすべて目を疑う、奇術魔術のごとき光景。砂場の上そびえるは黒く蠢く謎のオブジェ、暗闇に身を隠し、男に今迫りくらんと! 夕暮れの赤もすでに跡形なく、空の暗さは秒ごとに濃さを増し、それにつれてその黒い巨物ますます見えづらく、余計に煽られる恐慌。その大きさは約3メートル、ざらざらシャカシャカと音を立て、流れ落ちてはまた戻り、常に定まることのないその形、じわじわと砂場中央から動き、向かう先は紛れもなく我が肉体。男ベンチから飛び跳ね呪われた公園脱出しようと試みるが、行く方向にはゴーレムの巨体、しかも見る間にその大きさ増し今や5メートルは下らぬ! 上方見上げて間抜け面晒すその隙、足元に絡みつくこれまた黒の流動体、男他愛もなくその場に転がされ、尻もち着いたまま蹂躙を待つよりほかないその心境、魔物にとらわれた処女がごとく!

 体飲み込まんと近づく姿眺め、男ここに来てようやくたどり着く真実。剃刀、パチンコ玉、滑り台、これら全て鉄製の物体。鉄を引き付けるものといえばそう、磁石、磁石、磁力! 何の因果か運命か、男は今日を持って、磁力を帯びた人間と再誕したのだ。超・強力・磁力人間、男!!

 断末魔叫ぶ暇もなく、全身覆い尽くす黒い砂、今となってはもうわかるこの正体、幼いころの理科実験が懐かしい、磁石に引っ付く砂といえばそう砂鉄に他ならぬ! 体内に潜ろうと皮膚食い破るもの、鼻の穴からのどに向かうもの、腹に巻き付き締め上げるもの、微細なる小片は一つの目的の元統率し、男の体と一体化を目指す。毛穴の一つ一つまで染み入らんとする執念、顔となく足となく全身叩いて絶叫するその姿、遠くから見れば奇妙な踊りのようでもあり、近くで見れば狂人の発作。状況で言えばパチンコ店内のそれと同じ、しかし違うのは襲い来るものの大きさ、指でつかんでもするりと抜ける黒い悪魔は、肉体のあらゆる隙間を縫って絡みつき、着実に体内侵入を目指す!

「アアアアアアアア!!」

「動くんじゃないよあんた!」

「アアア!?」

 割れた叫びのみが轟く公園内、突如響く凛々しい声、黒く染まった視界凝らせば、そこにいるのはあの女の姿。服整える間もなく駆け付けたのか、でかいTシャツ1枚ひっかむり、突き出す白い生足もまばゆく、男はこれが天の使いかと手差し伸べ、しかしすぐにそれも砂鉄に埋もれる。

「ファック、これでも食らえ!」

 女公園に走り込み、流れるような動きで水道へ。手に持ったホースつなぎ、蛇口全開にぶちまけられた水が狙うは当然男の身体! 見る間に湿る砂の怪物、一部は水流に飛ばされ地面に落ち、一部は液状化して体表を剥がれ落ち、しかし大部分は重み増して余計男を押しつぶす。しかし塊となったそれは間にいくばくかの隙間を作り、このチャンス逃してはおしまいと無我夢中の男、火事場の馬鹿力死に物狂い、ついに抜け出す漆黒の抱擁、なおも追いすがる鉄の巨体エイとばかりに足蹴にし、女の元走り寄るその姿はすでに全裸。イチモツ揺らし駆けよる砂まみれの男にウっと一瞬顔そらし、しかしすぐに気持ち立て直し今キレイにしてやるとホース握り直す女、ダメ押しの放水狙うはそう股間に下がる肉ホース。

