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巍然屹立、山崎ナオコーラ『ミライの源氏物語』レビュー

 大河ドラマ『光る君へ』で紫式部が主役になったことから昨年来、関連本、youtube、百花繚乱の様相である。そうしたなか本年度ドゥマゴ文学賞の栄誉に輝いた山崎ナオコーラの『ミライの源氏物語』は、巍然屹立の感ある出色の一冊である。
 いまや世界中、いや、もしかしたら先進国と括られる、ある特定の「世界」中かも知れないが、LGBTQ +、が世界標準となった多様性時代。語弊、批判覚悟で私見一言添えさせて貰えば、多様性を謳いながら、わがまま勝手の独りよがりは決して許容されない、別角度から見ると「多様性」という単一価値観が最優先され、すでにしてステレオタイプ化しつつある規範のごとき印象だが、これはまた別のはなし。かかるフェーズは間違いなく確固たる定着、安定感を有している。本書は、その基準のもと決して頑なにはならず、1000年前に書かれ、今なお愛され続ける『源氏物語』を、それこそ『ミライ』に継承すべく読み解いた新鮮、画期的な解釈読本である。
 目次の並びからして新時代。曰く、ルッキズム、ロリコン、マザコン、マウンティング、トロフィーワイフ、エイジズムなどなど、かつてかくもカタカナの視点で『源氏物語』が語られたことがあったろうか。視座鮮烈だが、筆者の柔らかな語り口で、違和感が生まれても仕方ない読解がすべて説得力をもって沁み渡り響いてくる。とりわけ「出家」、「受け身のヒロイン」と章題のついた巻末部で章をまたいで提示される宇治十帖の解釈は、実作の経験踏まえて、瞠目すべき言及である。
 今ある世界標準が堅固不動、永久不滅のものとなるのか、いずれどこかで修正あるいは撤回解消されるのかどうかは全く予想だにしない。しかしながら、いまの世の大勢であるところの視点で示された本書の解釈で『源氏物語』は明らかに新たな地平に解き放たれ、まだ見ぬ「ミライ」へと確かにバトンが引き渡されたことは間違いない。この一冊を顕彰したドゥマゴ文学賞の慧眼に敬意、賛辞を表したい。好著である。

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