見出し画像

『サンドイッチクラブ』

夢中になれるものに出会えるのは、幸せなことだ。私は『サンドイッチクラブ』の、砂像づくりに夢中な少女たちに夢中になった。それは、とても幸せな時間だった。


『サンドイッチクラブ』は、小学校最後の夏休みを描いた青春小説だ。

特にやりたいこともないまま、受験勉強のために塾へと通う6年生の珠子は、「戦争をなくすためにアメリカの大統領になる」と決意し、同じ塾に通うヒカリに出会う。

2人を繋いだのは、砂。

成績優秀なヒカリは、ビーサンで片手には風呂敷と不思議な出立ちで珠子の前に現れる。ヒカリは近くの公園で、砂像つくりをしていたのだ。

公園で繰り広げられるヒカリとライバルの葉馬のバトルを目の当たりにした珠子は、砂像に魅了される。それから2人は意気投合し、珠子も一緒に砂像をつくるようになる。

気づけば2人は、「ハムちゃん」「タマゴ」と呼び合うほどに仲を深めているのだった。



砂像は、サンドアートというらしい。

この小説を読んで初めて存在を知った。

文字だけでは砂像をつくる時、2人がどんな動きをしているのか、いまいち想像がつかなかった。

でも彼女たちの表情は、はっきり見えた。

最後に砂像をつくる時、2人の目は真っ直ぐ前を見つめていただろう。澄んだきれいな目で。

それは不安や迷いがないからじゃない。

彼女たちは、取り巻く小さな世界での迷いや進路の不安、そして戦争が近づく恐怖といった複雑な心の葛藤をすでに抱えている。

それでも、砂像をつくるその瞬間は、目の前の作品を仕上げることだけに集中する。だから、前だけを見て砂と向き合うことができるのだ。


ずっと続いてほしいと思いながら読んでいる自分がいたのは驚きだった。

砂像をつくるこの時間、2人の関係がずっと続けばいいのに。


当然、物語は終わるし、夏休みも終わって、

2人はこれから中学受験の佳境を迎える。

ただ、砂像つくりに夢中になった夏のことは彼女たちの中に残るだろうな、と思う。

そんな彼女たちに夢中になった夏が私の中に残る。