「ぎゃあああ!!」

「耐えろ!」

 息子千切り飛ばさんばかりの水圧に、男再び悲鳴上げ、思わず下腹部押さえようと手伸ばすも、女が寄越すは叱咤に平手打ち。激しい水流から逃げまどいグリングリンと回るペニス、さながらアルプスに立つ風車のごとく、おっとこれはたまらず失禁、自ら黄色い水撒き散らすプロペラの姿これもはや水車と呼んでも異論あるまい! 女とて何も嗜虐心やら恨みつらみやらまたは己の趣味から股間狙うわけではなく、男の全身見回して確かにここがもっとも砂鉄のこびりつき多い場所。これは思えば銀球の件思い出してもそうであった。細かい砂のことならば、パチンコ玉よりたやすく尿道埋めるは自明の理、棒にとどまらず袋まで侵入許せばいずれ発射される砂鉄交じりのザーメン、白に黒交じりか黒に白交じりか見事なコントラストの粘液、それが向かう先が己の体内であったらと想像するだけでも身震いし、無論そこまで想像追いつかないまでも、女の本能は敏感に危険を察知、哀れな肉棒狙い撃ちの次第!

 男ついに倒れ伏し、口からあぶく吹いて痙攣、しかし出てくる尿にはもう黒い異物見当たらず、女蛇口止めて額の汗拭う。先ほど男襲っていた化け物今は崩れて消滅し、しかし、その黒い塊は砂場の上に横たわる。明日ここで遊ぶ子供たちに内心詫びつつ、男引っ張り起こして素早く逃亡。だが二人はどこへ行けばよいのか、女は自分の家を通り過ぎそれもそのはず、あの狭い部屋はいまや台風一過のごとき有様、包丁パソコンハンガーまで飛び交い、それらすべて鉄製の家具。そう、男の精液体に受けた女の体、すでに元の様にはあらず! 今ここに寄りすがる二人、超・強力・磁力人間、カップルなれば!!

第六章   “S”OUDAN 

 女と男肩寄せ合い、途方に暮れた橋の下、わが身に起きた転変恥異は受け入れがたくもすべて現実、寂れた街なれど都会の片隅、身の回りには鉄製の物溢れ、メッキやらなんやら区別もつかず、銀色を見ると悲鳴上げて飛び下がる始末。身の置き所求めてふらふらよろよろ、どうにか辿りついた橋はコンクリート製、橋げたの中は鉄筋がびっしり並び、体内磁力うなりを上げたが最後崩壊の運命に違いないが、幸か不幸か未だうずくまる二人その事実を知らぬ。どうやら鉄引き寄せるこの体質、一定の間隔で発動するようで、小康状態の今現在。男の巻き添えの形となった女怒りのあまり胸倉掴んで張り倒すが、公園で服奪われたままの男、全裸晒してはらはらと涙零すその姿あまりにみすぼらしく、大きく溜息のち再び座り込む。 

「これからどうする」 

「あたしに聞くんじゃないよ、考えるんだよ!」 

 単なる遊び相手の柵超えて、もはや二人は一蓮托生、嘆いていても事態は変わらず、時間が経つほど危険も増し、次はどんな目に合うか考えもつかぬ。病院か警察か呼ぼうにも携帯はとっくに壊れ、更には車とて鉄の塊、乗っているうち暴走すればそれこそ悲惨の一言。未来想像するのも恐ろしく、とかく心細さは深まるばかり。そもそもこの二人ろくに勉学も修めておらず、磁力だのなんだの気づいたところでそれまでのこと。詳しい性質も何もわからず、もう少し真面目に授業訊いておればと今更後悔に頭抱える。今や我が身そのものが取り扱い危険物にほかならず、抱きしめる手も躊躇し空を彷徨い、結局互いにおててつないで黙り込む姿、傍から見れば仲睦まじい間柄。うんうん唸って捻りだす無い知恵、無から有を絞り出すがごとき無理難題、しかし不出来な生徒の珍回答ほど教師唸らせるのも世の常、極限まで研ぎ澄まされた脳内、ついに女閃くは耳を疑う狂気の解決策! 

