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(再)自己啓発本禁止法

大学生の頃、学内に生協が運営する売店があり、食品や文房具の他、本も売っていた。

本のコーナーには主に、大学の授業で使う教科書を買うために訪れていたのだが、ついでに他の本のラインナップも流し見していた。

大学生に人気のある小説や自己啓発本が並んだ棚には、「20代でやっておくべきこと」「成功者が必ずやっていること」等々、迷える若者にとって魔力を持つ言葉が沢山あった。

私は、子供の頃から読書が好きだったけれど、高校生の時読んでいたのは、東野圭吾やさくらももこ等、現代の人気作家の作品ばかりで、「自己啓発」という本のジャンルが存在することすら、よく知らなかった。

様々な自己啓発本のタイトルは当然、私の目を惹きつけた。何冊か手に取って、パラパラめくってみたり、適当なページを読んでみたりした。

大学内の店だから置いてあるのかと思った自己啓発本は、その後注力して見ていると、一般の大型書店にも置いてあるという事が分かった。というか、そっちの方が断然多くの種類の自己啓発本を置いていて、そのどれもが、つい手に取りたくなるようなタイトルで私に訴えかけてきた。現状の自分に釈然としなかった私にとって、あれもこれもと、目を移す度に惹かれるタイトルが、沢山あった。

片っ端から手に取って、中身をざっと見ることを繰り返す。
あれもこれも欲しくなり、その中からどの本を買おうか考えていた時、ふと、「何も買わない方がいいんじゃないか」という考えに至った。

私は昔から、物事を真面目に受け取る性格だ。もっとはっきり言うと、騙されやすいというか、物事を信じやすいタイプの人間だ。
凄いな、と感じる人から「こうした方が上手くいく」と言われれば、素直に「そうしてみる価値があるかも」と思え、最悪の場合、「そうしない自分はうまくいかないのかも」とさえ思ってしまう。そんな事、ないはずなのに。

だから、私のような影響を受けやすい人間は、こういう、人の心をくすぐるタイトルの本を、むやみやたらと読むべきではない。

自己啓発本を読まなくても、本は他に幾らでもある。それに元々私は、本を読みながら、何かを学んだり、自分自身を顧みたりすることが出来るタイプだ。
自己啓発本のような、分かりやすい形にまとまった本を読まずとも、読書をしながら勝手に自己啓発しているじゃないか。

「自己啓発本は読まない。」

大学生の私は、自分自身に密かなルールを下した。

それからの私は、本当に、一冊も、自己啓発本を読まなかった(いや、本当は「LIFE SHIFT」、「嫌われる勇気」、「幸せになる勇気」の3冊だけは3年くらい前に読んだ。私が読んだ本の総数からすれば、本当に僅かだ。)

今振り返ると、私が過去に下した決断の中で、「英断」と言える数少ないものの一つだと思う。

ところが、大学を卒業して6年経った私は、昨年の3月、働いていた出版社を辞め、転職活動を始めてからは、そのルールを破った。

新しい何かを見つける為に、自己啓発本を読んでみる事を自分自身に課した。
それぐらい、何かにせき立てられていたのだと思う。何か今までと違う行動をする事で、自分自身を知らなければいけないと感じていたし、大学生の頃と違って、自分自身も強くなっているから、安易に影響されたりはしないだろうと、思っていた。

確かに、簡単に流されるようなことは無かった。
それどころか、本の中の何を以てしても、私の中に溜まり、流れを堰き止めている土砂物を、取り除くことは出来なかった。

もちろん、読んだ自己啓発本のどれもが、役には立ったと思う。
今まで何となく感じていた事をきちんと言語化する機会にもなったし、他の人の考え方に触れる事で、見方も広がった。
でもそれだけだった。

いや、所詮読書なんてそんなもんだと言われれば、それ以上返す言葉はないのだけれど、私にとって自己啓発本は、「参考書」のような存在だと気付いた。

高校時代、教科書で新しい事の本筋を学んだ後、補足事項や、少し分かりにくかった部分は、参考書を読む事で補った。

自己啓発本は、私にとっては、参考書にしかならなかった。(いや、紙屑ではなく、参考書になってくれたのだ。)

新しい事を知る教科書でも、何回も繰り返し解いて力をつける問題集でもなく。
通常は持ち歩かず、確認の為、補足の為、偶にちょいとページをめくった参考書。

つまり、大学生時代の私の判断は正しかったのだ。私にとって自己啓発本は、参考にはなっても、教科書とはなり得なかった。

私は、今よりもっと未熟だった大学生時代に下した直感による決断を一旦覆し、その決断が私にとって有効だったことを確かめた。(なぜ今更、そんな回りくどい事をしたんだろう?)

今、私の手元に数冊、自己啓発本が残っている。買った本もあれば、私の為にと頂いた本もある。
積読のままにしておくのは許さない性分なので、大事な参考書として、大切に読もうと思う。

そしてそれが終わったら、これからは再び、自己啓発本は脇に置いておこうと思う。

自己啓発本を読まなくても、私はこれまでちゃんと生き延びて来られたし、これからの人生でも、きっと大丈夫だと思う。(でも、参考書として、時々は参照させて欲しい。)

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