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かくも多くの高評価でいいのか。芥川賞、市川沙央『ハンチバック』レビュー

 受賞直後から話題騒然、どの書店でも平積み大宣伝の同書の購入を堪(こら)え続けて毎回同様月刊『文藝春秋』発表号の発売を待ち、鎌倉ではハトの日で朝から大騒ぎの中、朝散歩の途中てコンビニに寄って購入、読了。
 親の遺産で暮らす作者自身を思わせる主人公が、ネット情報をもとにした売文業で得たものを寄付し続けながら通信課程で大学に学んでいる。同時に投稿する小説やSNSは、性の話題に終始し、ヘルパーとの行為で妊娠,流産を望み、精液が原因で肺炎入院。結末近くで唐突に聖書からの引用、といった展開が略語多用の,どちらかと言えば平易な言葉で描かれる。
 ここ数年、どんな高評価でもパスが続く同賞受賞作に、今回ばかりはやや期待していたのだが、ことほどさような内実と残念ながら相性悪く、個人的には文学的抒情を体感することはいささかもなく、ガッカリしながらこのレビューを書き始めた。
 文章は文才なのか、こなれているような印象ではある。読みながら、松浦寿輝が選評に書いたように、こちらの「情動を激しく攪拌」するもの,確かにあった。平野啓一郎は「挑発に満ちている」と言うし、奥泉光は「言葉の動きに何より力があった」と評している。吉田修一は「一文が強いし,思いが強い。」「鉄筋のようだ」とまで讃えている。山田詠美は、別の作品の評で庄司薫に触れて、中学生の時読んで「ケッと思った」ひねくれ者だったと述懐して、同作を「傑作」、文章が「ソリッドで最高」、「痛快」だと絶賛している。『赤頭巾ちゃん気をつけて』に連なるらしい乗代雄介の候補作について「この作品の良さがどうしても解らない」と書いた山田詠美の言葉を、ぼくとしてはそのまま本作評として、ここに記すしかない。ぼくには作品そのもの良さが理解できなかった。川上弘美と同じく「『知らなかったこと』が満載された小説」でしかなかったのである。
 川上弘美はそれでも同作を「身近」に感じ、その理由を作者の技量ゆえのものだと書くのだが、作者は本作について長年の傾向を検討,踏襲して当初から芥川賞狙いで書いたと言っている。だとすれば、審査員はまんまとその策にのせられたということになるのではないか。
 作者が奥深いところから訴える差別や書籍の有り様への抵抗,不服従といった強靭な主張、主題が受け止めきれないとは言わない。賞そのものが次代を担うことを期待する新人の登竜門であることを思い重ねれば、このようにあれこれ言われることこそ歓迎されるのかも知れない。
 しかしながら、やはり、受賞以降まだ止みそうにない高評価で本当にいいのか。ひねくれた老輩と笑われても、疑義を呈しておきたい。
 

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