「そうだ、要はこの磁力をなんとかできればいいんだろ!」 

「ああ、ああそうだ!」 

「そうだ、それなら電気だ!」 

「何?」 

「世の中には電磁石ってもんがあるんだよ。それは電気を帯びた磁石、そりゃもうすんごい磁石だ! 何がすごいってパワーもすごく、さらにすごいことにはそのパワーは操作することができる代物!」 

「つまりどういうことだ!」 

「あたしたちの体に電気を流すんだよ! そしたらあたしたち普通の磁石から電磁石になって、この磁力をコントロールできるようになる……磁力人間から!」 

「電磁力人間へ! そうか!!」 

 そういうことか! 男は目の前に現れた救いの糸に狂喜乱舞する勢い。そう、電気だ! この星が生まれてのち地球上あらゆる場所を支配してきた磁力、誰もが逃れることのできない大いなる力、それを覆す人類の英知! 男勇んで立ち上がり、女の手を取り熱く抱擁。一人では到底辿りつくことのできなかった解答、女の存在は天が与えた慈悲のごとく、地面に額擦り付けてもまだ足りぬ感謝感激雨あられ! 突如現れた策はしかし穴だらけ隙だらけ、計画ともいえぬ計画、けれども二人にとっては唯一の希望。ここで迷わず行動に移せる無謀さを勇気とみるか蛮勇とみるか。ただ一つだけ言えるのは、運命に抗う人間の行動、時に天地を覆す勢いと化すということ! 

第七章 “S”OUDENSEN 

「電気、そうか、その通りだ! そうと決まれば電気を探そう」 

 類まれな閃きにすがる男女、当然のことながら女は電磁石の仕組みなど知らず、電圧電流電気抵抗など考えもつかず、先日見た感電死のニュースも頭からすっぽ抜け、つまりはすでに頭沸いていたとしか思えない思いつき。しかしここにはそれを訂正する存在はなく、向かう先が破滅とも考えず電気電気とうろつく姿、無知が命を危険に晒す様、いかに教育が大切か、その手本のような体たらくといえる。電気といえば乾電池かコンセントぐらいしか頭にない両者、こんな野外の橋の下に目当てのものが見つかるはずもなく、もはやここまでかと天を仰いだその先、視界に入るはそう、風に揺らめく黒い電線! 

「おおお!」 

「オオオ!」 

 二人同時に雄たけび上げ、天に手を伸ばし踊らんばかり。空を分断せしめる黒い線は幾本も束ねられ、あちらの電柱からこちらの電柱へ。男再び女の手を取り、柱の元まで走り寄り、躊躇うそぶりも見せずに昇りだした。女が先に男が後に、時刻はすでに午後8時を回り、暗闇の中電柱這い上がる半裸の女と全裸の男、人が見たらば爆笑かトラウマ必至の珍光景、されど二人は真剣そのもの。男頭上見上げるとTシャツの奥に覗くプッシー、暗がりに目を凝らせば白く沢流れ出るクレヴァス、常ならばパンツ脱ぎ捨て飛びつくところ、今は脱ぐ服すらもなく飛びつくための足場もなし、下腹部の息子も今ばかりはやんちゃを控え、ただ粛々と手足動かす。一段昇れば父の顔、二段登れば母の顔、今までの人生しみじみと思い出され、これは天国へ導く階段か、もしくは処刑へ続く十三階段か。辿りついたは柱の頂上、てっぺんに手をかけ顔見合わす二人、その眼すでに正気とはかけ離れ、交わす言葉も見つからず、見つめあう目も閉じぬまま近づく唇まさにN極とS極のごとく。視線も舌も絡ませて、片手持ち上げ指も絡め、もう片方の手は互い後ろに伸ばし、二人目を閉じたが最後同時に握る送電線の束! 

