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【後編】Life Quest~釜石で〇〇する人たちの多様な生き方〜番外編「釜石❝つながり人口❞特集」

本記事は、岩手県釜石市で人生を探求し生き方を自分でつくることに挑戦し、様々な活動に取り組むゲストの生き方に迫っていくイベント型オンライン番組『Life Quest』の内容をnoteに転載しています。         
今回は、2020年11月16日に実施された番外編「釜石❝つながり人口❞特集」です。実際の放送については、こちらよりご覧ください。

戸塚)後編では、それぞれの質問を通じて、ゲスト自身を深堀っていきたいと思います。

まず、滝川さんへ質問させて頂きます。滝川さんは、いわゆる「複業」という形で釜石と関わっていらっしゃるとのことですが、だからこその良い点や難しさがあるかと思います。実際に複業で釜石に入ってみて、入る前とのギャップや大変さは何かありますか?

滝川)そうですね、まずは、入る前と後のギャップということで、複業を考えている方への参考という形になりますが、いわゆる本職のように手厚くフォローしてもらえるというイメージや、連絡なども向こうから来ると考えているかもしれません。しかし、企業ももちろん忙しいので、一人の個人事業主、フリーランスのようなマインドセットで取り組んで成果として仕事をするというコミュニケーションのとり方をしなければ、複業として関わるのは難しいと感じる場面が多々ありました。直接伺った際に雑談や飲みなどでバックグラウンドを知ったり、親睦を深めていくとその後仕事がしやすいのではないかと思います。

戸塚)複業という形でもオンライン、オフラインのバランスをとっていくとより良い進め方に繋がっていくということなんですかね?

滝川)そうですね。コロナになってから(釜石に)全く足を運べなくなってしまったので、月1のミーティングに参加したりしています。それをやらないと「どうだっけ?」というように流れてしまうなとやりながら思いました。

戸塚)オンラインでのコミュニケーションを取りながら、複業することで得たやりがいってあったりしますか?

滝川)大学卒業して、ずっと東京にいると良い面でも悪い面でも東京に染まっていってしまうんです。そうなってくると地方ならではのつながりがあったかいと感じたり、些細なことでも感謝を感じたりします。地元にいるわけではなくても、もう一つの地元みたいな感じで、あったかい空気感で迎えてくれるんだなと思います。また、web制作は一番目に見えやすいので、それを見て喜んでいただけるとありがたいと思うばかりです。

戸塚)なるほど。ありがとうございます。次に、水島さんにお話を伺えたらと思います。水島さんは、時により色んな関わり方をしていると思うのですが、特に「ボランティアではなく、仕事で関われるようになった」という言葉が印象に残りました。その時の気持ちの切り替え、変遷はどのようになっていたのでしょうか?

水島)最初は、震災の状況をみて、何でもいいから役に立ちたいと思い、岩手に入りました。当時、本当に役に立てているのかという疑問と逆に元気をもらったり、僕自身も色んな意味で生き方を考えるようになりました。ボランティアでは、仕事をしてたので、行って作業して帰ってくるという活動で、ボランティア仲間との繋がりは作れたのですが、段々とそれだけでは物足りなくなってきて、地域の人と関わり方がないなことに気づきました。東京で働いていたので、東京でもできることがないかと「岩手わかすフェス」に関わりました。また、そのあたりから働き方も考えていて、将来的に仕事として役に立ちたいということを考え出して、たまたま2016年に資格が取れたので、そこから関わり方がまた変わりました。

戸塚)岩手との関わり方がどんどんディープになっていく中で何か印象は変わりましたか?

水島)先ほど、滝川さんもおっしゃっていたように中に入れば入るほど、地域の温かさを感じます。東京でも人との関わりはありますが、岩手にいる時の方がその温かさを感じることが多いです。

戸塚)ありがとうございます。次に、大原さんにお伺いします。お祭りというのはいわゆるオフラインのものが強いと感じています。コロナ下において大きな変化があったと思うのですが、それでも変わらない部分も含めて何かありますでしょうか?

