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小澤實『芭蕉の風景 上』レビュー

現代俳句を牽引する俳人小澤實氏にとって2度目の読売文学賞受賞となった同書上巻を読了。2021年10月に上梓された『芭蕉の風景』(株式会社ウェッジ)上巻は、日本文学史上いずれの追随も許さぬ畢生の傑作『奥の細道』出発に至るまでの芭蕉の作品そのものと、それぞれの句ゆかりの地をめぐる小澤氏20年間の自身の足跡をも刻む労作。下巻読了後に全体についてのレビューを記すつもりでいたが、巻頭から随所に読む側には目から鱗の氏の慧眼あまたあって興奮、感動冷めやらず、この心酔感をしかと書き留めおきたく、前半読了してのレビューである。
まずもって驚かされるのは、小澤氏の作品解説の鮮やかさ。一般的には後の名句には及ぶものではないとされてきた芭蕉若かりし頃の一句一句が、それぞれゆかりの地に立ち、その当時の芭蕉の心象を重ねながら、的確かつ深い抒情とともに、その真髄が明快清廉な言語により開示される。青年芭蕉の悲しみと不安。西行への傾倒。義経、義仲ら悲運の者への共鳴。多岐にわたる古典を自家薬籠中の物とする教養。写生、瞬間、新たな季語季題の発見、等々きりがない。侘び、寂び、枯淡の最高峰と位置付けられ、やや腰をかがめながら東北各所を曾良とともに歩を重ねる老成した印象の俳聖の、かつて確かにそうであったろうと納得させられる呻吟しつつも活力漲る、小澤氏のやわらかながら凛とした筆致で掘り起こされ描き出される青年芭蕉のなんと眩しいことか。そうだ、若さとはそういうものだ。普遍の根幹にも触れる印象である。そうした時空へと導いてくれる、先行の学恩に敬意を払いつつ次々新解釈を並べる俳人小澤實氏の手際は、あたかも推理小説の謎解きのクライマックスを読むような爽快感に満ちて、ただただ陶然とするばかりなのである。『奥の細道』が主幹となる同書下巻は、どれほどの興奮に溢れているのだろう。そうは言っても師走の公私多忙極まりない渦中にあって同書のみに没入するわけにはいくまい。嗚呼!期待に胸躍る自分自身を抑えることができない。

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