「ぎゃああアアアア!!」 

「ぎゃああアアアア!!」 

 重なり合う悲鳴は空をつんざく勢い、ついに電流流れたその体、一瞬全身の骨透けて見え、手を取り合ったまま硬直の姿勢。よく見れば体からは黒く煙上げ、白目向いた顔、引き攣った腕、つまりは皆の想像通り、哀れ黒焦げとなった肉体魂抜けて、そのままぐらりとゆらぐが最後地面に真っ逆さま。握り合った手は離れず二人寄り添ったその姿、明日の朝には奇妙な心中死体として三面記事飾るだろうと、神すら目を離したその時! 

「「………!!!」」 

 なんと、瞠目せよ皆の衆、黒く燻る二人の男女、その焼け焦げた体はふわり宙に浮き、そのまま高く天へ上ってゆく! 電柱も遥か過ぎ徐々に加速する肉体、目を凝らせば見えるかすかな変化、ひび割れた皮膚の奥から、眼孔から、塞ぎあった口中から、にじみ出るような光はなんだ? 生まれたての蛍が次第電球へ、電球が次第電灯へ、電灯が今や空に昇る太陽へと、見る間にまばゆさを増す一組の男女。星も輝く夜空の中で二人の周りは神々しいほど光々しく、それはいうなれば神話の一風景。一糸まとわぬ男と女が天に昇るその周り、ラッパ吹く天使か花撒く天女か、止まることなく上昇する二人を祝福するかのようなその様子、現実とも思えず、現実かもわからず、ただ再び静かに目を開けた光輝まとう二人、火傷の痕もすでになく、言葉も介さず見つめあっては今再びの口づけを交わした……。 

第八章 “S”EKIDO 

 マッハの勢いで飛ぶ男の肉体、その傍らには女の姿、二人固く手を取り合い、淡く発光した全身は星をも欺く輝き。ジェット機よけつつ進むその先に何があるのか、ただ体引かれるままに飛行する心境、奇妙に凪いで穏やかで、不安がまったくないとは言えぬまでも、今日起きてから身に起きたこと考えれば、同じ思い共有した存在が隣にいるだけでも心強く、離れるはずもない手の平ギュッと握り直す。これを見た人間は言うだろう、人間が磁石になるものか!と。人間が電磁石になるものか!と。しかり、だがしかし、目を疑う光景でもこれは現実。疑りぶかいものは言うだろう、すでに二人はこの世のものではなく、あの電圧に肉体消し飛び蒸発したか、あるいは灰となり風に舞い散ったか。この風景は死の間際の幻想にすぎぬと。されどここに飛ぶ男女の顔を見よ、文字通り光り輝くその表情、精気満ち、喜び溢れ、生まれてこの方味わったことのない充足感。真の意味で引かれあった二人を遮るものは何もなく、今初めて本当の一体となれたのだといわんばかり。 

 流されるがままに飛んでいた肉体、突然の急ブレーキに二人一瞬手が離れ、しかし電磁石人間となった彼らに恐れるものはなく、微笑み腕伸ばしまた体寄せ合う。見渡せば遥か遠く一面の雲景色、上見上げれば星空で下覗けば大海原と、この星の美しさ凝縮した景色に溜息ついて見惚れるばかり。地上数千メートルの高度、猛風吹き荒れ温度は氷点下、とても生身の人間には耐えられぬ環境なれど、二人にはもはや関係ないことと、互いの体摩れば散る雷光、その痺れる熱さにて暖を取る。 

