吐いた言葉は戻せない。吐いたものは戻したくない。
コミュニケーションとは相手と意思疎通を図る行為であることは多くの人理解していることです。ぶっちゃけ説明なんていらないとさえ思います。
しかし逆説的に書いた場合はどうでしょう?
「真意が伝わらなければ、それはコミュニケーションとは言えない」と言われると『ハッ!(゚ω゚)』としてしまう気がしませんか?
書いてることは一緒なんですけどね。とは言え、この逆説的に書いたことにハッとさせられると言うことは<コミュニケーションの真意を理解しきれていない><自分の行動に反映できていない>と自覚していることに他なりません。
ただ元気よく喋ればいいってもんでもないですし、自分の言いたいことを饒舌に喋ればいいってものでもありません。それをコミュニケーションと勘違いしていてはいつまで経っても本質は理解できないし、良いコミュニケーションを実現できることもないでしょう。
さて本題です。
ここまで書いておいて、まさか本題に入ってなかったなんて(゚ω゚)!
言葉ってとても大切です。
自分の意思や考え、思いを相手に伝えるためのツールであり武器でもあります。そして言葉を発する行為はとても繊細なものだとも感じます。
なぜらなら一度発した言葉は取り戻せないからです。
前言撤回
発言を訂正する
こんな言葉は政治界隈や謝罪会見などでよく目にします。
さっきの言葉はナシで!
ごめん!言い間違った(*´∇`*)
こんな感じで自分の日常でもあり得ます。特に自分の発言で相手が不快な表情をしたり『それってどういうことよ!』なんて怒り出したら言っちゃいますよね。
言葉を発した側からすれば『いやいや、そういうつもりじゃなくて!』と思うからこそ訂正するワケです。『本当に言いたいことはこういう事だったんだよ!』『それは誤解だよ』と伝えたいから先の発言を無かったことにしようと言い訳します。
しかし、言われた側からすれば一度耳にした言葉は記憶から消すことはできないワケです。言った側がどれだけ言い訳しようと、発言した事実だけがインプットされてしまうので心からの納得感は生まれないでしょう。
それほどに発する言葉というのは大切です。どれだけ『さっきの言葉はナシで』と言ったところで発言した事実は変わらないワケです。元に戻すことはできません。
それほどに言葉とは、最も神経を使うべきだし、相手がどのように受け止めるかを想像しながら話さないといけません。
と言うよりもふと出る言葉こそが自分の本音(普段から考えていること)です。前言撤回で言い訳するよりも『なぜその発言をするに至ったか』を説明できる方が相手に納得感を与えるかもしれません。そっちの方が真正面から向き合って答えている印象を与えて傷が浅く済むかもしれません。
今日この話題を出したのは、これまでの自分の経験を振り返って、思い当たることが多々あったからです。数え上げれなキリがないかも。しかし、それを自覚して次に繋げるマインドこそが重要であり、自己成長の基礎になるハズです。
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かめきちが気になった「言葉」がキーワードとなってる本たち。
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