大原)そうですね、私が関わっている4月以降の祭りはすべて中止、2月も神事以外の見える部分の祭りが中止になりました。その中で何をしようかと右往左往しました。その中で、お祭りそのものができなくても、お祭りを通じて関わった人達との繋がりを無くしたくない、またお祭り自体伝統芸能の方々の発表の場でもあるので、その場を無くしたくないという思いがありました。それもあって、今回は釜石市役所と話して、できる形の応援イベントをしましょうということでオンラインで開催しました。お祭りの代わりをオンラインですることはしたくなかったので、そのような形にしました。そういった活動で、担い手のコロナ下の状況などもお聞きしたり、次にお祭りが再開できた時に、何か力になれるような活動を今年は地道にやっています。

戸塚)私もこのオンラインイベント拝見して、画面越しに各地区の虎舞が集合していることにとても衝撃を受けました。なかなかオンラインじゃないとそんな機会がなかったと思うので、この状況だからこそできたことなのかなと思いました。

大原)そういった面で良かったこともあります。実際の祭り当日は、皆さん忙しくて中々お話する機会がないのです、そういった意味では今年は自分たちの祭りをちゃんと知る機会になったのではないかと思います。恐らく釜石に住んでいる方の中でも初めて知った方もいらっしゃるかもしれないです。それを踏まえ、改めてお祭りを見てみると、楽しみ方も増えるのではないかと思います。

戸塚)祭りを身近に感じる機会だったと思います。

平元)私から一つ質問があります!今回のテーマは「つながり」ということなんですが、滝川さんは「複業」から、水島さんは「ボランティア」から、大原さんは「祭り」から釜石と繋がったと思います。でも、プロジェクトが終われば、断ち切ることができる中であえて関わり続けるのは、ご自身の大切にしているスタンスであったり、また地域側も同じようなことが言えると思います。それぞれの立場からの意見を伺いたいです。まず、水島さんからお願いします。

水島)そうですね、、私の場合は、「つながり」ってことで言うと、東京で岩手に関わる活動をしている人がたくさんいた人と繋がりを持てたというのが一番大きいところだと思います。継続というよりは、何かをする時に声をかけていただいたり、逆にこちらから声をかけたりそのような関わり方をずっとしているという感じですね。ほんとに自分自身が楽しんでいるのと、若い子たちが積極的に地域に関わろうとしているのを応援したいというのも私自身のモチベーションになっています。地域の方からという観点からだと難しいですが、地域の魅力とか人とかを発信していくとそれに興味を持っていくれる人が恐らくたくさんいるんじゃないかなと思います。そういったことも地域側からしていくことも大切なのではないかと思います。

平元)ありがとうございます。滝川さんはどうですか?

滝川)そうですね、先ほども少しお話しましたが、地域とどうコミュニケ―ションをとっていくかということになります。途中からガンガン連絡した方がいい、むしろそっちのほうが受け入れてもらえるようになるということで自分自身が変わっていったということもあります。一方で、釜石はほんとに食事が美味しい場所だなと思っていて、元々そういったことも趣味だった為、また食べたいなとか、送ってもらいたいなと思ったり、ライフとワークを分けながら関わらせてもらってます。そこにいる方々と今後も継続して関わりたいですし、わたしにとってもおいしいことだらけだなと思います笑。

平元)ありがとうございます!大原さんはどうですか?

大原)私は、祭りという特殊な関わり方をしているのでそちらからの話になりますが、継続して関わっているのは、恐らく私がツアーコーディネーターではないからだと思います。祭りは地域資源、観光資源になりうるものですが、やっている人にとっては神事であったりとても大事なものです。私も一緒に神輿を担いだり、参加していることを周りが知ってくれているので「一緒にやってくれてありがとう」っていうような言葉をかけてもらうことがあります。そういうところを口ではなく、体で示すということをしていることが継続していく上で大切なことなのかと思います。あとは、受け入れ側としては、行政の方々も声かけてくれたり、立場関係なく受け入れてくれることがありがたいです。中々、海とか山が合わさっていてそれを尊敬している人がいる土地って日本でも少なくなってきていると感じてて、そのような場所に関われるのが貴重だなと思っています。

平元)ありがとうございます。

戸塚)お話をきいて、愛に満ちていると感じました。積極的にコミュニケーションとるとかだけではなく、背景にあるのは愛というか、地域の人たちとのつながりの中でそれを継続させていこうというという気持ちが少しずつ大きくなっているのではないかと思いました。最後にお一方ずつ「あなたにとって釜石とは?」ということをお聞きしたいです。

あなたにとって釜石とは?

水島)ユニークで面白くてあったかいというのを実際に釜石の中に入って更に感じたからです。町全体が家族のように感じました。

大きな家族


滝川)良い意味で強引に色んなプロジェクトを進めていく機会が多いと思ったからです。複業を通じて、色んなことを知ることができ、自分自身のキャリアを見つめ直すきっかけにもなりました。

起点の町

大原)私が祭りを通じてひかれているものあり、釜石の歴史などもあり、多くのものが入り混じる中でそれを受け入れる土壌があると思ったからです。ここの寛容さもあったり、私自身もまだまだ知らないことがあるので、もっともっと知っていきたいなと思いました。

引力と寛容さが共存する町

戸塚)お三方、本当にありがとうございました。

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