 互いに酔った二人はいざ知らず、地上では今現在大混乱の真っ最中と陥っていた。地球という巨大な磁石の釣り合いは男と女の存在によりたやすく崩れ、考えなしに放たれた電磁波すでに地球全土を覆い尽くし、その影響はあらゆる電気機器へと投げられる。電話は通じず、パソコンも壊れ、テレビが見えずラジオが聞けぬとなれば今の状況もとんとわからず、ナビは壊れ道に迷い、信号機狂って衝突する車、電車のダイヤは修復絶望、飛行機すら離陸不可能で、先ほど二人の横通ったジェット機は今しがた緊急着水し、間近の漁船に拾ってもらえているのが不幸中の幸い。そんなこととは露知らぬ二人面白半分に体すりあわせるが、そのたびに発生する電流全人類の生活脅かす。このままいけば人々の暴動、国同士の戦争、人間全体の生活も危うくなると原因探る各国調査部隊、しかし宙に浮く人間の姿はあまりに小さく見つけるのは至難の技、そのうちレーダー動きを止め、すっかりお手上げのお偉いさんがた、嗚咽をこらえ首脳大統領にご報告。本日もって地球はおしまいですとスピーチ内容書く側近、紙に数滴涙落とし、見ているものもつられてよよと泣き崩れる始末。 

 あまりに急な人類滅亡の危機と、慌てて腰上げたのは我らが御地球殿。このはた迷惑なカップルをまずは隔離と天高くへ放り投げ、何とかバランス保てるようにと二人が留まらせるその場所は、地球の中心赤道の真上。南極点から北極点へ、ぶすり通った地軸の両端、そここそがS極N極の頂点、そのちょうど中央に浮かぶ男女の体ギリギリのところで磁力のつり合い保ち、今は地上も小康状態。少しでも動けば再び人びと狂乱の渦へと舞い戻り、余計なことしてくれるなとすべての生命が固唾飲んで願う二人、今まさに最大級の余計なことに手を出そうとする最中。それが吉と出るか凶と出るかいまだわからず、いわばこれは地球巻き込む大博打。  

最終章 “S”EX 

 二人は今ひとたび目線合わせ、互いの瞳に光る電光のほか、ちらちら燃える欲情の炎確かめて、固く抱きしめあう肉体と肉体。この状況もいわば野外プレイ、しかし誰が見ているはずもなく、すでにお互い素っ裸の状態、遠慮も配慮もあるものかと腰擦り付けあう。左手はひっしと女の腰を抱き、右手でイチモツしごきあげ、いきり立った肉棒の先から飛ぶ火花、夏の花火にも似てうっとりと夜空を煌めかす。摩擦によってさらに増幅される電磁力、バチバチと手のひら叩く痛みも心地よく、合体した際どのような刺激もたらすかと、息も荒く見つめる女の太ももすでにしとどに濡れ、太ももふくらはぎ足首伝って宙に落ちた愛液一滴、遥か下方で一休みする農家の鼻先にぴちゃり、こりゃえらく塩っ辛い雨だわいと首傾げたことなど知る由もなく、腕絡めて続きをねだる。いきり立った肉棒割れ目に押し当て、ぐんと押し出し貫く女体。女の中はあしらったように絡みつき、まるでぴったり合ったねじ穴とねじの関係。右手を去ってねじ穴へと移動する、これぞまさに右ねじの法則! 

 男のペニスは激しく光放ち、その光量女の腹から透けるほど。500万ボルトは下らぬ電撃まとったそのイチモツ、現れては消える度辺り一面日が差すがごとく、まるでそれはご来光の瞬間。腰の動きは徐々に速さ増し、女も応えて股を振りたて、常人では捉えることもできぬその動きもはや逆に止まっているようにも見える。それもそのはずこの二人無意識のうちに磁力を制御、奥を突いたら反発させ、外に抜く度また引き寄せあい、スイッチONOFF切り替えるように器用なピストンのサポート。その操作は感度高まるにつれ速度上げ、いまや一秒間に20回の挿入ペース! そう、言うならばこれは二人にのみ許された快感の特急電車、その名もリニア・モーター・セックス! 

 パンパンと音響かせ高めあう二人、その顔は法悦に満ちて近い限界を物語る。不規則に収縮する女の内壁、歯を食いしばり耐え忍ぶ男、さらなる高みを目指して相手かき抱き、腰のつがいも外れよとばかりの全力ピストン。最大の快楽に酔いしれている最中、突然下半身に走る激しい痛み! 先に限界訪れた女全身硬直させて固まり、体内のイチモツ毟り取らんとばかりに締め上げる。そう、夕方あの時のように! しかし二人の間に流れる空気は夕方とは一変、あの時の殺伐とはうって変わった親密な口づけ交わし、緊張した肉体優しく解きほぐす男の指先、緩やかに戻る女の締め付け、それは優しい抱擁に似て男を再び迎え入れた。電流は交接部から全身へと甘く広がり、皮膚から髪まで白く輝かせ、その痺れが互いの脳天まで達した瞬間、二人は確かに桃源郷を見た。 

「オオーーーーーーーッ!!」 

「あああああーーーーッ!!」 

 男ついに絶頂。多大なる射精。女の腰に指埋めて破れろとばかりに貫く肉棒。その先端から溢れる体液は何よりも白く、膣内の奥底焼き付くさんばかりの奔流!  

途端! 

 「「あああああああああああ!!!」」

 超・反・発!! どっと噴射した精液女の中に流れ込み、これはそう数時間前と同じ状況。女はN極、男はS極、互い引かれあい惹かれあう肉体しっかと結び離れがたく、しかしここに横やり入れるのは男の精液、これもまた示すはS極の磁力! 男の体と男の精液は互いに同極、つまりは互いを忌み嫌い、一瞬ののち互い反発しあう運命! N・S・S!!  弾き飛ばされる男と女、そのエネルギーは精液の持つ磁力にあり! 

 再び吹っ飛ばされる男と女、しかもその勢いは夕方のそれとは比べ物にならず、マッハ9の速度で離れる肉体。突然の別れに手を伸ばし喉もつぶれよと呼び合うその声も、数秒後には風に紛れて届くはずもない。ひとたびの平穏取り戻していた地上も、また放たれる無慈悲な電磁波攻撃、ビービーとエラー訴える電子機器、人々に襲い来る危機。この世の終わりは近いとうなだれる人類の誰が引き裂かれる男女の悲哀知れようか。二人の体は赤道を中心に引弾きあい、飛ばされる場所はもう一つの安定地。SはNと、NはSと結ばれあうのが自然なら、彼らが行き着く先は一つしかなく、しかしそれは二人にとってあまりに非情な宣告。こぼれる涙を宙にまき散らし、静かに止まったその場所はそう、北極点と南極点! 男は南極、女は北極、それぞれ頭を地面に向け、大気圏ぎりぎりのその境。地軸に沿って宙に浮くその姿は独楽の棒心に似て、薄い空気に朦朧と、為すすべもなくゆっくり自転するばかり。男と女はこの瞬間より、地球の持つ磁力に支配され、永劫に極地を守り続ける運命と相成った! 

 二人の肉体はもはや出会うことはなく、地核コアに電磁波飛ばしては、地球の裏側から返される返答待ち望むしか術はなく、これからどれほどの歳月を孤独のままに耐え抜く定めか見当もつかぬ。ただ一つわかるのは、二人のどちらかが消滅し磁力失ったその瞬間、地球は崩壊の一途をたどることになるだろう。SとNは片方だけでは存在できず、番がいてこそ真価を発揮できる。この哀れなるカップルの命尽きるまでが、人類と地球に残された猶予時間。それを知るものは当人たる二人と、今まさに芽生えようとしている第三の超・強力・磁力人間、ベイビーのみしか知ることはない……。 

 ここに語られし数奇なる運命、一組の男女が大地の力に翻弄され、最後は引き離される物語。彼らの電撃的な生き様は未だ語りつくせず、今これを読むことができるのも、極地で孤独に耐え忍ぶ彼らがいてこそ。夜空見上げるとき、磁石持つとき、乾電池はめ込むとき、少しでもこの二人の存在を思い出してくれれば幸いの一言。真・電撃結婚地球廻しノ段、それではこれにて”S”YURYO!!!